森保一監督率いる新生日本代表の2018年5試合が終わり、4勝1分無敗という幸先の良いスタートを見せている。中島翔哉(ポルティモネンセ)、南野拓実(ザルツブルク)、堂安律(フローニンヘン)の2列目トリオと1トップ・大迫勇也(ブレーメン)の織り成す「攻撃陣カルテット」が存在感を高めるのと同時に、GKも新風が吹き始めているのは特筆すべき点だ。

▽9月のコスタリカ戦(大阪・吹田)は2018年ロシアワールドカップ組の東口順昭(ガンバ大阪)が先発し、一歩リードしているところを見せたが、10月シリーズは権田修一(サガン鳥栖)と東口を1試合ずつピッチに送り出すなど、指揮官も選択肢を広げようと試みている。そして今回の11月シリーズでは、最初の16日のベネズエラ戦(大分)でシュミット・ダニエル(ベガルタ仙台)が初キャップを飾り、持ち前のビルドアップ能力の高さを示した。年内最終戦の20日のキルギス戦(豊田)は再び権田がチャンスを与えられ、3人は横一線の状況になりつつあるが、やはりシュミットの198㎝の長身と26歳という年齢は魅力。キャプテン・吉田麻也(サウサンプトン)も「GKの大型化は時代の流れ。むしろそうじゃないと生き残っていけない」と強調。ようやく世界基準に合った選手が出てきたのは間違いない。

▽彼の経歴を改めて説明すると、92年2月にアメリカ人の父と日本人の母の間にアメリカで誕生。2歳で仙台に移り住み、小学校2年からサッカーを始めた。中学生までボランチをこなしていたため、足元の技術やパスセンスに磨きをかけることができた。ベネズエラ戦の後、本人が「しっかり後ろからビルドアップする部分は一応できたと思う」と自信をのぞかせたのも、こうした蓄積があるからだ。

▽本格的にGKに転身したのは東北学院高校に入学してから。日本人離れした高さを買われて高3でベガルタ仙台からオファーを受けるも、本人は中央大学に進学。そこで川崎フロンターレの特別指定選手となり、シュートストップや守備陣との連携など守護神に必須な部分をブラッシュアップした。

▽そして大学卒業後の2014年、ようやく仙台へ入団。最初はほとんど出番に恵まれず、2014年と2015年に2度、ロアッソ熊本レンタル移籍する。さらに翌2016年には松本山雅レンタルで赴いたが、これが彼のキャリアの大きなターニングポイントとなる。反町康治監督はフィード力が高く、攻撃の起点となるシュミットを高く評価し、シーズン通してコンスタントに起用。松本山雅は最後の最後で3位に甘んじ、プレーオフでJ1昇格を逃したが、絶対的守護神がいたこの年は勝ち点84という史上最高ポイントを獲得している。それもシュミットという能力の高い選手がいたからだ。

▽J2での活躍ぶりが日本代表を指揮していたヴァイッド・ハリルホジッチ監督(現ナント)の目にも留まり、同年10月のGK合宿に呼ばれている。この布石があったから、森保体制での恒常的な代表招集につながったのは間違いない。「世界基準のフィジカルを擁する彼を日本代表で使えるGKにしたい」というのは、当時から日本サッカー協会関係者の間で共通した認識だったのだろう。

あれから2年が経過し、仙台でも試合出場経験を重ね、安定感は確実に増している。が、セービングの部分はまだ物足りないという評価が根強いようだ。

▽「代表のGKに求められるのは、一番はシュートストップのところ。そこは他の2人(東口と権田)に比べて劣っている。代表合宿で海外組のシュートも受けたりしているけど、初速が速いし、麻也君なんかはパワーもある。そういう選手のシュートを止めるためにも、もっともっと反応の速さを磨いていかないといけない。シュートを打たれる時の準備も必要。ここ一番の集中力も大事です。そこは自分に足りないところ。学ぶことが多いと思います」と本人も自身のやるべきことを明確に見据えている。

▽代表GKは1点の重みが違う。それは過去6回のワールドカップに参戦している川口能活(相模原)、楢崎正剛(名古屋)、川島永嗣(ストラスブール)も口を揃えていたこと。ゴールを死守することは至上命題だ。そういう意味で、デビュー戦だったベネズエラ戦を完封できなかったことは、シュミットにとって悔やまれるところ。もちろん不運なPKによる失点だったが、「あれを止めていたらヒーローになれていたかもしれない」と彼も言うように、相手との駆け引きを研ぎ澄ませ、ミスキックを誘うほどの存在感とオーラを漂わせるようになってくれれば理想的だ。2m近い体躯と反応、存在感を併せ持つようになれば、シュミットはこの混とんとしたGK争いを必ず抜け出せる。それだけの資質を持ったプレーヤーなのは確かだろう。

▽2019年1月のアジアカップ(UAE)で日本は8年ぶり5度目の頂点を目指すことになるが、そこで彼が活躍する場はきっと来る。その時こそが勝負だ。修羅場を潜り抜け、日本を勝たせることができれば、2022年カタールワールドカップへの道も大きく開ける。そういう方向へと進むべく、まずはJ1ラスト2戦をしっかりと戦い、無失点を続けること。そこを貪欲に目指してもらいたい。


【元川悦子】長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。
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