韓国では経済に関する明るいニュースをとんと聞かなくなった。経済成長率は下方修正が続き、失業率も高止まりのままだ。 

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 そんな中で、久しぶりに文在寅ムン・ジェイン1953年生)大統領から「明るい話」が出た。ところが、この発言が政財界で大きな話題となってしまった。

 2018年11月20日青瓦台大統領府)で開かれた国務会議(閣議に相当)。文在寅大統領がいつも通り冒頭発言をした。

 APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議出席など外遊の成果について報告したあと、経済についてこう話し始めた。

「最近、注目すべきことがあった」

 「最近、製造業分野で注目すべきことがあった。自動車は輸出減少と構造調整など困難に直面して生産が前年比で減少していたが、8月から10月にかけて再び増加に転じた」

 「造船分野でも10月まで受注実績が71%増加し、世界シェアが44%となって世界一の座を奪還した」

 「世界的な保護貿易主義の拡散と米中貿易紛争など難しい条件の中で、企業の投資拡大と取引先企業の協力によって成し遂げた喜ばしいニュースだ」

 この発言だけを聞くと、確かに、喜ばしいニュースだ。

 このところ、韓国メディアは連日、「経済が悪い」というニュースを大々的に報じていた。生産、投資、消費、雇用・・・「良い話」が聞こえてこない。

 ここにきて、頼みの綱だった半導体業界でも、「空前の好況がそろそろ転換期を迎える恐れがある」という声が出始めた。

 文在寅大統領の支持率もじわじわ下がっていたが、「経済が良くならない」という不満もその原因の1つだとの指摘が強まっていた。

 そんな中で出てきた発言だった。今の政権から見れば、「良い話も出始めている」というメッセージを発信したいのは当然だ。

体感景気とのあまりの差に・・・

 ところが、必ずしも肯定的な反応が多かったわけではなかった。体感景気とあまり距離がある発言だったからだ。

 「えっ? そんな統計があったの?」

 翌日の大手紙や経済紙はさっそく発言内容を「検証」した。

 もちろん、大統領発言が「虚偽」だったわけではない。そういう統計があることは間違いない。問題は、その解釈だった。

 まずは自動車の生産統計だ。

 産業通商資源部がまとめている国内自動車生産統計によると、8月と10月の生産台数は、前年同月比でそれぞれ、8.1%、36%のプラスだった。

 これだけみれば、大変な活況ともいえる。ところが9月は、マイナス18.2%だった。何でこんなにバラつきがあるのか。

 1つは、旧盆にあたる秋夕(チュソク)連休がいつあったのかによって「稼働日数」に大きな差が出る。

 さらに、2017年夏から秋にかけて韓国では自動車工場でのストが頻発していた。それだけ生産台数が少なかったのだ。2018年はその反動ともいえる。

 8月から10月だけの生産台数を見て「回復」と見る向きはだからほとんどない。実際、1~10月の生産台数はマイナス4.8%減だ。

現代自動車大幅減益直後に

 何よりも、最大メーカーである現代自動車の業績が大幅に悪化しているのだ。10月末に発表した7~9月期の営業利益は2889億ウォン(1円=10ウォン)で前年同期比7割減となった。

 自動車業界では、現代自動車、起亜自動車の販売低迷と韓国GMの生産急減などで、「最も困難な業界」という見方が強い。特に、部品メーカーは大幅減益や赤字転落が続出している。

 造船についてはどうか。確かに、造船業界については「最悪期は脱して好転してきた」という指摘が少なくない。

 それでも「底を打って好転し始めた兆候がある」という程度だ。ではなぜこんな話になったのか。

コンテナ船大量発注

 韓国の大手海運会社、現代商船が大型コンテナ船20隻を9月に発注したのだ。
これを韓国の大手造船3社が分け合い、突然受注が跳ね上がった。

 ところが9月には受注が再び10分の1に急減した。

 現代商船は経営悪化から何とか回復しつつある状況だ。今回の発注に際しても、政府系金融機関などが巨額の支援をしている。

 造船については最近、こんな話も聞いた。

 「海運会社が船舶を発注する際、2プラス1、あるいは1プラス1という方式を取る場合が少なくない。2隻発注した後に1隻さらに発注するという意味だ」

 「造船会社にとっては発注量を確保するためにはありがたいが、このプラス1は安い発注が普通だ。最近、韓国の造船会社が受けている注文はこういうケースが少なくない」(韓国紙デスク

 一皮めくると、大統領発言はこういうことだったようだ。

 だから、保守系のメディアなどは「あまりに実態とかけ離れた楽観論だ」とばかり一斉に批判する記事を掲載した。

 確かに、「ちょっとミスリードした」という印象は拭えない。

 だが、ここぞとばかり大統領を批判するのも、少しアンフェアかもしれない。
というのも、多くの批判は、上記した一部だけを引用して、論じているのだ。

一部だけ切り取った批判も・・・

 大統領発言には後段がある。

 「…中小造船会社や、資材メーカー、自動車部品メーカーなどは、なお、仕事不足と資金の手当てに苦しんでいる。こういうときこそ政府が支援しなければならない」

 「自動車部品メーカーの苦労を和らげるために借入金返済猶予など短期的処置や環境対応車、自動運転車など未来型産業に転換できるような研究開発支援など中長期的支援も模索すべきだ」

 「中小造船会社に対する金融支援、高付加価値船舶開発のための支援など活力向上策にも積極的に取り組むべきだ」

 つまり、苦しい会社が多いから政府もこれを支えようという趣旨だ。

 大統領はさらに「水があるときに櫓を漕げという言葉があるように、機会を生かせるように最善を尽くしてほしい」と発言した。

 ここまで読むと、決して単純な自慢話をしようとしたわけではないことも分かる。

 自動車産業や造船産業が今なお苦しいことを認め、政府もこれに万全の支援体制で臨めという指示だと読むこともできる。ある大学教授はこう話す。

 「経済は気だ、とも言う。悪い話ばかりだと、経済はもっと悪くなってしまう。大統領の発言は、こういう良い話もあるが、と前触れを置いて、真意は、政府もきちんと対応するという指示だった」

 先の韓国紙デスクはこう見る。

 「参謀も一生懸命統計を探したのだろうが、よりによって、もっとも大変だ、と話題になっている自動車を例に取り上げたから、どういう現状認識だ!という批判を浴びてしまった」

 「水がある時に櫓を漕げ、という発言も、仕事不足で明日の心配をしている中小部品メーカーの経営者を刺激してしまった」

 ラジオの経済討論番組を聴いていたら、参加者がこんなことを言っていた。

 「マーク・トゥエインの有名な言葉に、嘘には3つある、嘘、大嘘、そして統計だ、というものだ」

 「今回の大統領発言を、野党や一部メディアは嘘と言っているが、それは言い過ぎだ。だが、統計はどう使うかでまったく異なる解釈ができる。だから注意すべきだった」

 悪い話ばかりだから、「良いニュースがあった!」と統計に飛びついて、かえって批判を浴びてしまった。

 国務会議の冒頭発言がこれほど話題になるというのは、「経済」がそれほど深刻なテーマになっているということの証でもある。

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