カナダ海軍の補給艦「アストリクス」の艦内が公開されました。その名の通り、燃料や物資を補給するための船ですが、役割はそれだけではありません。

そもそも「補給艦」とは

カナダ海軍は2018年11月21日(水)、新型の補給艦「アストリクス」を神奈川県にあるアメリカ海軍横須賀基地で報道陣に公開しました。この「アストリクス」、じつは珍しい経歴を持つ船です。

そもそも「補給艦」とは、船が航行するために必要となる燃料や、乗員が船内で生活する上で必要不可欠となる食糧や弾薬などの物資を、ほかの艦船に対して洋上で補給するための専門の船のことです。身近なもので表現すれば、移動する洋上のガソリンスタンドスーパーマーケットといったところでしょう。

補給艦は、艦艇が自国の沿岸部から遠く離れた海域で長期間活動するためには、必要不可欠な存在です。もし、その艦艇が活動する海域の近くに燃料や物資を補給できるような基地があれば何の問題もありませんが、そうでなければ、艦艇が行動できる期間や範囲は大幅な制限を受けます。そこで、補給艦をともなって行動すれば、燃料や物資をわざわざ基地に立ち寄ることなく洋上で受け取れ、そのぶん行動可能な期間や範囲が広がるわけです。海上自衛隊でも、現在3隻の「とわだ」型と2隻の「ましゅう」型、計5隻の補給艦を運用しています。

補給活動から災害支援まで 幅広く活躍できる「アストリクス」

そのような役割を持つ補給艦の「アストリクス」は、2018年から運用が始まったばかりの新型補給艦です。全長182mの艦内には、他艦艇に補給するための燃料を1万立方メートルぶん積み込めます。これは、長さ100m、幅10m、深さ10mの水槽をいっぱいにできる量です。

一般的に、補給艦はこの燃料を、甲板に備え付けられたホース状の装置によって、並走する艦艇に対し補給します。「アストリクス」の場合、この装置を片側ふたつずつ、計4つ備えていて、相手の船と50ヤード(約46m)の距離を保ちながら、最大で2隻同時に燃料を補給できます。また、艦前方部には食料や弾薬などの物資を補給するための装置も備え付けられています。

艦尾には、ヘリコプターが着艦するためのヘリ甲板と、ふたつのヘリ格納庫が備えられています。特にヘリ甲板では、着陸装置がタイヤではなくソリ式の民間ヘリコプターが着艦することも想定されているため、ソリをつかむためのネットが備えられています。

一方で、艦内の様子は「軍艦」というものではなく、さながら会社のオフィスか、あるいは客船のような雰囲気を感じさせる非常に快適な空間です。乗員室はテレビ付きの個室で、艦内の移動用にエレベーターまで完備されています。さらに、急病人が発生した場合に備えて、艦内には陸上にある病院と同様の設備を備えた病室や手術室、レントゲン室から歯科治療室まで備えられています。

こうした設備は、2011(平成23)年に発生した東日本大震災のような大規模災害などに際して行われる救難活動といった、いわゆる「人道支援/災害救援(HA/DR)」においても活躍することが期待されています。そのため、「アストリクス」は負傷者60名を受け入れ可能な病床のほか、通常乗船可能な150名分の居住スペースに加え、緊急時にはさらに350名を受け入れられます。つまり、「アストリクス」は単にほかの艦艇に対する補給活動を行うだけではなく、災害時における救難拠点としての活躍も期待される存在なのです。

艦長は民間人のナゼ?

これまでみてきた「アストリクス」ですが、実はこの船にはカナダ海軍の軍人だけではなく、民間人もスタッフとして乗船しています。具体的には、軍人が45名、民間人が36名です。前述の医療設備で働く医師やスタッフも民間人で、さらに「アストリクス」の航行の関わる業務は、ほぼすべて民間人の乗員によって行われているのです。ちなみに、「アストリクス」の艦長も、軍人ではなく民間人が務めています。

なぜこのような軍民両用形態の運用が行われているのかというと、実はこの「アストリクス」、もともとは2010(平成22)年にドイツで完成した民間のコンテナ船なのです。それを2年間かけて補給艦に改修し、現在はカナダ軍がこの船を所有する企業と契約を結んで、操艦は民間が、補給活動にともなう作業などは軍が行う形で作業分担しているのです。

なぜそのような複雑な方法で、カナダ海軍はこの「アストリクス」を補給艦として運用することとなったのでしょうか。

もともとカナダ海軍は、「プロテクチュール」と「プリザーヴァー」という2隻の補給艦を運用していました。しかし、この2隻はいずれも運用開始が1960年代半ばで、すでに40年以上(当時)が経過しており、新造の後継艦を2020年代から運用する計画が立ち上がりました。しかし、先述した「プロテクチュール」が2014年に発生した火災で、さらにその後「プリザーヴァー」が老朽化で、それぞれ予定より早く退役することとなったため、後継艦が建造されるまでのつなぎとなる補給艦が必要になりました。そこで白羽の矢が立ったのが、この「アストリクス」でした。いわば、「アストリクス」は暫定的な措置として、補給艦として運用されているわけです。

このように複雑な事情を抱える「アストリクス」ですが、たとえ暫定的な措置とはいえ、その高い能力はまさにカナダ海軍を支える縁の下の力持ちとしてそん色ないものです。また、将来起こり得る大規模自然災害においても、「アストリクス」がもつ高い能力は被災地にとってまさにかけがえのないものとなるでしょう。

【写真】日本とはだいぶ違う「視力検査表」

カナダ海軍の補給艦「アストリクス」(2018年11月21日、乗りものニュース編集部撮影)。