日本人にもっとも親しまれてきた野菜のひとつ「大根」。その品種の多様性に光を当てている。

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 前篇では、日本各地で新品種が生み出され、大根が多様化していった経緯を追った。大きくて重たいため遠くまで運びづらい。一方で、誰もがどこででも簡単に育てられる。こうした大根の特徴が、地産地消を促し、その土地の風土とも相まって独自品種を増やしていった、という一応の結論に達した。

 後篇では、現代科学の視点で大根の多様性を見ていきたい。2010年代ダイコンゲノムの読解が完了し、遺伝子情報から大根の多様性に探る研究が進んでいる。話を聞いたのは、東京農業大学農学部准教授の三井裕樹(みつい・ゆうき)氏。大根の多様性をもたらす、根の肥大化や開花のタイミングの仕組みなどを研究している。

 野生種のルーツを巡る議論に終止符が打たれつつあるなど、ダイコンの研究の成果が上がっているようだ。

ダイコンゲノムの解読が完了

 大根の品種がさまざまあるのは、人が選抜や交配といった方法で新品種を作り出してきたから。だが、交配の記録がすべて詳しく残っているわけではない。大根がどんな系譜をたどって多種多様になったかを探るには、他の方法を使わねばならない。

 研究者たちは、長らく「形の特徴」から大根の系譜を求めてきた。根が太いか細いか、白いか色があるか、また葉や果実の形などを見て、似たものどうしは近い品種のグループ(分類群)とみなすのだ。また、地域ごとにどんな品種が分布しているかを調べることでも、網羅的に系譜を描こうとしてきた。

 そんな中、革新的な手法が現れる。「ゲノム解析」だ。これは、その大根の特徴を定める“設計図”をまるまる読み解くようなもの。ヒトのゲノム解読完了は2003年だったが、ダイコンゲノムの解読完了は2014年。まず東北大学が発表し、2015年に東京農業大学が、2016年に韓国の研究チームが続いた。

 ダイコンゲノム解読完了が最近だったというのは意外だろうか。植物のゲノム解読には難しさもある。三井氏はこう話す。

ダイコンを含むアブラナ科の主要作物は、過去にゲノム3倍化を経験しています。ゲノムに同じ配列をした部分がたくさんあり、シーケンサーという解析装置が見分けづらかったのです」

 ゲノム3倍化とは、その生物の持っている1種類のゲノムが3倍になること。進化の過程でまれに起きる。これで1個だった遺伝子が、3個あることに。ゲノムをパーツごとに読み取ってつなげていくことで全体解読を目指す研究者にとって厄介なことに、どこにでもつながりそうなパーツが散らばっているわけだ。

 だが、シーケンサーも進歩する。より長大にパーツを読めるようになり、パーツの固有性が高まって紛らわしさが減った。ついにダイコンゲノム解読完了に至ったのだ。

根の肥大化を抑える遺伝子に迫る

 三井氏らが解読したダイコンゲノムは、作物品種としてシェアの高い「青首系」のもの。モデルの設計図を得られたことで、他の品種との設計図の違いを調べられるようになった。現れている特徴の違いが設計図のどの部分の違いによるものか、つまりどの遺伝子の違いによるものかを突き止めていけば、大根の品種がどう枝分かれし、多様化していったかを具体的に明らかにできる。

 三井氏はまず、青首系をモデルに「どのように根が太るのか」「根が太る種と太らない種の違いは何か」を探っていった。

ダイコンが光合成で得た糖は、葉から根に下りてきますが、その糖をデンプンに変える酵素のひとつが働くことが、根の肥大化と強く関係していると分かりました」

 となると、太る・太らないの違いは、糖をデンプンに変える酵素を活性化させる遺伝子が働くかどうかということか・・・。

「ところが、太らない品種でも、同じ酵素が活性化していたのです」

 太る・太らないの違いには、どうやら別の仕組みがあるようだ。

「詳細な解明はこれからですが、根の構造に鍵があると考えています。太らない品種では、皮のあたりが分厚くなって、根の肥大化を抑えているようです。また細胞壁が発達して固くなることで、細胞そのものの肥大化も抑えているようです」

 今後は、これらの働きを司る遺伝子を突き止めていくことになりそうだ。

「鍵となる遺伝子は複数あると見ています。太る品種と太らない品種を交配すると中ぐらいの太さになりますから。1個の優性(顕性)・劣性(潜性)の遺伝子では太さが決まらないことを示しています」

遅咲きの遺伝子変異を特定、品種改良にも光

「遅咲き」の遺伝子を突き止める研究も、三井氏は進める。

 大根は、花を咲かせると、根を太らさない。では、どんな条件で大根が花をつけるかというと、低温をのべ2~3週、経験するというもの。農家にとって深刻なことに、種まき後に低温が続くと、大根がすぐ花を咲かせてしまうのだ。根が太らず作物としての価値がなくなる。

 そこで育種家たちは、交配で「遅咲き」品種を開発した。寒さに当たっても花を咲かせない品種が実現したわけだ。

「それを可能にする遺伝子を、明らかにしようと考えました」

 ダイコンを含むアブラナ科の植物が花を咲かせる仕組みを巡っては、FLC(Flowering Locus C)という遺伝子の存在が知られている。「花成抑制遺伝子」とも呼ばれ、文字どおり、花が成るのを抑える働きを持つ。低温が続いてこの遺伝子の働きが鈍ると、下流の開花を司る遺伝子が抑制から解かれ、花が咲くのだ。

 三井氏も、遅咲き品種にはこのFLC遺伝子が何かしら関わっていると考えた。FLC遺伝子が変異を起こして働かなくなっていれば、低温で開花する仕組みはなくなるはずだ。

「普通、植物はFLC遺伝子を1個持つのですが、ダイコンではゲノム3倍化があったためFLC遺伝子を3個持っています。研究により、このうちの1個が変異することが、遅咲きになる主な原因のひとつだと分かりました」

 大根の遅咲きを導く主要な遺伝子変異を特定した。この成果は大根の品種改良にもつながりそうだ。

「日本では、遅咲きの品種を作るにあたり、ハマダイコンという野生種の遅咲き個体を交配してきました。でも、ハマダイコンの根は太らず、かつ硬い。交配させると、この特徴の原因となる遺伝子も、作物品種に入れることになってしまいます。遅咲きの遺伝子を特定できたので、この遺伝子だけをピンポイントに入れれば、よく太って品質のよい遅咲きの品種ができるようになると踏んでいます」

野生種の謎を巡る議論、決着へ

 大根の多様性を探るうえで、近年もうひとつ、大きな進展があったという。三井氏が上で触れた、野生種ハマダイコンの“位置づけ”が定まってきたのだ。

 ハマダイコンを巡っては、「栽培種が野生化した種だ」とする説と、「もとから野生の種だ」とする説があり、研究者たちは議論してきた。

「近年の研究によって、ハマダイコンはもとから野生の種だったことが明らかになってきました」と三井氏は話す。これは、ゲノム解読完了によって多くのDNA情報を用いることができるようになったことが大きい。

「いま話した遅咲きの品種もそうですが、多様な品種が作られる過程でハマダイコンが貢献してきたことが知られています。実は、根の形がまるで違う桜島大根もハマダイコンの遺伝子を持っているのです。ハマダイコンを栽培していると、突然に大きな大根ができたこともあります。大根の多様性をもたらすさまざまな要因を、野生種のハマダイコンが持っているわけです」

 三井氏によると、ハマダイコンが作物品種の祖先であるのかは未解明だ。だが、もとから野生種だったのであれば、大根の作物品種の多様化に深く大きな影響をもたらしてきたとも考えられる。大根の多様化の解明が、この野生種からも進んでいきそうだ。

 ハマダイコンの学名についている「sativus」は「栽培化された」の意味を持つ。「分類学的には、これまで栽培種の変種とされてきたわけです。解明が進めば、学名も変わるかもしれません」。

野菜として古く、植物種として新しい

 ダイコンという生物そのものが持つ「多様化しやすい要因」もあるのだろうか。三井氏はこう説く。

「野生種と栽培種は、分かれてから時間が経つほど混ざりにくくなります。でも、ダイコンの野生種と栽培種は、分かれてからの時間がまだ短く、遺伝子的な差がさほどありません。交雑による進化が起こりやすい植物であるといえます」

 私たち人間にとっての大根の歴史は、野菜のなかでも古い。だが、進化する生物としての大根の歴史はまた別もののようだ。

 最後に三井氏は、大根への思いを語ってくれた。

「日本が誇る野菜植物です。地産地消の動きの中、いろいろな地域でそれぞれの品種の生産量が再び増えていくといい」

 大根の多様性は、人間の営みの結果として生じたものといえる。だが、生産効率を求める今日、大根といえばもっぱら青首大根となった。廃れゆく品種もある。

 大根の多様性を保つには、もはや意識的な取り組みが必要となった。社会の求めと研究の進歩が相まって、科学の知見が生かされる機会も増えていきそうだ。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  江戸時代は100種以上、日本人と大根の根深き関係

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大根の多様性をめぐる研究が進んでいる。(画像提供:三井裕樹氏)