日本のオープンイノベーション促進には何が必要なのか? 通商産業省経済産業省で貿易振興、中小企業支援などに携わり、現在はベンチャーエンタープライズセンター理事長を務める市川隆治氏が、諸外国の実例とデータに基づき、オープンイノベーションの環境について議論を重ねていく。(JBpress

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【第7回】「2万人の高校生が熱狂、起業家教育の国際大会」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54543

成長と変化を続けるイスラエル

 さて、前回までは、米国シリコンバレー高校生に対する起業家教育を見てみたが、イスラエルのテルアビブ大学にも訪問したことがあるので、今回はそれを紹介してみたい。

 2015(平成27)年3月初めにイスラエルを訪問する機会を得た。経済省、経済省OB、インキュベーター、VC、起業家と、ベンチャーエコシステムを形成する面々に個別にヒアリングをしたが、日本として大いに学ぶべき点があるとの強い印象を持つことができた。通常、同国の報道は政治関係に偏っているが、実は経済面での底力も忘れてはならない。

 イスラエルは、人口約870万人、面積は四国程度の国ながら、国民1人当たりのVC投資額、R&D投資額の対GDP比率、米国NASDAQ上場の米国以外の企業数、ノーベル科学3賞受賞者数のいずれにおいても世界で1、2を争う経済、科学技術先進国である。また、ベンチャー企業が8000社を数えるといわれる起業家国家でもあり、経済大臣も既に2度イグジット(exit)を経験した起業家であるとも聞いた。

 かねて1990年代のソ連崩壊に伴うロシアからのユダヤ系高級技術者、科学者のイスラエルへの移住と兵役における最先端の研究開発、および仲間づくりが同国におけるベンチャー開花の要因とは聞いていたが、それらの点は、特に初期の制度設計をした経済省OBの口から聞くことができた。

 移住の最盛期には数年間で人口が10~15%増加したそうだ。その際、言葉の問題はなかったのかとの質問に、大きな課題であった、彼らはロシア語しか話せなかったので大急ぎでヘブライ語の習得を促したが、女性の方が速く適応できたようだと話していた。私は英語かなと思っていたので、ヘブライ語とは少し意外であった。

 前日に経済省OBから政策の歴史を聞き、翌日、経済省現役官僚から話を聞いたが、その冒頭で「今は以前とはやり方を変えている」と明白に言われたのには少々驚いた。確かにかつてその名を轟かせた“Yozma”(ヘブライ語でイニシアチブを意味する官製ファンド)は今や民営化されているし、国主導で立ち上げたインキュベーターのいくつかも民営化しているというように、時々の環境変化に敏感に反応し、政策を進化させてきているとの印象を強く受けた。

 なお、イスラエルにおけるアポは、十分に時間的余裕をもって配置しておいた方がいい。その話なら誰々に聞いたらいいと、その場で先方に電話してくれ、電話を受けた方もその人が言うなら会いましょうというように、どんどんアポ先が増えていくからである。シリコンバレーもおそらくかつてはそうであったのではないかと思うが、最近を知る人によれば、今ではコネがあったり、ビジネスの話でないとアポも取れないということである。

混沌(カオス)から生まれるスタートアップ

 思うに、シリコンバレースタートアップは、混沌(カオス)とした中から生まれてきたのだと思う。

 自分の研究しているテクノロジーについて包み隠さず紹介し、それなら誰それと組んだらどうかというヒントをもらう。起業家がVCを訪問してそのVCとはうまく話が運ばなくても、そのビジネスならどこそこのVCが詳しいからそこに行ってみてはどうかとか、そのテクノロジーなら誰それが同じようなことをやっているので訪ねてみてはどうかとか、次につながる話をしてくれるという。会社を背負う日本人駐在員は、本社の許可もなく手の内を明かすわけにもいかず、その時点で相手にされないという。

 そのようなカオスの状況が、かつてのシリコンバレーでは、コーヒーショップやガレージで展開されていたと聞いている。しかし、現在ではシリコンバレーは少しブランド化してきており、敷居が高くなってきたとも聞いている。それがイスラエルでは、まだそのような混沌とした状況が残っているという。

 さらには、後で説明するが、パリの“station F”では、巨大な施設の中で、いわば人工的に、そのようなカオスの状態を作り出すことに成功しつつあるということだと思う。

 また、第4回で登場したエストニアカオス状態で、そうした中で1人の日本人が現地でVCを立ち上げ、インナーサークルに入って活躍していると聞く。カオス状態であれば、そのようなチャンスも巡ってくるのである。

 イスラエルのベンチャーエコシステムは総じてうまく機能しており、また、ITセキュリティーとか創薬、医療、福祉、エネルギー、ものづくりのようなテック系が多く、さらには大学発ベンチャーが主流となっているなど、日本がこれから伸ばしていくべき分野での進展が著しく、大いに参考にすべきところがあると思う。

 2014(平成26)年7月には、当時の茂木経済産業大臣がイスラエルを訪問し、イスラエルの経済大臣との間で産業R&D協力に関する覚書に署名し、さらには2015(平成27)年1月には安倍総理大臣が訪問するなど、今後の連携の発展が期待される。

 日本企業の拠点はほとんどないが、そんな中、唯一サムライインキュベートだけがテルアビブの目抜き通りに事務所を構え、日本とイスラエルの橋渡し役を担っている。実に先見の明のある選択である。同事務所によれば、最近の中国や韓国のイスラエル進出は目を見張るものがあり、日本企業は出遅れているということであった。

 テルアビブ大学関連の医療機器のインキュベート施設も訪問できたが、驚いたことは、1台数億円はするという検査設備がずらりと勢ぞろいし、施設入居者は自由にそれらを使うことができるということだ。このような環境は日本にはまだないだろう。

イスラエルを巡る誤解

 実際にイスラエルを訪問してみて、これまで言われているいくつかの誤解を解いておいた方がいいと思う。

・周辺アラブ諸国との戦争があるので危険?

 ガザ地区など、国境近くまで行けば分からないが、少なくともテルアビブ市内にいる限りは戦争の匂いはない。テルアビブは地中海に面した人口約40万人のイスラエル第2の都市で、超高層ビルも立ち並ぶ一大商業都市である。海岸沿いにはヒルトンやシェラトンといった高級ホテルもひしめくリゾート地でもある。

・パスポートに出入国スタンプを押されると、敵対する周辺アラブ諸国に入国できなくなる?

 現在では直接パスポートにスタンプは押さず、代わりにブルーカード(出国の際は白)と呼ばれる小さなカードが渡される。審査後にゲートを通る際そのカードを装置にかざすとゲートが開くようになっている。

・空港での審査が厳しく、特に出国の際は3時間前には空港に行っていなければならない?

 車を降りて空港の建物に入るところで金属探知機の検査があったが、簡素化されているようで、スーツケースを開けることまでは要求されなかったし、見ていると悉皆検査ではないようだった。パスポート審査のところでも極めてフレンドリーなやりとりで終わり、3時間前に行ったため、むしろ空港で時間をつぶす羽目に陥った。

 ただし、公平のために記すとすれば、次のような苦労も味わった。

 たまたま私の乗ったタクシーの運転手は英語ができたが、人によってはヘブライ語オンリーで、アルファベットも読めないことがある(と、イスラエル人が言っていた)。確かに、街中の通りやバス停の表記の多くはアルファベットが併記してあって助かるが、少し古そうなものはヘブライ語表記だけのものもあった。

 ちなみに、ヘブライ語アラビア語と起源が同じで右から書くが、ネットを見るときのスクロールバーが最初見つからずに困ったが実は左側にあった。

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テルアビブの町並み。 Photo by aharon mizrahi, under CC BY 2.5.