アニメ『ゴールデンカムイ』(→公式サイト)。
「第十八話 阿仁根っ子」は今日11月12日(月)23:00より、TOKYO MXほかで放送。オンライン配信はFOD独占配信中
今回は旭川の第七師団に飛び込んで、白石を救出するアクション回。
薩摩隼人の軍人鯉登少尉の登場で、追いかけっこのスリルは満点。気球での脱出シーンは、この作品でも屈指の爽快さ。

杉元が泣いた
後半、脱出した杉元らは大雪山で、低体温症で気が狂うほどの寒波に襲われる。
アシリパが知恵を働かせ、殺した鹿の内臓を取り除き、身体の中に入って寒さを凌いだ。

アニメ版では先週・先々週と、杉元がやくざのニセアイヌ村の住民を惨殺するエピソードがごっそりカットされた。
これによって、杉元の生命への思想が大きく変わった。
怒りや目的のためなら見境なく殺せる鬼神・杉元ではなくなったことで、彼の「人殺し」感は大幅にダウン、「怒ると怖いけど人間味のある存在」になってきた。
もっとも、今まででも囚人の辺見や二階堂の双子の片方など、彼は必要な時には人を殺してはいる。
ただ、日露戦争終結後も未だ戦場に魂が囚われ、気軽に人を殺し続けている尾形や鶴見とは、別の生き方をしているのが原作以上に強調されはじめた。

尾形が殺した3体の鹿の死体に潜っていたのが原作。
杉元とアシリパが2人ではぐれてしまい、生き延びるために杉元が鹿を撃つシーンがアニメオリジナル。

銃を構えた時、かつて鹿を撃てなかった過去が、彼の脳裏に蘇っている。
何が何でも生きようとする鹿を見て、「懸命に生きようとするこいつに睨まれたら、動けなかった。こいつは、俺だ」と怯えていた杉元。
今回は、その時の気持ちを踏まえた上で、しっかりと鹿を射抜き、殺している。

杉元は今まで、頻繁に「俺は不死身の杉元だ!」と叫び、生き抜いてきた。
アニメ版では、これを「がむしゃらに生きようとする命の叫び」として、丁寧に扱い続けている。

以前、寒さの中鹿を殺し、その内臓に手を入れて暖を取ったことがあった。
アシリパ「鹿は死んで杉元を温めた。鹿の体温がお前に移って、お前を生かす」「鹿が生き抜いた価値は消えたりしない」(アニメ六話より)
生きのびるために生命を奪うことの意味が問われたシーンだ。
自分とアシリパが生きるために、殺す。その命によって、自分たちは生き延びられた。
生かしてくれるのなら、鹿の命は無駄ではない、と納得した上で、撃ったのだ。

他の刺青囚人のエピソード(親分と姫など)がかなり削られたことで、杉元が人間の皮をあまり剥がさなくなった。血の涙もない性質は、少し減った。
とはいえ「原作に比べてアニメの杉元は丸くなった」という感じはあまりない。身体中に傷を増やして、鬼気迫る顔で戦っているのは相変わらず。
北海道の自然や人の中で、生きのびる人間・杉元という点がより強調されたのがアニメ版の杉元。
不死身」の語が、「死なない能力」ではなく「絶対死なない意思」を指しているのが見えてくる。

鹿の腹の中で、アシリパと過去の自分を語る場面。
原作ではこらえてギリギリ見えるか見えないかだった杉元の涙。アニメ版でははっきりと目からあふれ、流れていた。

尺の都合なのか、カットされた部分が多い「ゴールデンカムイ」のアニメ。正直ちょっともったいない。
しかし、ただカットするのではなく、むしろそこを活用して、杉元の人間性をクローズアップして描こうという意思を見せてくれた。
今の所、物語の破綻もほぼなくスムーズに進んでいるので、今後もスタッフのエピソード取捨選択とキャラ描写を信じたい。

ほぼ外国語な薩摩弁
鶴見中尉のことが大好きで仕方ない、鯉登少尉
彼が超高速で薩摩弁を話すシーンは、原作ではぐちゃぐちゃっとした線で描かれ「何を言ってるかわからない」というのを表現していた。
そこをごまかせないアニメ版では、きっちり早口な薩摩弁を再現。声優・小西克幸の演技力、あっぱれ。

薩摩弁は外国語、なんていうネタは現実でもよく言われる。
実際薩摩弁・鹿児島弁はそもそもの発音が特殊。音節の作りが変わっていたり、母音が融合しやすかったりと、構造が決定的に東京弁と違う。

こんな史実がある。
西郷隆盛従兄弟・大山巌はゴリゴリの薩摩弁で話していた。彼が会津の才女・山川捨松と出会って一目惚れしたものの、いかんせん捨松は薩摩弁が聞き取れない。そこで2人は英語で会話をして通じ合った、とのこと。
外国語以上に難解だったようだ。

鯉登少尉は、今後ちょっと変わった立ち位置(お坊ちゃん育ちとか)としての重要人物。ストーリーボリュームの多い中、示現流の描写も含めて、いかにもな薩摩隼人として描かれたのは嬉しいところ。

鹿の尻から顔を出す白石などが入っていたことで、「ゴールデンカムイは変なアニメ」なのも守ってくれて、一安心。
そこに来ての、来週の「阿仁根っ子」にはびっくり。
アニメが10巻まで進んだにもかかわらず、ここで8巻のエピソードまで遡ることになる。
杉元と対になる主人公ともいえる、元マタギの谷垣の過去話。
やりきれなさの強いエピソードだ。どう描いてくれるのか、心から期待。

(たまごまご)

十七話、杉元が鹿の腹の中で涙を流した日