『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、"世界のトランプ化現象"について語る。

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ブラジル大統領選挙で、性的少数者や女性、黒人への差別発言を繰り返してきた極右政治家ジャイル・ボルソナロ下院議員が当選しました。国際的な右派ポピュリズムの波は、まだまだ拡大していきそうです。

この"世界のトランプ化現象"について、反資本主義の旗手として知られるスロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクが、英紙『ガーディアン』のインタビューで興味深い発言をしています。まず簡単に要約すると、以下のようになります。

〈近年、AIをはじめとする科学の進歩は目覚ましく、あらゆることが可能な時代になった。にもかかわらず、われわれは税金をまともに再分配することすらままならない。リベラル資本主義のコンセンサスはすでに破壊されている。

それを破壊したのは、言うまでもなくグローバリズムであり規制緩和だが、今、リベラル陣営はグローバル経済の構造自体の欠陥に関する議論よりも、倫理やモラル、多様性、ゲイライツ、人種差別といった"小さな問題"にばかり注目するようになっている。

本筋から逃亡し、"正しい側"の席に座り、"正しいこと"を叫ぶだけでは何も変わらない。左派が本質的な原因に目を向けることなく、本来すべき役割を果たさないからこのような社会になっているのだ〉

ジジェクは、リベラル陣営がトランプら右派政治家の言動ばかりに目を奪われるのは「バカげている」と喝破(かっぱ)します。極右の再興はあくまでもグローバリズムの暴走、格差の拡大による"二次的な症状"である。

にもかかわらず、右派陣営に煽(あお)られるがままに、反差別や多様性といった"些末(さまつ)なこと"を追いかけても、この社会はよくならない。いや、むしろ右派ポピュリズムは拡大していくだけだ――。

身もふたもない言い方をすれば、ジジェクは「左派はきちんとゼニの話をしろ」と言っているのです。

同様の指摘は、最近では欧米のリベラルメディアでも見られるようになってきました。例えば米紙『ニューヨークタイムズ』では、2020年の米大統領選翌日の朝刊を想定して『トランプ再選の経緯』と題したSFコラムを掲載。

そこでは(架空の)再選の最大の理由として、トランプの差別的な発言ばかりを追いかけ、トランプの地位失墜にひたすら力を注いだ民主党の姿勢を挙げています。つかみのいい「多様性」をアピールするだけでは、かえってトランプの思うがままというわけです。

ちなみに、ジジェクはもうひとつ議論を呼びそうな指摘をしています。

〈混乱した社会の中で左派に惹(ひ)かれる人々は、決まって理想やモラルを叫ぶ。だからこそ、こういうときに一番大事なのは民衆の声を聞かないことだ。民衆はパニックに陥っており、そこには知恵などない。これまでも民の声を聞いた結果、ポピュリズムファシストしか出てこなかったじゃないか〉

もちろん、"賢者"だけに判断を委ねるのはリスクを伴います。しかし、リベラルを自任する人々が今後もただ保守派・右派を批判し、ダダをこねるだけでは、ずるずると右派ポピュリズムにのみ込まれていくだけです。誰かに責任を委ねるのではなく、何を主張し、どのような行動を起こすべきか、本気で考えなければいけないのだと思います。

モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(朝日放送)、『報道ランナー』(関西テレビ)などレギュラー多数。2年半におよぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

「身もふたもない言い方をすれば、ジジェクは『左派はきちんとゼニの話をしろ』と言っているのです」と語るモーリー氏