数多くのロボットたちが夢の共演を果たすゲームスーパーロボット大戦』。『スパロボ』の愛称で知られるこのシリーズは、据え置き機から携帯ゲーム機までさまざまなハードで、なんと計60タイトル以上も発売されている。シリーズ20周年を迎えたスーパーロボット大戦の誕生秘話から、制作の苦労やこだわりに迫る! 

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チーフプロデューサー寺田貴信さんにスパロボ誕生秘話を伺っちゃいましょう!

「私が入社したバンプレストでは、当時から特撮ヒーローアニメロボットがSD(スーパーデフォルメ)で一堂に会する『コンパチヒーローシリーズがありました。その発想の延長線上として、ロボットだけの混載ゲームがあってもいいんじゃないかというのが始まりです」

けれど登場するのはそれぞれ違うアニメ制作会社の作品。“大人の事情”的なハードルがいろいろと高かったのでは?

バンプレストの初代社長が、バンダイグループの玩具メーカーロボットおもちゃを担当していた杉浦幸昌さんで、杉浦さんと当時の先輩たちの努力で、権利元の制作会社さんからなんとかご理解いただけまして。原作とは違うifの展開ということでクリアできたんですよ」

そして、いきなり大ヒット!……とはいかなかった。

「最初は知る人ぞ知るマイナーゲームでした。制作陣もわかる人にだけわかればいいというコンセプトで作っていましたから。しかも当時は映像ソフト化されているロボットアニメが少なかったので、本放送時に録画したビデオを持っている方から借りたり、地方で再放送しているのを録画したり、ともかく資料集めが大変でしたね」

配慮することも多かったとか。

プレイヤーは皆さん、自分が好きなロボが一番強いと思ってるじゃないですか。でも、どれも各作品の主役機なので、運動性が低めだけど装甲値が高いマジンガーZ、運動性は高いけど装甲値が低めのガンダムみたいに、総合的な強さでは差が出ないよう気を配りましたね」

苦労のかいあり、混載ゲームならではの相乗効果が起こる。「これも面白そうだな」と、それまで観たことのなかった作品にまで興味を持つプレイヤーが続出し、各アニメファンの裾野を広げる役割を果たしたのだ!

「そういう方が出てきてくれたので、少しは原作者の方々に恩返しができたかなと。また、『スパロボ大戦』を通して子供の頃の気持ちに戻れたという声や、原作者さん自身から『よく再現したね』と言っていただけたときなんかも、苦労して作ってよかったとつくづく思いますよ」

今や超大ヒットシリーズですが、その魅力とはいったい?

プロ野球でいうならWBC侍ジャパンみたいなもの。ヒーローロボット夢の共演を果たすという豪華さは、否が応でも燃えますよね!」

(取材・文/昌谷大介 牛嶋健 照井琢磨 武松佑季[A4stdio] 撮影/高橋定敬)

寺田貴信(てらだ・たかのぶ)


1969年生まれ、京都府出身。94年発売の『スーパーロボット大戦EX』より制作に携わる。現在は同シリーズチーフプロデューサーという大役を務める

「『スーパーロボット大戦』ってロボットたちの夢の共演、いわば『侍ジャパン』みたいなもんなんです」と語るチーフプロデューサーの寺田貴信氏