かねてよりイギリスは「世界の食の不毛地帯」と言われるが、果たしてそれは現在も変わることはないのであろうか。一歩街に繰り出せば、様々なパブやレストランが軒を連ね、どの店も平日、週末を問わず、多くの客で賑わっている。酒を飲み交わす人々はもちろん、料理を注文する人の姿も多くみられる。ただ、これらは我々が想像する、混雑した店内でフィッシュアンドチップスとビールをあたかも会話を楽しむための燃料のように喉に流し込む様子とは少し異なる。皆、会話や酒とともにその店で供される料理に舌鼓を打っている。伝統あるイングランド料理をはじめ、アメリカ、アジア、中東、東欧、アフリカなど食の世界万博と呼んでも過言でない現在のイギリス食文化。そのなかにおいて、特に多くの客を集めているのがスペイン料理店だ。日本でもお馴染みのタパス(小皿料理)を目当てに、日暮れ前からスパニッシュパブは混雑を始める。そんなスパニッシュパブ激戦区のイギリスにおいて、本場スペインの著名なシェフが続々と自身の店をオープンさせている。

去る10月16日、『スペインカリスマシェフ』と呼ばれるオマール・アリボイ氏(Omar Allibhoy)が、自身がオーナー兼シェフを務めるスパニッシュパブ『Tapas Revolution』をイギリスウィンザーにオープンした。この『Tapas Revolution Windsor』はイギリス国内では7店目の出店となる。

『Tapas Revolution Windsor』はその名の通り、英ウィンザー城の真正面に位置し、ウィンザーの中心地では初のスパニッシュパブだ。

今年5月19日に英ヘンリー王子とメーガン妃が挙式し、週末はエリザベス女王が滞在することでも知られるウィンザー城周辺は、世界各国からの観光客でごった返すまさにイギリスきっての観光名所だ。その中心地に満を持して乗り込んだスペインカリスマシェフの腕前と評判はいかほどか。オマール氏へのインタビューとともに彼自ら手掛けたタパスの数々を実食してきた。

一品目は『ENSALADA DE TOMATE CON QUESO DE CABRA』(5.75ポンド=約830円)から。トマト、オリーブ、ゴーダチーズ、玉ねぎピクルスなどまさに前菜と呼ぶにふさわしいこの一皿。特筆すべきは、通常の赤いトマトに加えて、写真左上に写っている“黒いトマト”だ。『spanish black kumato』と言うその名の通り、赤黒いこのトマトはスペインで品種開発され、オーストラリアベルギーカナダフランスギリシャオランダスイストルコメキシコ、南レバノンイギリスワイト島のみで栽培が許可されている稀有なトマトだ。通常のトマトのような酸味がなく、フルーツのような甘みが特徴だ。

二品目は『PAN MARRORQUIN』(5.25ポンド=約785円)。日本のピザにも似たこのブレッド。とろりと溶けたチーズの下には、スペイン・マヨルカ島産の生ハム『ソブラッサダ(Sobrassad)』が敷き詰められている。スペイン生ハムといえばイベリコ豚が思い浮かぶが、こちらソブラッサダはイベリコ豚からではないものの、マヨルカ島の伝統的な食材としてお祝いの席などに用いられる非常に縁起の良い一品である。

三品目はお待ちかね、本場スペイン産の生ハムの盛り合わせ『JAMON SERRANO GRAN RESERVA SELECTA』(5.95ポンド=約860円)だ。『セラノハム(SerranoHam)』と呼ばれるこの生ハムは前述の『ソブラッサダ(Sobrassad)』同様、イベリコ豚から作られたものではないが、栗の実を与えられた豚をおよそ2年間にわたって乾燥熟成させたもの。記者はイベリコ豚の生ハムは以前口にしたことがあるが、いわゆる“超地元密着型”のこのセラノハムは初めての食体験であった。イベリコ豚と比較するとやや油味に欠けるものの、文字通り塩の塩梅も絶妙で、食感は硬すぎず写真に写っている小さなブレッドに巻いて一口で口に放り込むのが地元流の食べ方だという。

ここまでは日本でも馴染みのある小皿が続いたが、一転イギリスでもあまり見かけることのない一品がここで登場した。四品目となる『POLLO EN PEPITORIA』(6.25ポンド=約935円)は鶏肉とアーモンドシチューだ。意外であったのは、味付けにクミンやサフランといった香辛料が使われていること。これまでにもいくつかのスパニッシュパブを訪れたが、こういった中東やインドの香辛料で味付けされている料理には今のところお目にかかったことがない。不思議に思い、オーナーシェフのオマール氏に尋ねてみたところ、彼の父親がインド出身であり、『TAPAS REVOLUTION』にはこうした香辛料が多くの料理に使われているということだ。オマール氏のルーツを辿っていくとヨーロッパという大きなくくりを越えて、中東やアジアまで味覚の世界が広がっていく。

五品目は『CHORIZO A LA SIDRA』(5.95ポンド=約860円)である。一見するとミートボールのようであるが、品名にもある通り『チョリソ(CHORIZO)』と呼ばれるオーストリアソーセージをミンチし肉団子状にしたもの。味付けはトマトソースかと思いきや、これまたオマール氏の遊び心なのか、イギリスではサイダーCIDER)として親しまれているリンゴ発泡酒でじっくりと煮込まれているという。チョリソと聞くと、メキシコの辛いソーセージを思い浮かべてしまうが、もともとはスペイン・イベリア半島を発祥とする豚肉の腸詰のことを指す。スペインではチョリソは人々の生活に深く根付いた食材であり、そのまま炒めるのはもちろんのこと、この『CHORIZO A LA SIDRA』のように、腸詰の中身を取り出し肉団子状にしてスープの具材にしたり、生のまま薄く切ってパンに挟んで食べることも多いそうだ。

ヨーロッパ、アジア、中東などなど若干、多国籍な味付けで舌が混乱し始めた頃、スペイン料理の代名詞であるパエリアが登場した。上記の写真はイカ墨パエリア『ARROZ NEGRO』(6.75ポンド=約980円)。

こちらの方がお馴染みだろうか。『PAELLA DE POLLO』(5.95ポンド=約860円)は、見た目も味付けも我々日本人が想像するパエリアそのものである。前述のイカ墨パエリア『ARROZ NEGRO』よりも若干リーズナブルな価格設定であるのは、『PAELLA DE POLLO』が鶏肉と野菜を具材としているのに対し、『ARROZ NEGRO』はイカをふんだんに使用しているためであろう。イギリスにも『Billingsgate(ビリングズゲート) Fish Market』という魚市場が存在する。何度か足を運んでみたが、さほど広くはない市場のなかで販売される様々な魚介類と比較してもイカ一杯の価格が高い。ちなみにオマール氏によると世界最大の魚市場が、先月閉じた日本の築地市場だとするならば、スペインマドリードには世界で二番目に大きな魚市場があるという。

続く八品目はこちらもすでに日本でもお馴染みエビのアヒージョだ。『GAMBAS AL AJJILO』(7.95ポンド=約1150円)のレシピは、オマール氏直々に『TAPAS REVOLUTION』の厨房で披露してもらった。エキストラバージンオリーブオイルを写真の小鍋のなかに贅沢に注ぎ込み、ニンニクを加えその香りをしっかりとオイルに染み込ませる。オマール氏曰く「ニンニクオリーブオイルの中で踊り始めたら」エビを大胆に放り込む。魚介類の新鮮さが売りの一つでもあるスペイン料理のため、エビに過度な熱を通さないことが重要だという。味付けはシンプルに岩塩のみ。「日本人は魚介類がとても好きですよね。生の魚(刺身)を食べることもあるほどですから。この『GAMBAS AL AJJILO』なら日本の皆さんにも簡単に作っていただけると思います」とはオマール氏の弁。

パブ発祥の地であり激戦区であるイギリスに単身乗り込んできたオマール・アリボイ氏(Omar Allibhoy)。本国スペインでは多くのグルメ番組に引っ張りだこのいわゆるカリスマシェフである。オマール氏の出演番組を見るとその人柄が伝わってくるが、実際に会った本人も写真のような満面の笑みで厨房に立ち、客やスタッフらとも家族のように接していた。

しかし記者が取材に訪れた日は、なにやらオマール氏がそわそわしている様子が見て取れた。理由を尋ねてみると、この日はオマール氏の両親、妻と5歳になる息子、そして妻の母親が『Tapas Revolution Windsor』でランチを取っており、翌日には妻のサンドラさんが出産を控えているとのことであった。自身の家族と同じテーブルを囲み、明日には新しい家族も増える。まさに仕事とプライベートの両面で大家族を抱えるオマール氏。

最後に日本の消費者に向けてこのように語った。

「僕のレシピの源は全て僕の祖母から得たものです。『Tapas Revolution』でお出しする料理の数々は、僕自身の故郷の味と言っても過言ではありません。日本の皆さんは魚介類がお好きでしょう? 生で魚を食べることもありますよね。スペインにも世界第二位の規模を持つ魚市場があります。食材を厳選し、それらの良さを最大限に活かす。スペイン料理と和食には共通点が多くあると思います。日本の家庭料理と同じように僕の故郷であるスペインタパスが日本の皆さんの食卓に並んでくれればこんなに嬉しいことはありません。」

そう言い残し、オマール氏は少し慌てた様子で妻のもとに駆け寄り店を後にした。

今回紹介した八品以外にも、多くのタパスデザート、さらにはスペインスパークリングワイン・カヴァを使った自家製サングリアも実食してみた。いずれも、余計な奇をてらった料理ではなく、素材の旨味を最大限引き出すべく、繊細に調理されたものばかりであった。

なかでも特筆したいのは、カヴァに様々なフルーツを漬けこんだ自家製サングリアだ。スペインスパークリングワイン・カヴァには白とロゼがあるが、同店では白のカヴァに苺、レモン、オレンジ、パイナップルスイカブルーベリーなどのフルーツをふんだんに使用している。年々日本でもカヴァの輸入量が増加しており人気も定着しつつある。通常サングリアは赤ワインから作るのが主流とされてきたが、近年では今回のようにカヴァをベースとしたアレンジも人々を魅了している。

ロンドンの中心地からウィンザー城の真正面にまで店舗を広げた『TAPAS REVOLUTION』。ウィンザー城周辺では唯一のスパニッシュパブとはいえ、そこは世界中から観光客が集まる食の世界市でもある。

言うならば『TAPAS REVOLUTION』が食の世界万博スペイン代表と言ったところか。10月16日のオープン以降、客足もなかなか好調のようだ。その名の通り、タパスの世界に革命を起こしながら、今後は海外展開も十分視野に入れているであろう。

(TechinsightJapan編集部 村上あい)

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