NHK総合のドラマ10「昭和元禄落語心中」(金曜よる10時〜)では、第2話以降、昭和の名人と謳われた8代目有楽亭八雲(岡田将生)の昔語りという形で、彼の同門のライバルにして親友の有楽亭助六(山崎育三郎)との出会いから訣別にいたるまでを追ってきた。今夜放送の第6話は、いよいよサブタイトルに「心中」と掲げ、大きな山場を迎えようとしている。

第2話から第5話までをざっくり振り返ると……
少年時代、同じ日に7代目八雲(平田満)に入門した八雲(前座名は菊比古)と助六(同、初太郎)は、対照的な性格ながら、いずれも親から捨てられた身ということもあり心を通わせていく。戦後、二つ目となってからは、菊比古の部屋に助六が転がり込む形で共同生活を送りながら、互いに切磋琢磨し、やがて一緒に真打に昇進を果たした。テレビの台頭などで落語の人気が衰えていく時代にあって、二人は落語界の再興を誓い合う。

そんな二人のあいだに登場するのが芸者のみよ吉(大政絢)だ。もともとは7代目八雲が戦時中に慰問先の満州(現・中国東北部)で知り合い、終戦後に一緒に引き揚げてきた彼女だが、菊比古と出会うと、やがて献身的に尽くすようになる。

しかし菊比古はみよ吉以上に落語に執心し、自分より先に人気を集める助六に複雑な感情を抱きながら、彼の背中を追い続けていた。このため菊比古とみよ吉、そして助六(あるいは落語)とのあいだで奇妙な三角関係(もしくは四角関係)が生まれることになる。だが、それもやがて破綻を迎える。師匠の八雲は、いずれ自分の名を彼に継がせるつもりでおり、真打昇進を前にみよ吉と別れるよう迫った。これを受けて、もともと自分の気持ちを伝えるのが下手な菊比古はみよ吉に冷たくあたり、結局捨てる格好となる。一方、助六は自分こそ8代目八雲を襲名するつもりでいたが、真打昇進披露でのしくじりがきっかけで、襲名どころか師匠に破門されてしまう。みよ吉と助六はいずれも心に傷を負った者どうし急接近し、やがてともに消息を絶った。

第6話の後半では、それから8年ほど経った昭和38(1963)年、菊比古が、助六の消息を尋ねまわった末、ついに四国の片田舎で再会を果たす。助六はみよ吉とのあいだに、落語がやたらと達者な一人娘の小夏を儲けていた。

岡田将生演じる菊比古の変貌にうなる
このドラマの醍醐味の一つに、俳優が落語を演じるシーンがある。正直に言うと、私は落語のうまさと芝居のうまさは本来、別物だと思い込んでいた。だからこのドラマに出てくる高座のシーンにも初めはちょっと違和感があったのだが、回を追うごとにそれも気にならなくなった。それは、劇中で岡田将生や山崎育三郎の演じる落語が、芝居としてあきらかにうまい上に、落語としてもうまいと感じたからだ。とりわけ第3話で、岡田演じる菊比古が“化ける”姿には目を見張った。

第3話では、助六が若くして自分の芸を確立し、寄席で客から爆笑をとる一方で、菊比古は芸に硬さが抜けず、伸び悩んでいた。それが助六に誘われ、鹿芝居(噺家による芝居)で弁天小僧を艶やかに演じたのを境に、ついに殻を破る。この回の前半の高座のシーンではさっぱりウケなかった菊比古だが、後半では人が変わったように、廓噺「品川心中」で客を魅了するとともに師匠たちをもうならせたのだ。芸をある程度習得すると、下手に演じるのはかえって難しいはずだが、それを岡田は見事に演じ分けていた。

柳家喬太郎じきじきに「死神」を伝授
続く第4話では、菊比古が真打昇進披露にあたって「死神」を高座で披露する。第1話にも出てきたように、老年期にいたるまで彼の十八番となる大ネタだ。彼がこの噺を教わったのは師匠の八雲ではなく、酒でしくじって廃業した木村屋彦兵衛(柳家喬太郎)だった。このとき、彦兵衛から菊比古が稽古をつけてもらうシーンが、落語で師匠から弟子に噺を教えるのはこんな感じなのかと思わせるほど、真実味があった。柳家喬太郎はこのドラマで落語監修も務めているが、おそらく岡田に「死神」を教えたときにも、同じように指導したのだろう。

一方、助六は披露興行では高座ごとに違う噺をかけるという離れ業をやってのける。しかし調子に乗るあまり、協会の会長(辻萬長)の持ちネタである「居残り左平次」を断りなく演じてしまい、会長の逆鱗に触れる。当然ながら師匠から叱られる助六。だが、このとき師匠が8代目八雲は菊比古に継がせるとうっかり漏らすと、八雲を襲名するのは自分だと食ってかかる。その際、師匠の芸は古いと口走ったため、八雲は激怒、とうとう破門を言い渡されるのだった。

助六が破門される発端となった「居残り左平次」は、舞台袖で観ていた菊比古が「こんな大根多(ネタ)もこなして、あいつは一体どこまでいっちまうんだ」とうなるほど難しい噺だ。それを山崎育三郎が、豪放磊落な助六の人柄そのままに演じているのに、視聴者であるこちらもうならされる。「居残り左平次」といえば、川島雄三監督の映画『幕末太陽傳』(1957年)の下敷きとなり、その主人公をフランキー堺が好演したことでも記憶されるが、このシーンを見て、いっそ山崎の主演でリメイクしてほしいと思った。

平田満が情感たっぷりに演じる
さらに第5話では、菊比古と助六の師匠である7代目八雲の高座のシーンが初めて出てきた。弟子の菊比古が落語界のホープとして脚光を浴びる一方、八雲は妻を亡くしたこともあり、すっかり老いさらばえてしまっていた。それでも菊比古との親子会で最後の輝きを放つ。そこで彼が情感たっぷりに演じた人情噺「子別れ」は、晩年の八雲その人の哀愁もあいまって、胸を打つものがあった。

このあと、師匠は入院し、その病床で菊比古に、助六の名の由来を初めて打ち明ける。師匠の父親である6代目八雲の門下には、群を抜いてうまい弟子がおり、いずれは八雲の名を継ぐつもりでいた。しかし彼を妬んだ若き日の師匠は息子という立場を使って、父に7代目は自分に継がせると一門を前に約束させる。くだんの弟子はこれに怒って一門を抜け、行方知れずになるのだが、彼の名前こそ助六だった。その落ちぶれた助六から落語を学んだ少年が、やがて7代目八雲に入門、初太郎を経て自ら助六を名乗ることになる。だが、2代目助六もまた、八雲襲名を夢見ながら、果たせずに失踪してしまった。

昭和元禄落語心中」は、落語の魅力に取りつかれ、翻弄される人たちの物語といえる。菊比古は落語に執心するあまり、みよ吉を捨てざるをえなかった。このみよ吉を演じる大政絢がまた、色っぽくも寂しさを漂わせて印象深い。今夜放送の第6話で菊比古(8代目八雲)は、助六に続き、みよ吉とも再会を果たすはずだが、はたして彼らにはどんな運命が待ち受けているのだろうか。
(近藤正高)

※「昭和元禄落語心中」はNHKオンデマンドで配信中
【原作】雲田はるこ『昭和元禄落語心中
【脚本】羽原大介
【音楽】松村崇継
【主題歌】ゆず「マボロシ
【落語監修】柳家喬太郎(ドラマ中にも木村屋彦兵衛役で出演)
【出演】岡田将生、山崎育三郎、竜星涼成海璃子大政絢、川久保拓司、篠井英介、酒井美紀、平田満ほか
【制作統括】藤尾隆(テレパック)、小林大児(NHKエンタープライズ)、出水有三(NHK)
【演出】タナダユキ、清弘誠、小林達夫
【制作】NHKエンタープライズ
【制作・著作】NHK テレパック

NHK総合でスタートしたドラマ「昭和元禄落語心中」。第2話以降の物語は、雲田はるこによる原作マンガ単行本の第2巻〜第5巻収録の「八雲と助六篇」をもとにしている