かつては多くの高速バスが停車したものの、いまでは1日たった1本のみ停車という高速バス停が徳島県にあります。周辺環境も「秘境感」ただようこのバス停に降り立ってみました。

隣のバス停が発展するにつれ…

淡路島を経由して関西と四国を結ぶ高速バスが行きかう神戸淡路鳴門道。沿道にはいくつかの高速バス停がありますが、そのなかには、停車本数が極端に少なく、草の生い茂るバス停もあります。

そのバス停があるのは、徳島県鳴門市の北東に浮かぶ大毛島(おおげじま)です。人口約5000人、7㎞四方ほどの島には神戸淡路鳴門道 鳴門北ICのほか、本線上にふたつの高速バス停があります。うち、内陸に位置する「大毛島バスストップ(BS)」が当該のバス停です。乗り場に立ってみると、視界に映るのは山と、空と、道路のみ。乗り場はタイルの目地から雑草が伸び放題で、高速バスの停留所とは思えないような一種の“秘境感”がただよいます。

朝7時35分、大毛島BSに淡路交通「淡路~徳島線」の徳島行き特急バスが滑り込みます。ほとんどの場合、降りる人もいなければ、乗り場で待っている人もいません。ラミネートされて鉄柵にくくりつけられた時刻表を確認すると、そこには「7:35徳島駅前」と書いてあるのみ。この1本がここの始発であり、最終バスなのです。しかも土休日の大毛島への停車はありません。

1日350本近い高速バスが通過するこの区間。いまでこそ大毛島BSはほとんどのバスが素通りしてしまいますが、かつては多くのバスが発着していました。しかし、時代とともに、このBSを使う理由がなくなっていったのです。

島の人口が集まる土佐泊(とさどまり)集落は南東部にあり、ここに行くならば、鳴門市の本土に位置する隣の「高速鳴門BS」で降り、一般道の小鳴門橋を渡って島に入ったほうが早く着きます。このため、高速鳴門BSが大毛島の玄関口としての役割も担っているのです。高速鳴門BSの周辺には広々とした駐車場や、みやげ物店を併設したコンビニエンスストア、市の観光情報センターも設置あるなど、徳島県北部随一の高速バスターミナルとして活況を呈しています。対して大毛島BSは駐車場が狭く、なおかつクルマで待機しようにも周囲には自動販売機すらありません。

関西から四国への高速バスは、ここ20年で利用客数が2.5倍の300万人にまで膨れ上がっています。そのような状況で、駐車場も利用しづらい大毛島BSよりも、広いスペースがある高速鳴門BSが選ばれるようになったのは当然だったかもしれません。淡路交通のバスも、大毛島BSの鳴門北ICで降りて一般道を経由する便が増え、ついに大毛島BSは、下り1便のみの停車となってしまったのです。上りは休止のうえ、乗り場自体が封鎖されています。

スロープカーでアクセス、野生動物注意… まだある鳴門の変わった高速バス停

鳴門市内にはほかにも変わった高速バス停が存在します。前出の高速鳴門BSもそのひとつ。本線上のバス乗り場は山の中腹に位置するため、モノレールに似たスロープカー(エレベーターの一種)に乗って、ふもとと乗り場を行き来するのです(徒歩も可能)。ふもとにある市の観光情報センターが、スロープカーの乗り場を兼ねています。

大毛島BSのような秘境感のあるバス停というと、高松道の鳴門西SA内にある「鳴門西BS」も挙げられるでしょう。このバス停の近くには、かつてドイツ兵が抑留されていた坂東俘虜収容所跡があり、ここで所長を務めた松江中佐とドイツの人々との交流は、『バルトの楽園』として松平 健さんの主演で映画化されています。映画にもなった観光地の玄関口と思ってバスを降りると、たいへんな思いをするかもしれません。

PAから一般道につながるフェンスの扉を開けると、目の前には森が広がり、狭い階段が現れます。長い階段をいくつも上り下りして収容所跡に向かうため、目的地にある「鳴門ドイツ館」のウェブサイトでも、アクセスの項目に「鳴門西バスストップからのお越しは歩行の困難な方はお控え下さい」「徒歩道では野生動物にご注意下さい」としているほど。

ちなみに、鳴門西BSの近辺は、1959(昭和34)年に鳴門市と合併するまで板東町に属していました。このあたりには「板東」姓が多く、戦後に満州からこの地に戻って野球を始めた少年が、のちの板東英二さん(タレント・野球解説者)です。

※記事制作協力:風来堂、oleolesaggy

朝7時35分、大毛島バスストップにやってくる1日1便のバス(画像:oleolesaggy)。