シリコンバレーの起業文化を象徴するグーグル。日本でもアメリカ進出を目指す企業は多い(筆者撮影)
本連載では、デジタルコンサルティングファーム、プリンシプルの楠山健一郎社長に、ご自身の体験から導き出された「アメリカにおける起業の極意」を綴っていただく。第1回は「なぜアメリカだったのか」。そこには5つの挫折から得た学びがあったという。

現在私は東京都千代田区に本社を構え、データを活用し顧客の成果を上げるコンサルティング会社を経営しながら、アメリカシリコンバレーに住んでいます。幼い頃から、ビジネス大国であるアメリカに住み、世界で勝負したいと考えていましたが、アメリカ移住を実現させたのは2016年の40歳を過ぎてからのこと。

これまでに何度も海外移住のチャンスを逃してきました。その過程で5つの挫折にも直面しました。しかしその経験は、同時に現在につながる学びの多いものでした。

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移住して約2年、アメリカと日本ではビジネスを行う環境が大きく異なることを痛感する日々です。そうした日常から得た知識、ノウハウをお伝えしていきます。

その前になぜアメリカでの事業を志したのか。そこで直面した挫折と失敗をお話しします。

アメリカの高校進学目指すも資金面で頓挫

第1の挫折は高校進学の前にありました。私の父親はアメリカの石油会社の日本支社長を務めました。外国人と英語でビジネスしている姿は素直にカッコよく、小学生の頃から「ビジネス外国人と英語で行うものなのだ」と認識していたのです。また父がアメリカの大学で学んだことから、よくアメリカにも連れて行ってもらい、いずれはアメリカに行きたいという気持ちを抱いていました。

当初、高校生になるタイミングで日本を出たいと思っていました。アメリカへ行くなら、世界トップクラスの大学であるスタンフォード大学と目標を定め、スタンフォード大学への進学率が高い高校を探し、サンフランシスコにある全寮制の私立高校を見つけて出願し合格。当時在籍していた国内の高校は退学し、いよいよアメリカ行きのチケットまで手配済……という直前まで到達しました。しかし結果的に、このアメリカ行きは中止となりました。

アメリカ全寮制私立高校の学費は高額です。加えて、当時カリフォルニア州の教育費が一気に上がり、父親の勤務していた会社も先行きに不安が出始めていました。つまり経済的な理由で、せっかく目前まできたアメリカの高校進学を断念せざるをえなくなったのです。