エルサレムイスラエルの首都とし大使館を移転されるなど、それまでの中東政策から明らかに方向転換をしたトランプ大統領。その背景には何があるのか。11月6日に予定されている中間選挙を前に、日本では珍しい女性の中東研究家として活躍する岩永尚子先生がわかりやすく説明します。

 トランプ政権が成立してから、もうすぐ2年になろうとしています。来月(2018年11月6日)には、中間選挙が行なわれる予定です。

 彼が大統領に就任してから、アメリカの中東政策には、大きな変化がもたらされました。なかでも世界中で物議をかもしたのは、エルサレムイスラエルの首都として承認し、18年5月にはイスラエル建国70周年にあわせて、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムへと移転させたことでしょう。さらに、追い打ちをかけるかのように、8月31日には、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金拠出の中止も宣言しました。
 
 トランプ政権の中東政策、とりわけパレスチナ問題への姿勢は、これまでのどの政権よりも、明らかに親イスラエルの方針を色濃くしたものになっています。このような方針転換は、トランプの強力な支持母体であるエヴァンジェリカル(福音派)によってもたらされたのだといわれています。
 
 今回は中東政策の変化の背景となっている、エヴァンジェリカルについて解説してみたいと思います。キリスト教について私は門外漢であり、また、なるべくわかりやすく説明するためにも、キリスト教の教義や聖書の解釈については深くふれません。エヴァンジェリカルについてもっと知りたい方は、文末に参考とした主要文献を掲載していますのでそちらを参考にしてください。

プロテスタントの国・アメリカにおける変化

 アメリカは宗教の自由をうたった世俗国家ですが、建国の歴史をみればわかるように、カトリックが中心であったヨーロッパを嫌ったプロテスタントの人々によって作られた国です。そのため、現在でも宗教は依然として政治的・社会的ファクターを左右する重要な問題だといえるでしょう。
 
 私が学生だった頃に習った、アメリカの政治を左右する重要な社会集団といえば、ワスプ(WASP:White Anglo-Saxon Suburban Protestant)と呼ばれる白人のプロテスタントエリート層でした。ですが、現在ではこの概念の重要性は低くなっており、アメリカ社会や政治を分析する際に、この概念が使われることはほとんどありません。
 
 ワスプという概念には宗派の差異は含まれていませんが、プロテスタントは大きく分けると、メインライン(主流派)、エヴァンジェリカル(福音派)、黒人教会の3つに分類することができるといわれています。現在、勢力を伸ばしているのは、エヴァンジェリカルと呼ばれる人々です。
 
 1960年から2003年までの間に、リベラルで主流派と呼ばれるプロテスタントメインライン)の人口は2900万人から2200万人へと減少し、全人口に占める割合としては25%から15%へと劇的に落ちこみました。一方、エヴァンジェリカルはこの間に急速に勢力をのばし、21世紀の初頭には7000万人から8000万人程度まで拡大し、総人口の30%を占めるほどになっています。
 
 この数値には黒人教会が含まれていないため、実際にはこれらの数値よりも高くなることは明らかで、エヴァンジェリカルが総人口に占める割合はおよそ30~35%、約1億人と想定されています。

 エヴァンジェリカルとは聞きなれない言葉ですが、いったいどのような宗派なのでしょうか?
 
 エヴァンジェリカルとはそもそも福音、つまり新約聖書でキリストが『人間の罪を贖い救済をあたえるという「良い知らせ(good news)」』を意味しているそうです。そのため、彼らは福音派とも呼ばれます。
 
 彼らは聖書重視の姿勢をとっていますが、『アメリカと宗教:保守化と政治化のゆくえ』の著者である堀内一史氏は、著書の中で、福音派には一般的に4つの特徴があると述べています。その特徴とは
1) キリストの代理贖罪効果―キリストが人びとの代わりに十字架上で死んだことで、神の恩恵によって罪が贖われたことを信じる。
2) 個人的な救い主であるキリストとの霊的交わり、つまり回心的体験(ボーン・アゲイン体験)がある。
3) 『聖書』の記述は神の言葉であり間違いがないと信じている。
4) 福音を社会に広げたいという実行力をともなった強い意志を持つ。

 このような特徴から、福音派は実際には宗派横断的に存在しています。そのため、カトリックの福音派も少数ですが存在しているそうです。
 
 つまり、福音派とはさまざまな集団の総称であって、一つの組織であるというわけではありません。その代表的なグループとしては、南部バプテスト連盟やチャーチ・オブ・クライスト教会、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教会、ルター派ミズーリ・シノッドなどがあげられています。

エヴァジュリカル=福音派に高まる国外への関心

エヴァンジュリカル=福音派に高まる国外への関心

 福音派の起源は18世紀に、北アメリカイギリス植民地で起きた「大覚醒」とよばれる信仰復興運動にさかのぼります。これによって19世紀のアメリカでは、福音派が最も優勢な宗派となっていました。

 ところが、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、進化論に代表される近代主義がアメリカに押し寄せると、伝統的な聖書解釈に疑問が寄せられるようになっていきました。その結果、近代主義の波をうまく調和させることのできた、いわゆるリベラル派とよばれる人々が主流を占めるようになっていきました。このグループメインライン(主流派)と呼ばれています。

 これに対して、聖書に絶対的な価値を置くべきと反対したのがエヴァンジェリカルでした。ところが1930年から1940年代にかけて、より聖書を厳密に尊守し、世俗的な価値に懐疑的な人々が原理主義者と呼ばれるようになり、分裂していきます。
 
 世俗に対して背を向けるのではなく、積極的に社会に対して福音を伝道すべきだと主張して袂を分かった人々は、「新福音派」と呼ばれるようになりました。彼らがまず取り組んだのが、無神論を唱えていた共産主義への反対運動でした。共産主義者たちが宗教の自由を奪っているという観点から、反共運動を展開したのです。この考え方がその後の人権擁護運動へとつながっていったといわれています。
 
 冷戦が緩和されるにつれて、エヴァンジェリカルの関心は、反共運動から国内問題へと移っていきました。1970年代には、人工妊娠中絶の問題や、公立学校での祈りや教育内容の問題(進化論を教えるべきか否か)などに積極的にかかわるようになっていきました。基本的に彼らは、人工妊娠中絶はもちろん、進化論を公立学校で教えることにも反対、同性婚についても認めないという立場をとっています。
 
 エヴァンジェリカルが国外の事象に強く関心を示すようになったのは、冷戦終結後の1990年以降でした。彼らはその関心を宗教の自由、人身売買の禁止、途上国の債務救済、アフリカHIV/エイズを中心とする医療問題へと拡大していきました。こうして彼らはスーダンの和平プロセスや、北朝鮮での人権保護活動などに積極的に取り組んでいったのでした。

 そのほかのエヴァンジェリカルの国外政策の特徴としては、聖書に対して忠実であろうとする傾向が強いため、とくにユダヤ教、ひいてはイスラエルに対してとても好意的な態度を示していることです。
 
 この傾向はとくに白人のエヴァンジェリカルに顕著だといわれており、2013年に行なわれた意識調査では、白人のエヴァンジェリカルの82%が「神はイスラエルユダヤ人に与えた」と回答していたそうです。ユダヤ人の中で同じ回答をした人は40%しかいなかったといいます。エヴァンジェリカルはユダヤ人以上にイスラエルという国家を支持していたのです。
 
 また、一部のエヴァンジェリカルの人々は、キリストの再臨のための条件として、イスラエルの国家建設を支持しているそうです。彼らのようにキリスト教徒でユダヤ国家建設を積極的に支持している人々は、「クリスチャン・シオニスト」と呼ばれています。

 エヴァンジェリカルについて研究しているアムスタッドは、エヴァンジェリカルがイスラエルを支持する理由は、神学的な理由からだけではないと主張しています。彼は著書である『エヴァンジェリカルズ:アメリカ外交を動かすキリスト教福音主義』の中で、彼らがイスラエルを支持する理由には、イスラエルのみが中東において民主的な国家であることや、アメリカとの対テロ同盟国であることもその理由であると述べています。

中間選挙を左右するエヴァジュリカルの動き

中間選挙を左右するエヴァンジュリカルの動き

 今回のエルサレムの首都承認と大使館の移転の問題についても、アメリカユダヤ社会で最強のロビー団体といわれる米国イスラエル公共問題委員会(American Israel Public Affairs Committee: AIPAC)は、積極的に関与してはいなかったそうです。むしろ、積極的に共和党に働きかけたのは、エヴァンジェリカルであったといわれています。
 
 そもそも、エルサレム問題について、大統領の選挙公約として先に言及したのは、伝統的にユダヤ教徒の多くが支援してきた民主党でした。民主党1972年にはすでに、公約でエルサレムイスラエルの首都であり、大使館を移転すべきと主張していました。けれども、イスラエルパレスチナとの和平合意が話し合われた90年代後半から、エルサレムの首都認定は掲げるものの、大使館の移転については現実的でないとして公約として挙げなくなっていました。
 
 一方、共和党が公約という形でエルサレム問題に初めて言及したのは1980年と、比較的遅かったのです。彼らは統一エルサレムを維持し、聖地へ自由にアクセスができるようにすべきと主張しました。この時期はちょうど白人エヴァンジェリカルが選挙活動を通じて、政治に積極的に働きかけるようになった時期と一致しているといわれています。

 民主党とは対照的に1996年以降、この問題に積極的に関与するようになり、エルサレムの首都認定と、大使館移転の双方を大統領選において公約に掲げるようになっていったのでした。
 
 ユダヤ系有権者は民主党の支持率が高く、一方、エヴァンジェリカルには共和党支持者が多いという図式は、近年の大統領選においても見受けられます。ピュー研究所の調査によれば、2008年大統領選においては、ユダヤ票の78%が民主党共和党21%(以後、民主党を民、共和党を共と省略)、民69%:共30%(2012年)、民71%:共24%(2016年)でした。エヴァンジェリカルはといえば、民24%:共74%(2008年)、民21%:共78%(2012年)、民16%:共81%(2016年)で、通説を裏付けるような調査結果が発表されています。

 とくに白人のエヴァンジェリカルこそが、現在の共和党、つまりトランプ政権の代表的な支持者であるといわれています。このことは、トランプ政権発足直後に発布された、イスラム系などの移民・難民の入国禁止の大統領令に対する支持率調査からも明らかです。この政策を支持したアメリカ国民全体の割合が38%であったのに対し、白人のエヴァンジェリカルの支持率は76%で、圧倒的に高かったのです。

 以前も紹介しましたが、ピュー研究所は各宗教集団の相互意識を探るための興味深い調査を行なっています。この調査は様々な宗教集団が、お互いに親近感を抱いているか否かを調査したものです。エヴァンジェリカルのイスラム教徒に対する親近感は、メインラインカトリックなどの他の宗教集団に比べ、最も低くなっています(トランプ大統領はなぜ、イスラム諸国からの移民の入国を阻止しようとしているのでしょうか?」【中東・イスラム初級講座・第39回】参照のこと)。
 
 また、ロシア疑惑などのスキャンダルが発覚し、トランプ政権の支持率は、他の集団と同様にエヴァンジェリカルの間でも明らかに下がってきています。けれども、2017年12月の段階では、白人のエヴァンジェリカルからの支持率は61%と、他の集団よりも依然として高い支持率となっています。白人エヴァンジェリカルの60%は、20年の大統領選挙においても、トランプが候補者になることがふさわしいと考えているそうです(調査:2018年4月)。
 
 こうした国内事情を考慮するなら、トランプパレスチナ問題に対するアメリカの立場を親イスラエル寄りに方向転換したというより、むしろ、国内の支持者確保のために方向転換をせざるを得なかったと言いかえたほうが正確なのかもしれません。事実、パレスチナ問題に限らず、トランプエヴァンジェリカルからの支持をとりつけたいがために、共和党予備選挙前に中絶支持派から中絶禁止派へと鞍替えをしています。

 さらに、エヴァンジェリカルであるマイク・ペンスを副大統領候補に指名したことで、一気に他の候補者を引き離すことに成功したことはよく知られています。トランプ政権の政策は一見、非常に独善的にみえますが、実際には次期大統領選挙をみすえた、「民意」に即したものだといえるでしょう。
 
 11月6日には中間選挙が行なわれることになっていますが、こうした観点からみてみると、中間選挙をより興味深くみることができるのではないでしょうか。

【参考文献】
エヴァンジェリカルズ:アメリカ外交を動かすキリスト教福音主義』(アムスタッツ, マーク R. 著、橋爪大三郎編集、加藤万里子訳、太田出版
アメリカと宗教:保守化と政治化のゆくえ』(堀内一史著、中公新書)
『グローバルリスク研究』「第9章 エルサレム問題とトランプ米政権」(立山良司著、日本国際問題研究所、平成29年外務省外交・安全保障調査研究事業)

(文:岩永尚子)

オリーブ山から見たエルサレム旧市街(Photo:ⒸAlt Invest Com)