J1クラブライセンス取得へのロードマップは2016年のJ2再昇格時から水面下で始動

 今年10月1日FC町田ゼルビアの経営権をインターネット広告事業からエンターテインメント事業まで、幅広いネットビジネスで知られる「サイバーエージェント」が取得した。町田の運営会社である株式会社ゼルビアが、第三者割当増資で発行する株式の8割を約11億5000万円で取得し、子会社化。町田はサイバーエージェントグループの傘下に入った。現在J2で3位につけるチームはJ1クラブライセンスがなく、ルール上は自動昇格圏の2位以上でシーズンを終えてもトップリーグ昇格が果たせない。ライセンス取得の必須条件である1万5000席以上のスタジアム、天然芝のグラウンドや専用クラブハウスの整備に向けて“救世主”が現れた舞台裏を追った。

 2016年にJ2再昇格を果たした際、町田に復帰した唐井直GMは、2020年の東京オリンピックターゲットにしてJ1クラブライセンス獲得に向けたロードマップを、当時すでに作成していたと明かす。

「2016年、1年目はJ2残留、2年目はJ2定着、3年目はさらなる夢に向かって、と内々で目標を立ててスタートしました。まだ天然芝のグラウンドをどこに作るといった詳細は何も決まっていないなか、『17年に天然芝のグラウンドを作る』『18~19年を使ってスタジアムを増築する』、そして『2020年にはJ1ライセンスが取れます』というロードマップに(町田市の)石坂(丈一)市長が印を押してくださった。当時、ライセンス事務局にJ2ライセンスを申請するにあたって、2020年に向かって成長をしていきますという約束はしていたんです」

 町田市陸上競技場の“J1仕様改修案”は議会を通り、2017年度の「測量・調査、造成設計、基本設計」、2018年度の「実施設計、造成工事」を経て、2019~2020年度は「観客席増設工事」に着工予定となっている。スタジアムに関しては行政のサポートを受ける一方で、練習場に関しては民間の資金を入れて自分たちでプロジェクトを進める道を模索し、PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)を提案していたという。

町田市には大きな税金を投下して頂き、バックスタンドの増築は着々と進んでいます。一方で、クラブとしての“J1仕様化”を加速させるためには、スタジアム以外にも大きな動きをしなきゃならない。土地は町田市に手配を願うにしても、専用グラウンドとクラブハウスはなんとか自分たちでできないかということで、2017年には会社の定款を変えて増資の枠を大きくし、民間資金資本ではなく自己資本の道を模索し続けてきました」


サイバーエージェントとの対面は6月末 藤田社長の“経験”が距離を縮めるきっかけに

 当初のプランでは、2017年に天然芝のグラウンドが完成し、今年はスタジアム増築が始まっている予定だった。しかし、現状は1~2年の遅れが生じてしまっている。J2再昇格1年目に昇格プレーオフ圏内まであと一歩の7位に入った後、2年目の2017年は16位と苦しんだ。その背景では、相馬直樹監督との厳しい向き合いもあったという。

「2017年には天然芝のグラウンドを作るロードマップでしたから、いわば今は“嘘つき”なわけですよね(苦笑)。見えている世界ではPFIを提案し、株式数の増資枠を増やし、僕らなりに動いてはいたものの、やはり現場には何も見えてこない。『何も動かないじゃないですか』と厳しい指摘を受けることもありました」

 相馬監督の“第二次政権”下で5年目を迎えた今季、開幕8試合無敗と好スタートを切ったなか、サイバーエージェントの経営権取得が動き始めたのは5月のゴールデンウィーク前だった。社外の取締役を通じて話が舞い込んできた時点では、まだ相手の社名さえも明らかにされていなかったという。そして6月末、ついに町田の下川浩之会長、大友健寿社長、唐井GM、そしてサイバーエージェント藤田晋社長らと最初の対面を果たした。

 藤田社長は、2006年に東京ヴェルディ1969(現・東京ヴェルディ)を運営する、日本テレビフットボールクラブと業務・資本提携し、日テレに次ぐ2位株主となった実績(成績低迷などで2年で撤退)がある。その経験は、町田とサイバーエージェントの距離を縮めるうえで、大きな役割を果たしたと唐井GMは話す。

「藤田社長は地域、ファン・サポーターも尊重しないと難しい事業だとよく理解されています。仮に潤沢な強化費を投下したとしても、J1昇格はおろか、チーム強化も簡単にはできないというお言葉もありました。我々の歴史、ニーズに応えましょう、というスタートだったので、そういう考えを持ってくださっているんだなと、理解が深まっていきました」


経営権取得の発表翌日、藤田社長が町田市長を訪問 施設面もより具体的な検討へ

 東証一部上場企業のサイバーエージェントは社内の決議に入り、町田もJリーグ事務局に手続きを確認。約3カ月の時間をかけて内容を詰め、10月1日の経営権取得発表に至った。

 大きな話題を呼んだなか、唐井GMによれば、その翌日には早くも動きがあったという。藤田社長自ら、町田市の石坂市長の元を訪れたのだ。

「藤田社長は淡々と話すなかにも強い意志がある。10月1日の会見でも強いリーダーシップとおっしゃいましたけど、芯の強い方だなという印象を受けました。我々は町クラブですから、石坂市長のその都度その都度のご英断があったことは藤田社長も理解されている。実は、会見翌日の2日には石坂市長のところに挨拶に来てくださいました。単にプロクラブの経営権を取得しただけでなく、我々の努力を尊重して頂いている表現の一つが市役所まで出向いてくださったことだと思っています」

 実際、天然芝のグラウンドと専用クラブハウスの話も、町田市サイバーエージェントと具体的な場所を含めて検討を重ねているという。

「我々の近々の課題は、施設が不十分という理由もあって選手が他のJ2クラブに流出してしまうこと。2019年度中に竣工というのが大枠ですが、まずは天然芝のグラウンドに手を付けて頂いて、選手・スタッフが(来年の)キャンプから帰ってきた時にそこが使えるようなスピード感でやれたらいいということで実際に動いています。

 ただ、現状の株式会社ゼルビアを見つめ直せば、我々はお金持ちになったわけでも、能力が上がったわけでもない。優勝争いをしていると言っても観客動員は19番目で、数億円かかるであろう天然芝のグラウンド、専用クラブハウスをサイバーエージェントさんにお願いするのが現実です。クラブの歴史的に大きなステップアップのチャンスですが、経営規模も集客能力もまだまだこれからのクラブ。そこは謙虚に受け止めないといけないと思っています」


少年サッカーの町」のアイデンティティーを胸に、ビッグクラブを目指す壮大な挑戦へ

 FC東京、東京Vに続く「東京第3のクラブ」である町田は、町田サッカー協会に所属する小学生たちのなかから優秀な選手を選りすぐって結成されたFC町田(1977年創設)が前身。清水市(現・静岡市)と並んで「少年サッカーの町」として全国的な知名度を得て、それが町田の“アイデンティティー”となった。唐井GMが考える、町田にJ1クラブが誕生する意義とは――。

「やはり、クラブとしては自前の日本代表選手を輩出することが理想です。中村憲剛くんが出てきた(川崎)フロンターレリーグを引っ張り、オシム監督時代のジェフは巻(誠一郎)くん、羽生(直剛)くん、佐藤勇人くんと代表選手が出たことで観客増員につながった。我々が目指し、藤田社長に共感して頂けたことが、ビッグクラブへの道につながるかどうか、壮大なプロジェクトになると思っています。

 町田の歩みはドラスティックでなく、遅々としたものだったかもしれません。でも、町田市がスポーツを通じて人と街を一つにしようと力を入れてくださっていて、J1ライセンスを満たすスタジアムや練習場を作るために前進してきた歴史は、最初に撒いた種が皆さんの理解と支援につながっている。

 我々はまだスタートしたばかり。もちろん、ACLのことは藤田社長もお話されていますし、前身時代から語ってきました。ただ、町田は『都市近郊育成型クラブ』として、まずは原点が少年サッカーの町というアイデンティティーをしっかり守りながら、FC東京さんやヴェルディさんとは違った形で存在感を出していければいいと考えています」

 町田にビッグクラブを作り上げ、世界に羽ばたく――。「少年サッカーの町」がどのような進化を遂げるのか、街をあげた挑戦の“新章”がついに幕を開ける。


Football ZONE web編集部・小田智史 / Tomofumi Oda

(左から)サイバーエージェントの藤田社長、町田ゼルビアの下川会長、大友社長【写真:Ⓒ町田ゼルビア】