【ニュース提供=韓国『sportalkorea』】現在、韓国のプロサッカーリーグであるKリーグの各クラブは、過去のように勝利と優勝のためだけに存在しない。現在はファンを集めるために競技場の外に出て、ボランティアをはじめとする多様な社会貢献活動を通じて、ホームタウンとともにあろうとしている。

しかし、韓国プロスポーツクラブの社会貢献活動は不十分だ。たしかに多様に準備して頑張っているのだが、何か物足りなさを感じる。はたして何が問題なのだろうか。

これを知るために早くから社会貢献活動の重要性を認識し、活発に活動を繰り広げている日本に渡った。Jリーグ各クラブの社会貢献活動を通じて、Kリーグに必要な点が何かを把握できると思ったのだ。

『sportalkorea』は、韓国と日本のプロサッカークラブの社会貢献活動を比較分析した報道を連載する。これを通じて、Kリーグのクラブが今よりさらに良い社会貢献活動を展開することを期待する。

日本のJリーグは現在、3部リーグまで構築されている。それぞれJ1、J2、J3リーグと呼び、計57クラブが属している。

このうち、J1に属するクラブの23歳以下クラブがJ3に参加しており、その3クラブを除いた計54クラブがプロクラブだ。そして、これらすべてのクラブ公式サイトにアクセスすれば、共通した単語を見つけることができる。他ならぬ「ホームタウン活動」だ。

韓国では社会貢献活動と呼ぶが、日本では「ホームタウン活動」と呼ぶ。Jリーグのホームページには「地域に愛されるクラブになるため、Jリーグのクラブはホームタウンのファンたちと心が通じ合う多様な活動をする」と説明してある。

文章だけを見ると、KリーグとJリーグの目的の違いはあまりない。Kリーグのクラブもホームファンから愛されるため、そしてその声援に応えるために社会貢献活動を繰り広げている。

しかし、Jリーグのクラブには特別なものがあった。それは、「地域密着」だ。

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サッカークラブ以上を夢見るガンバ大阪

ガンバ大阪は、J1優勝2回など、今年まで各種大会で計9回も優勝しているJリーグの名門クラブだ。今季はホーム試合で平均2万3190人を記録するなど、Jリーグ内の人気クラブとして定着している。

しかし、ガンバ大阪はまだ不足感を感じているという。

大阪府吹田市にある4万人収容可能なパナソニック・スタジアムを満員で埋め尽くし、大阪地域のどこでもガンバ大阪のことが話題になる文化を作ろうとしているからだ。

ガンバ大阪の顧客創造部ホームタウン推進課の奥出章寛課長は、「地域密着」を強調した。 それはガンバ大阪が社会貢献活動をする理由でもあるという。

奥出課長は「Gスマイルという言葉がある。ガンバ大阪と一緒に笑おうということをテーマにしている。プロサッカークラブとしての勝敗も重要だが、基本哲学としては地域社会とともにしながら愛されるクラブを目指している」と語った。


(写真提供=sportalkorea)ガンバ大阪の顧客創造部ホームタウン推進課の奥出章寛課長


それは、ガンバ大阪の経営基本方針にもよく表れていた。

▲スポーツ文化振興に寄与する、▲サッカーを通じて社会に夢と感動を与える、▲地域に密着して地域社会の活性化に貢献する、となっている。経営基本方針に地域の重要性を強調するほど、社会貢献活動も地域を中心に行なっているという。

1試合当たり2万人以上が入場する人気クラブだけに、十分に地域とともにあるように見える。

しかし、ガンバ大阪の考えは違った。奥出課長は言った。

「地域密着を実現するには100年かかる。大阪には(歴史が)80年にもなるプロ野球の阪神タイガースがある。大阪は阪神タイガースの勝敗に揺れる。しかし、ガンバ大阪の試合結果に対する反応はそうではない」

つまり、ガンバ大阪がまだまだ地域に完全に根差していないというわけだ。

そのため、ガンバ大阪は地域とともにするために「マイ・ガンバ」というキャッチフレーズを掲げ、地域内で社会貢献活動を繰り広げている。

奥出課長は「我が町の我がクラブという認識を持っていただきたいということ。これが我々の哲学であり目標だ」と説明した。


(写真提供=sportalkorea)


ガンバ大阪は現在、奥出課長をはじめ5人のスタッフたちが社会貢献活動を担当している。 ガンバ大阪のジュニアユースのサッカー指導者らが小学校を訪ね、体育の授業を代わりに行なったり、知的障がい者を対象にサッカー大会も毎年、開いている。また少年院を訪ねてサッカーを教えたりもする。

特に2001年、池田市で小学生8人が死亡した殺人事件が発生した際、ガンバ大阪は当該学校の小学生を励ましケアするために、当時1年生だった生徒全員が卒業するまで1年に1回ずつホームゲームに招待した。

その後、小学生らは「ガンバ大阪の選手たちの試合を見て勇気づけられた」として、感謝の気持ちを込めた手紙を約700通送った。当時、試合を観戦した小学生のうち1人は現在、ガンバ大阪のクラブ職員として働いている。

奥出課長は「最も意義ある活動のひとつでした」と振り返り、ガンバ大阪はこのような活動を10年以上も続けていると教えてくれた。

「ホームタウン活動を続けることで、市民たちが“マイ・ガンバ”と考えてくれる。こうした活動もしないで、ただ単純にチケットを買ってくれとは言えない」

もっとも、社会貢献活動は単にチケット販売のための活動ではない。地域に貢献するサッカークラブになるための過程だというのだ。

奥出課長は、「少年院でサッカーを教えるのは、サッカーが持つフェアプレー精神とルールを教えるため。彼らが社会に出たとき、正しい市民になることを願うからだ」という。知的障がい者のサッカー大会を開催するのも同じ文脈なのだ。

ガンバ大阪は多様な活動をするが、予算はあまり多くかからないという。社会貢献活動に配分された予算は、年間2000~3000万円(約2億~3億ウォン)。社会貢献活動のためだけのスポンサー募集で予算の相当部分を充当しているという。

ガンバ大阪は、サッカーを媒介とする社会貢献活動を通じて、集客行為を超えた地域内でひとつの文化を作ろうとしているのだ。

「我々のクラブは、単にサッカーの試合に観客を誘致することを目的としていない。社会貢献をするクラブを志向している」と強調した奥出課長。これこそが、ガンバ大阪が社会貢献活動に力を入れている理由なのだ。

川崎フロンターレ「地域イベントに選手を貸します」

Jリーグ各クラブは、社会貢献活動を観衆増加のための手段として考えていない。

もちろん、1人でも多くのファンにスタジアムに来てもらうべく社会貢献活動をしているが、それだけが目的ではない。究極的には社会貢献活動を通じて地域と一体となって、クラブが地域住民が生活する上で欠かせない一部分になることに重点を置いている。

東京の近くにある川崎を本拠地とする川崎フロンターレは、真心を尽くした社会貢献活動で、ファンたちがスタジアムに訪れるようにしている。

今年でクラブ創立21周年を迎えた川崎フロンターレは、昨年J1優勝を果たすほどの強豪だが、競技場の外でも活発に動くクラブでもある。

川崎フロンターレは持続的な地域内活動を通じて、ファンからの愛を引き出すことに成功した。それは、2010年から2016年まで7年連続で地域に大きな貢献をするJリーグクラブ1位に選ばれたことからもわかる。

しかし、クラブ創設初期にはホームファンの関心はそれほど高くはなかったという。

「それで、川崎フロンターレのホームゲームは面白く、アットホームな感じのスタジアムの雰囲気を作ろう。1週間に1回行くスタジアムで、お祭りのような雰囲気を味わえるような場所にしよう、と」と、井川宜之氏は振り返る。

井川は、川崎フロンターレの営業部部長代理兼集客プロモーショングループのグループ長を務める人物だ。彼はクラブが社会貢献活動をする背景を笑顔で次のように説明した。


(写真提供=sportalkorea)川崎フロンターレの営業部部長代理兼集客プロモーショングループのグループ長を務める井川宜之氏


「1年365日がある中で、ホーム試合は20日ほどだ。つまり、スタジアムに来ない方たちに会わなければならない」

川崎フロンターレは地域住民たちがスタジアムに気軽に足を運びたくなるように、まずは選手たちが直接、地域住民のもとを訪ねる方法を選んだのだ。

例えば川崎フロンターレは毎年、選手とファンが集まって河川を清掃している。新しい年を迎えると、選手たちがグループを作って地域の商店街などに新年のあいさつをする。また、フェスティバルなど地域内に行事があれば、選手たちが一緒にする。

井川グループ長は言った。

「選手とファンが交流する席を作らなければならない。社会貢献活動を活発にしてこそ、人々はクラブを愛し、川崎という地域も愛することになる。ワールドカップのとき、韓国人なら誰もが理由もなく韓国代表を応援するように、川崎市民なら誰もが川崎フロンターレを応援する。そうすることが、私たちの目的だ」

川崎フロンターレがこの点を強調するのは、スポーツと関連した川崎地域の不幸な記憶も無関係ではないという。

1970年代、川崎を本拠にしたプロ野球のロッテ・オリオンズ(現千葉ロッテ)は、90年代になると千葉に本拠地を移した。1993年Jリーグ発足当時、川崎にはヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)があった。しかし、ヴェルディ川崎は東京にホームタウンを移転した。

以後、川崎フロンターレがこの地をホームタウンにしたが、川崎市民の中には「いつかまたホームタウンを移すのではないか」という不便な視線でクラブを眺める者もいた。

だからこそ、川崎フロンターレは川崎市民の信頼を得るために絶えず努力を傾けた。

井川グループ長は「今は毎試合チケットが売り切れているが、創設当初は観客数が3000人ほどにしかならないときもあった。そのため、成功や失敗を繰り返しながら、さまざまな社会貢献活動を行ってきた」と語る。1回かぎりではなく、地道な活動を続けたおかげで、地域の雰囲気も変わったという。

また、選手らの積極的な参加も大きかった。井川グループ長も「運が良かった」と話すほどだった。

「(社会貢献活動の重要性を)選手たちが理解し支えようと努力してくれた。また、サポーターやファンたちも、川崎フロンターレというクラブが地域の自慢になってほしいという気持ちから、さまざまな手助けをしてくれた。その心を読み取ったスポンサーや行政など、各界各層でも協力を惜しまなかった。私たちも努力したが、周囲の方々の努力があって可能だった」と、感謝の意を表した。

川崎フロンターレは1年に5~6回ほど、選手全員参加で地域の各種イベントに参加する。また、選手たちが3~4人ずつのグループとなって参加する地域行事が20回程度。すなわち、1年に26回前後の社会貢献活動をするわけだ。2週間に1度は地域市民やファンたちと会う機会があるということだ。

川崎フロンターレのこのような選手参加は、Jリーグの他クラブのロールモデルにもなっているという。

「多くのクラブがどんなやり方で選手たちの参加を促しているか尋ねられる」と井川グループ長。「川崎フロンターレは強化部長や中村憲剛などベテランの積極的な参加が、選手たちの多くの参加につながった」という。

川崎フロンターレは、“プロ選手なら結果を出すだけでなく、ファンサービスもしっかりしなければならない”というモットーで選手団を運営している。

また、人気がなかった創立初期を知っているクラブ職員らが長く勤務しているため、これまでの試行錯誤もどんな方法が効果的だったかも把握している。

しかも、中村憲剛のようにクラブを代表する選手が率先して社会貢献活動に参加するので、他の選手たちも当然のように参加するようになる。

そのため、川崎フロンターレでは地域行事があるなら、選手たちがかならず参加するようになり、地域市民やファンたちも自然に、“我が町のサッカークラブ”という認識を持つようになったという。彼らは試合が行われる日、川崎フロンターレを応援しにスタジアムを訪れる。 川崎フロンターレは社会貢献活動を通じてこのような好循環構造を作ったわけだ。

もっとも重要なことは、予算が一銭もかからないということだ。井川グループ長は語る。

「お金は一銭もかからない。我々は予算が小さなクラブなので、当初からお金を使わない方法を考えた。選手らが地域の病院や商店街を訪れ、河川を清掃するようになったのも代表的な例だ。

スポンサーがクラブ活動とは別の行事やイベントを行ない、そこに我々の選手を呼ぶ場合は招待費用を受け取ることもあります。しかし、地域行事は我々のほうから直接出向きたいと申し出るし、当然、無料で行うべき」

川崎フロンターレは選手契約書にも“クラブが参加する地域行事には無償で参加すること”というニュアンスの文言が明示されているという。そんな川崎フロンターレの社会貢献活動を説明しなから、井川グループ長が発した次の言葉が印象的だった。

「社会貢献活動においてもっとも必要なのはお金ではなく、意志と心構えだ」

社会貢献活動をする上でもっとも大切な基本であり、もっとも重要な点だった。

FC東京「選手が直接授業の内容を準備し、子どもたちを指導する」

クラブで社会貢献活動を展開しようとしても、地域との円滑な協力がなされなければ、効果的な活動を展開することはできない。こうした面で、FC東京と調布市との関係は、示唆するところが大きい。

FC東京は東京都全域をホームタウンとするが、味の素スタジアムが調布市にあることもあって、調布市とは特に関係が深い。FC東京は1999年からJリーグに参加したが、前身の東京ガスサッカークラブ時代から調布市とも関係があった。調布市にとってFC東京は地域を代表するシンボルになっている。

調布市の生活文化スポーツ部・スポーツ振興課の宮島香織係長は、調府市とFC東京との関係を「パートナーだ」と説明した。

「味の素スタジアムが調布市に作られると決まったとき、サッカークラブがなかったが、その時来てくれたクラブがFC東京の前身である東京ガスクラブだった。調府市の立場としては、プロサッカークラブが近くにあると、子どもたちがサッカーや選手たちと接することになる。競技場に人が集まり、地域経済も活性化される。調布市に多くの利点が生まれた」

FC東京と調布市は、互いに不足しているものを満たすために、これまで協業を続けている。 調布市が計画したが、環境面や条件面などで難しかった福祉、健康、教育、スポーツ事業などをFC東京を通じて展開できるようになった。

宮島係長は「FC東京の選手とコーチらが、子どもから高齢者までに至る地域住民たちの健康教室などを進めてくれています。それらは市が自主的に進めるのは難しいことでもあった」と振り返る。

そして、そのような関係は20年間も続いている。


(写真提供=sportalkorea)


今年でクラブ創設20周年を迎えたFC東京は、創設初年度から調布市とともに社会貢献活動を展開してきたのだ。

FC東京の平山隆史ホームタウン推進部長は「Jリーグ100年構想によって、すべてのJリーグクラブが地方自治体と一緒に何かをやっている」とし、FC東京だけ特別なものではないと強調する。

市民の反応も熱い。特に、選手らと共にする活動は市民が期待する行事だという。宮島係長が教えてくれた。

「小学時代の子どもたちがとても期待している。選手たちと一緒に給食を食べたり、FC東京のコーチらがサッカーを指導してくれることをとても楽しみにしている」

平山部長によると、「(それらの行事には)選手たちがシーズン中に1回は参加する。ほかのクラブは学校訪問をして写真を撮ることで終わるところもあるが、私たちは選手が直接授業の内容を準備し、子どもたちを指導する」と、FC東京ならではの取り組みも教えてくれた。

もっとも、FC東京は調布市だけで社会貢献活動を繰り広げているわけではない。


(写真提供=sportalkorea)FC東京の平山隆史ホームタウン推進部長


平山部長も「我々のクラブは東京都全域を対象にしている。スタジアムがある調布市を中心に社会貢献活動を展開しているが、ポイントを決めてそれ以外の街でも社会貢献活動をしている。東京都全体を対象にするのは難しいが…」と語る。

それでも、東京都全域にFC東京のコーチを派遣してサッカー教室を展開。東京都のあちこちでFC東京のエンブレムが見えるようにしているのだ。東京都の島を対象に“愛らんどリーグ”という名でサッカー大会も開いている。

これは韓国のKリーグ各クラブと相反する。Kリーグのクラブは、拠点になるスタジアム周囲だけを対象に重点的に活動する傾向が大きいためだ。地元が大都市であればあるほど、その傾向はさらに強い。

FC東京も、その活動に制限が生じることもあった。しかし、自治体がクラブをパートナーと考えているため、そのような問題は発生しなかった。平山部長は「かならず地域と連携して活動する。企業との連携もあるが、基本的には自治体とする。私たちが地域に役立つためだ」と語る。

それは、FC東京が社会貢献活動をする目的でもあると平山部長は語る。

「観衆を集めるために活動をするが、それだけが目的ではない。地域住民の日常の中にFC東京があればいい。すぐに観衆の増加につながらなくとも、それぞれの人生の中にFC東京があることが大切」と語った。

平山部長はFC東京で活躍しているチャン・ヒョンスを例に挙げ、「チャン・ヒョンス選手も子供たちと一緒に給食を食べた。その子供たちはワールドカップに出場するチャン・ヒョンス選手の姿を見て、“一緒に食事をした選手”だと思い浮かべる。そうした日常を感じてもらうだけでも素晴らしいこと」だと語る。

もちろん、FC東京も現在の社会貢献活動を始めるまで多くの試行錯誤を経験した。今も悩んでいる。Kリーグのクラブと同じように観衆増加についても悩んでいる。「我々もKリーグのクラブからヒントを得たい」とも語った。

しかし、FC東京の目的は変わらなかった。地域のすべての市民が常にFC東京とともにある日常を作るために社会貢献活動を持続するというのだ。

「今すぐ観客が増えなくても、将来は地域とクラブの連携が強まる。生活の中にFC東京がある。それが私たちの動機だ」

※この記事は『韓国言論財団』の取材支援を受けて取材が行われた企画です。

(文=『sportalKorea』キム・ソンジン/構成=ピッチコミュニケ―ションズ)