溶接

(Thossaphol/iStock/Getty Images Plus)

昨今は、ホワイトカラーのブラック労働も問題となっているが、肉体労働の現場でブラックな労務管理が行われると、事故や命の危険も伴いかねない。

GPSを使って残業時間の証拠を自動で記録できるスマホアプリ『残業証拠レコーダー』を開発した日本リーガルネットワーク社には、そんな身の危険が及ぶブラック工場のエピソードが寄せられた。

こちらは、同社が主催した「第1回ブラック企業エピソード大賞」で第3位に選ばれた凄まじい体験談だ。

■マスクなし溶接で顔が焼けただれ

Atusiさんが新卒入社した会社は、給与面が約束と違うだけでなく、労務環境の安全性にも大きな問題があったという。

「当初月収16万ということだったが、実際に支払われていた給料は9.8万円で、引かれた理由を一切教えて貰えなかったです。新人は休憩時間が一切なく、休憩時間中に椅子に座ると、『新人は立て!』と罵声が飛び、トイレ掃除を強制させられていました」

溶接作業には保護マスクが必須だが、それを「つけるな」という指示まで行われていた。

「溶接する時に『作業効率が落ちる』という理由で保護マスクをつけさせて貰えず、顔が溶接光による紫外線によって焼けただれ、何も無いところでチカチカするようになり、夜中に寝てる最中に寝返りを打てば、激痛で目を覚ましてまともに眠れない日々が続きました。

他にもレーザー加工機の前で作業を行っていた時も、『作業効率が落ちる』という理由でマスクをつけさせて貰えず、金属の粉塵で胸が苦しくなり、自衛の為にマスクを自費購入してつけていると、『付けるなと言っただろうが!』と罵声が飛んできました」

■プレス機で指を潰した同僚も

効率を求め安全性を無視した環境は、Atsusiさん本人ではないが、身近で大きな事故にもつながった。

「さらにプレス機を扱う仕事で『納期が間に合わない』という理由で安全装置を外し、激痛で夜も眠れない状況なので立ったまま意識が飛ぶ環境で仕事を行い、私の先輩がプレス機に指を挟んで潰してしまいました。

本来であれば業務停止になるはずが、労災を使わせずにその事実を隠蔽して、翌日以降も営業を行っていました。

そのような生活を2ヶ月ほど続けた時に、極度の疲労とストレスで道端で倒れてしまい、通行人に声をかけられるまで気を失っていて、『このままでは会社に殺される!』と感じたので逃げるようにして辞めました」

■弁護士の見解は…

早野述久弁護士(©ニュースサイトしらべぇ

人生の思い出に残るはずの晴れ舞台が、最悪にブラックな記憶になってしまった今回のケース。この会社の法的な問題点について、鎧橋総合法律事務所の早野述久弁護士に聞いたところ…

早野弁護士:溶接等の危険な作業を行っていたにもかかわらず、全く従業員の安全確保を行っていない、安全確保のための従業員自身の行動すら妨害する信じ難い企業です。

Atsusiさんが勤務されていた企業は、(1)賃金未払い、(2)労働時間及び休憩時間についての法令違反、(3)安全配慮義務違反(安全衛生法20条・21条等)、(4)労災事故の報告懈怠(労災かくし)の4点で問題があったと言えるでしょう。

と憤る。問題点をひとつひとつ明らかにしてみると…

(1)賃金未払いの点について

早野弁護士:Atusiさんの賃金は当初月収16万円とのことでしたが、実際には実際に支払われていた給料は9.8万円であり、差額分が未払いとなっている可能性があります。

労働契約によって決められた賃金を支払わないことは、労働基準法24違反(刑罰あり)のほか、民法415条違反などが成立します。

■休憩時間の過ごし方は干渉できない

休憩中に指図したことの問題点は、何だろうか。

(2)労働時間及び休憩時間についての法令違反

早野弁護士:企業は労働者に法律上、労働時間が一定時間を超える場合は、休憩を与える義務があります(労働基準法34条)。Atusiさんの場合は、勤務時間が何時間であったかの明示はありません。

しかし、一般的な勤務時間を8時間として想定すると、最低でも休憩時間を1時間与えなければなりません。Atusiさんの勤務されていた企業では、新人は休憩時間が一切ないとのことですので、休憩を与えないという点で違法となります。

加えて、休憩を与える場合には、労働者は労働から完全に開放しなければなりません(「休憩時間自由利用の原則」)。

この点、『休憩時間中に椅子に座ると、「新人は立て!」と罵声が飛』ぶとの事実関係から、なお、企業の指揮下にあり労働から完全に開放されたとは評価できないため、上記と同様に違法性が高いと言えるでしょう。

■「マスク禁止」は極めて悪質

また、投稿者が「顔が焼けただれてしまった」という効率重視のための「マスク使用禁止」といった処置は、法的にもきわめて悪質なものだという。

(3)安全配慮義務違反(安全衛生法20条・21条等)について

早野弁護士:本件事案で最も悪質と考えられるのは、Atusiさんの勤務されていた企業の安全配慮義務を履行しないばかりか、安全を確保しようとする労働者の行為を妨害する点です。

法律上、一定の身体上の危険が伴う作業に労働者が従事する場合には、企業側はその危険を防止するための措置をとる義務があります(労働安全衛生法20、22、23、24条)。

Atusiさんの場合には、企業側は作業効率が落ちるという理由で、溶接作業に保護なしで作業させ、結果として、顔が溶接光による紫外線によって焼けただれるなどの被害が出ています。

また、納期に間に合わないという理由から、プレス機の安全装置を外し、Atusiさんの先輩が指を潰してしまうなど、考えられない事態が発生しています。

これらは本来、企業が負担すべき、労働者の健康や安全を配慮し危険が生じることを防止するという義務を履行しないという違法な行為です。

なお、作業効率は会社が設備投資等により高めるべきであり、企業の利益を守るために労働者を危険に晒すことは、大変に責任が重いものと言えます。

■「労災かくし」は送検も多い

怪我をしてしまった先輩について、労災保険を使わなかったことは、刑事的な責任も問われることになる。

(4)労災事故の報告懈怠(労災かくし)について

早野弁護士:さらに、Atusiさんが勤務していた企業は、「Atusiさんの先輩が指を潰してしまった労災事故について労災保険を使わせずに隠蔽した」とのことです。

しかし、企業は、労働災害等により労働者が死亡又は休業した場合には、遅滞なく労働者死傷病報告等を労働基準監督署長に提出しなければなりません(労働基準法施行規則第57条、労働安全衛生規則第97条)。

当該報告義務の懈怠は、「労災かくし」として刑事罰の対象となり(労働安全衛生法100条、120条)、労基署からも許しがたい行為として、多数の案件が送検されています。

このエピソードを「ブラック企業エピソード大賞」に投稿したAtusiさんは、自らのブログでもより詳細な体験談を紹介している。

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(取材・文/しらべぇ編集部・タカハシマコト 取材協力/日本リーガルネットワーク

溶接作業の「マスク禁止」で顔が焼けただれ 危険すぎるブラック工場の悪どい手口