AV女優アダルトビデオセックスを演じる職業。

【紗倉まな×戸田真琴に問う、変わりゆくAV女優の在りかた──ファンタジーを提供する「AV女優の本音」の画像・動画をすべて見る】

今回インタビューを行なったのは、そのAV女優という仕事に携わる、紗倉まなさん戸田真琴さんだ。

デビューから6年、トップ女優として活躍する紗倉さんと、2016年デビューから瞬く間に人気女優となった戸田さん。紗倉さんは『最低。』『凹凸』などの小説を出版し、戸田さんは多くの媒体でコラムやエッセイを寄稿するなど、AV女優以外に「文筆業」を行なっている共通点がある。

二人は作品でも共演しているが、こうしてAVの仕事以外の場所で顔を合わせるときも、AVの仕事のときも、あまり気持ちの距離感なく自然体で接することができるという。

そんな肩の力の抜けた二人にインタビューをして感じたことは、誤解を恐れずに言えば、彼女たちが想像以上に「普通の女性」だったということだ。しかし一方で、自身で言うように「普通ではないと言われる職業」に身を置き、社会と自身の内部を見つめ続けた彼女たちから発せられる言葉は、受け売りなどではない、鋭いものだった。

AV女優という職業を知らないという人はいないだろう。世間一般でもアダルト業界の健全化は注目を集め、“セクシー女優”としてテレビ番組をはじめ、マスメディアへの進出も相次いでいる。また、アダルト以外のジャンルでも活躍するAV女優が数多く現れるなど、これまでにない変化も起きている。

しかし、AV女優という職業全体を通して見てみると、いまだ特殊なカテゴリとして、また無意識のフィルター越しに語られることも多い。

AV女優という職業は、いまどのようなありかたをしているのか? そんな疑問を、「現代のAV女優」を象徴する存在といっていい紗倉さんと戸田さんにぶつけた。

取材・序文・編集:和田拓也 構成:長谷川賢人 写真:高橋勇人 取材協力:BOOK AND BED TOKYO SHINJUKU

AV女優も「個人事業主化」が進む? 



──この業界に入られて「外から見ていたAV女優」と「中から見るAV女優」でギャップはありましたか。

紗倉 そこまでギャップはなかったです。ただ、デビューしてからの6年間で業界の変化は感じますね。AV女優も各々が自分の気質にあったコンテンツを使って、セルフプロデュースに長けてないと生き残れない業界になってきました。まさに個人事業主なんだなって。



戸田 みんながそう考えながら活動していると、私も感じます。

紗倉 まこちゃんもセルフプロデュースが長けているから、今はそういう女優さんほど人気が出るのかなと、客観的に見ても思いますね。

戸田 でも、自分ではあまりセルフプロデュースのことは意識していなくて。デビューした頃から「自分の売り方をわかってるね」とか言ってもらえることが多いんですけど……。



戸田 あと、これはAV女優の偏見をなくすためにあえて言っているのではなく、業界に入ってみたら「クラスメイトにもこんな子がいたよね」みたいな感覚で、普通の女の子が多いと感じたんです。だけど、世の中からすると「普通」といわれる職業ではないので、みんな平気な顔はしていても、どこかで歪みや風当たりの強さを感じるだろうし、葛藤もあると思う。

それでも自分の精神も肉体も潰さずに、バランス良く飛躍している方は本当に尊敬しますし、すごく勇気をもらえます。それこそ、まなちゃんは本当にそうですよね!

紗倉 やめてよ〜!(笑)

戸田 身内で褒め合っちゃった(笑)



戸田 私自身は、入れ替わりの激しい業界だとは察していましたし、AV業界で1秒ごとに自分で舵を切っていくしかないと思っていたんです。それは、危機感かもしれません。大人たちが言っていることをやっているだけだと、淘汰されていってしまうかもしれないから。

紗倉 直感型でアーティストタイプのまこちゃんだから、それがうまく成り立っている感じがする。まこちゃんみたいにAV業界のサイクルに自覚的な女優さんですら、自己プロデュース以外の部分でユーザーを飽きさせない術が少ないのは、むしろ業界全体の課題かもしれません。

セクシー女優」と呼ばれ、文章を書く二人の「副業観」



──業界の変化としては「呼ばれ方」もその一つで、「AV女優」や「アダルト女優」、「セクシー女優」など、様々です。中には当事者が意図しないものもあると思います。ご自身の職業をどう呼びたい、またはどう呼ばれたいですか。

紗倉 昔は頑なに「AV女優と呼んでほしい!」って言ってました。ヌードルなんて呼ばれ方もあったし(笑)、今はセクシー女優もありますけど……AVって「セクシー」という域は軽く超えてるじゃないですか。

戸田 うんうん。私はセクシーという言葉に「ぬるさ」を感じてしまうかも。

紗倉 逆にセクシーと名乗る自分が恥ずかしくなってしまって(笑)

戸田 「性行為を見せているから私はセクシーです」とは言えない(笑)。ちょっとニュアンスが違ってきますよね。私は「AV女優」が的確で気に入ってます。

紗倉 言葉やエロが制限によって変換されてしまうのは、現代の価値観のなかではAVが常識として認定されたからだと思うんです。そう気づいてから、私はどう呼ばれても気にしなくなりました。むしろ、呼び方を迷わせてしまう仕事に就いていることに申し訳なさもあるし、気を遣って呼べない事情もあるんだと汲み取ってくるしかないところもあって。結局はコンプライアンスの問題でしかないですから。

戸田 私もそれぞれのメディアに触れる人たちに合わせて、剣山をぬいぐるみで包んで出しているような気持ちです。「臭いものに蓋をする」という精神は、私はあまり賛同できないんですけれど、弱きものを守るのは大切だと思います。小さなお子さんとか、まだ知らなくてもいいことを知ってしまう人を増やさないようにするには必要ですし。だから、呼ばれ方で不愉快になることはないですね。

紗倉 たしかに! もともとはAVって「18歳以上で分別がつく大人のための娯楽」だったのに、誰もが触れられる場所で「AV」と言ってしまうと、今はすぐに検索できちゃう。

とはいえ、セクシー女優がダメというわけではなく、「セクシー」という言葉の範囲は相手の想像次第で決まるから、私たちにとっては一番のオブラートになっている気もする。



──「セクシー女優」は、テレビや雑誌の登場時によく使われるイメージです。テレビや雑誌などは、本業であるAV女優以外の仕事という意味で「副業」といえますが、お二人も活動分野は多岐に渡っています。AV女優の副業には「私そのもの」を表現したい、知ってほしいという意図もあるのでしょうか。

紗倉 私は副業をすごく価値のあることだと思っています。置かれた状況で役割が変わることは誰にでもありますよね。たとえば、家庭ではお父さんでも、会社では部下を抱えた上司でもある、みたいに。AVとは違う表現をすることで、その世界でまた違う自分の役割を見つけられるんです。

それに、いろんな表現ができるということは、いろんな世界の人に自分を見てもらえるということだと思う。自分という更地にいろんな種類の種を蒔くと、いろんなものが育って楽しいですしね。自分の人生を豊かにしてくれるんですよ。

私にとっては「ものを書く」ということが良い発信方法でした。今なら誰もがネットで発信できるから、使わない方がもったいないくらいで。

ふたりはどうして「文字」を書く?

──紗倉さんが書いた小説『最低。』や『凹凸』は「性愛」がテーマですよね。自作にAV女優という生き方がポジティブに生きている部分はありますか。

紗倉 あります。もちろん、ネガティブな部分も。

その時々に言いたかったこと、他人の悪意に揉まれて病んだこと、好意に触れて気分が上がったこと、昔なら難しかったのに許せるようになったこと……そういう波を繰り返して、心に変化がある中で、性愛や家族は絶対に「まとわりついてくるもの」だから書きたくなったんです。



戸田 それは「AV女優だから」というより、まなちゃんの人生において、大きなテーマだったのかなぁと、私は思っていて。「紗倉まな」という人間を知っていくうえで、もしくは知ろうとすることそのものを許してくれる重要な作品です。

それに、エッセイと小説では文体がすごく違いますよね。エッセイはサービス精神が旺盛で頭の回転が早い「みんなの知ってる紗倉まなさん」に会えている気がします。文章である分、わかる人に向けて本音も織り交ぜてくれているんだろうな、とは思うんですけど。

紗倉 そこまで読み解いてくれると、めっちゃ嬉しい!(笑)



紗倉 まこちゃんのコラムも、「AV女優・戸田真琴」という軸もあるし、AVとは関連がないことも題材にしていて、両方がないと物事は立体的に見えてこないんだな、と思わせます。読むほどに「こういう視点の子がAV女優をしているんだ」と、ひとりの人間を深掘りできた気になれるんです。文体とかはもちろん違えど、私たちにとってものを書くことは「自分の気質に合っていて深掘れるもの」で、それがあるのは素敵なことだよね。

まこちゃんって、昔から文章を書くのが得意だったの? それに、まこちゃんの文体って唯一無二というか、似ている作家さんが浮かばない。



戸田 文体は、日記ばかり書いていて、自分自身と会話していたことが影響している気がします。

紗倉 そうかぁ! だからこそ模倣ではない文章が生まれるんだ。

戸田 書くのは得意というほどではなかったんですけど……小論文を書くのは好きだったかも。でも、好きというよりは、やっていて一番苦にならないことでした。

私はしゃべりもうまくないし、コミュニケーションも苦手だと思っているんです。たとえば、「一度家に帰ってからメールを送る」とか「ゆっくり手紙を書く」とかのほうが自分の気持ちをうまく伝えられるし、その行為に自分の何かを託しているところもあって。

私は実際に会った人へ、自分の気持ちを誤解なくちゃんと伝えたいという思いがあるんです。そう思う反面、伝えるのが得意ではないし、思うこともいっぱいあるから、書くんでしょうね。「日常で取りこぼしたもの」を拾いにいってる、みたいな感覚。

紗倉 なるほど。会話で一回投げた言葉って、補足したり訂正したりしても戻ってこないけど、書き物なら出す前に何回も推敲できる。まこちゃんはそういった言葉の精査をする作業が好きなのかなって思っていたけど、腑に落ちたかも。



──文章の他に、戸田さんはクラウドファンディングを活用した写真集制作なども行なっていますね。被写体としての活動に、意識の違いはありますか?

戸田 グラビアやヌード写真集にはセオリーがありますよね。全て明るく見せ、体のかたちやサイズ感、顔のつくりなどがわかって、お尻や胸が強調されてないとだめだとか。

でも、私は写真という表現に対して、物のかたちを伝えるためだけに使うのは、あまりにもったいないと思っていたんです。

AV女優としてセオリーに特化した写真を出す一方で、私を好きでいてくれる人たちに対してだけ、もっと見せられることがあると考えました。たとえば、「本気で笑った顔」って綺麗ではないけれど、それこそを見たいという人もいるんだと、ファンの方たちとコミュニケーションするなかで知りました。



戸田 クラウドファンディングの写真集は、私を好きでいてくれる人たちに個人的なラブレターを返したい、という気持ちでした。これがビジネスなら広く届けることを考えなければいけないのですが、その人たちにさえ届けばいいと思えるものをつくりたかったんです。

紗倉 素敵……!

戸田 こんなふうに「やりたいこと」や「見せたい自分」を、どこか一方的にでも、みなさんに見せられる方法が、たまには取れるといいなって思います。

紗倉 私も写真展、観に行ったんです。綺麗に見せることに意識を向けるようなことから離れた、表現者としての思考にあふれた展示でしたよね。自分のことを本当に好きな人たちに向けたラブレターというのは、私も本当はやりたい。でも、なかなか勇気が持てない晒け出し方でもあるので、憧れる人は多いと思います。



AV女優が見る、AVというコンテンツの変化



──ここまでAV女優のセルフプロデュースや副業に話が及びましたが、あらためてAV女優から見た「AV」という存在の役割や、起きている変化についてもうかがいたいです。

紗倉 役割の一番は、性的な承認欲求のはけ口になることですよね。やはりAVは娯楽でしかないんです。最近は「AVの教科書化」を問題視する向きもありますが、「娯楽が教科書になるのか?」と問われたら、知識のひとつとして使えることがあっても、うまく使えない場合は凶器になり得ますよね。

編注:性行為においてAVで得た知識を偏重したりその行為を模倣してしまう「AVの教科書化」の問題が、たびたび議論されている

戸田 私は娯楽やエンタメって「役割ではないところで仕事をするのが役割」だと思っていて。その点でAVは「過激なセックス」や「ファンタジー化されたセックス」でしか満足できない人のためにあるんだと思います。必要とされるからある、というだけ。

これはまったく敵意などではない事実として聞いてもらいたいのですが、AV女優は「生産しない一方的な消費者」がいてこその職業だという側面もあります。生産しない人は、その分だけ消費が早いからです。次々に「欲しい」と求められるものに、安く、早く、より綺麗な女の子で、より過激で満足できるものをひたすら追求していったら……そのコンテンツは衰退につながるんじゃないかと思います。

一辺倒な消費やユーザーさんの要求に答えるだけではなく、AV業界に関わるひとりひとりがアイデアを惜しまず、それぞれの個性を表しながら新しいものを生み出せるよう、心にゆとりをもって制作していけたらいいな、とは感じています。

紗倉 まこちゃんがコラムやTwitterでも「消費される」という言葉をよく使っているけど、いまの話が重なったなぁ。



紗倉 普通の女の子が、世間からの好意と悪意に晒され、消費されて、絞りかすみたいになったとき、その子がどういったセカンドキャリアを築くのか。今、AV女優のみんなが常々考えるのもそこだと思う。だからこそ、考えている人は現実的だし、冷めてるといえるかもしれないんですけど……ある意味、大人だなって。

まこちゃんの話に頷けることが多くあるし、ユーザーの求めるものが増えて満足してもらえないから、それをやらざるを得ないという部分も少なからずあるのかも。

──「ユーザーの求めるもの」は、AV女優さんたちも肌で感じるんでしょうか。

紗倉 もちろん感じます。ユーザーは飽きが早いですし、AVでしていることはセックスでしかない。結局はそれにどうやって肉付けしていくか、という作業なので。

たとえば、ギャップを生むという意味では、他のメディアですごく強気な発言をして、AVの中では罵られる役を演じることで背徳感を掻き立てるというのも、ひとつのプロデュース方法ですね。ただ、それは人の歪んだ感情につけ込んだものでもあるので……私個人の思いとしては複雑です(笑)

戸田 歪んだ感情や薄暗い感情をターゲットにしている作品はありますね。「レイプもの」や「寝取られ」といった、背徳感を味わうようなものとか。

紗倉 うん。最近は特にそういったものが多い気がする。



紗倉 そういえばFANZAさんが最近発表した調査データ外部サイト)にびっくりしたんですけど、女性のアダルト検索ランキングに「痴漢」が上位で入っていましたよね。されたいわけではないけれど、やっぱり「タブー」とされているものには好奇心が沸くのかな。

戸田 それはあるのかも。痴漢という行為は絶対に良くないけど、別の論理が働いてタブー化されて、その言葉が隠されることで良くない効果が出ることもあると思っていて。

AVのタイトルで、「女子◯生」みたいに◯で隠すじゃないですか。私、それって逆にいやらしく見えて逆効果な気がするんです。

紗倉 うん。私は「おせっせ」(性行為を指す隠語)に対してもそう思う(笑)

戸田 隠された言葉の奥に対しての欲望を必要以上に煽るし、自分の中にある人に見せてはいけない感情をさらに膨らませてしまうというか……。それに伏せられてる言葉そのものは普通の言葉じゃないですか。隠すことで良くないイメージを付け加えられて、言葉そのものが持つ意味性が変わってしまう。

紗倉 本来タブーではなかったものを、「タブー化」しているんだね。



戸田 そうそう。隠すことで、その価値観を持っている人と、そうでない人との溝が深まってしまうことが一番怖いというか。人には言えない欲望だけが膨らんでいったり。全部を規制してしまうと、取りこぼされる人や価値観が出てきてしまう。

本当は、何がタブーで、何が見せていいものかの判別って、なだらかにグラデーションになっているべきで、その中から自分に合ったレベルを選べた方がいいんじゃないかって。

紗倉 日本の文化は、もともと性に関しておおらかだったと思うんです。春画もすごくオープンな文化だったけれど、文明開化で西洋から「野蛮な国家」として見られないように禁止されてしまいました。だけど、日本にはイチモツの形をしたものが神社に奉られていたりするわけじゃないですか(笑)

戸田 日本は「むっつりスケベ状態」になっているのかも。性欲や性への興味が減ったわけではないのに、タブー化されて言えないようになったことで、それらは人間の内部でうずまくだけのものになってしまった(笑)


戸田 規制が強まる一方で、たとえばSNSは、誰かの審査の目を通さずに発信できるツールですよね。今はその内部のうずまきを見せようと思えば、誰でも発信できて、それを「良い」と言える人とつながることもできる。そういった「多様性を受け入れる流れ」は、タブー化で隠し通すこととは真逆の方向で働いていったらいいなと思います。

紗倉 選べる時代であるべきだよね。その方が生きやすい社会だと思う。そういう意味で、FANZAさんはあらゆるものを取り揃えて、気持ちに応えやすくしているんでしょうね。



AVは「見た目を現実に寄せたエロマンガ」である


──先ほど「AVの教科書化」という言葉もありました。日本はマスターベーションの初体験年齢が早い一方で、性教育の受講経験が世界と比べて最低水準であるという調査結果もあります。「早熟だが独学」という性事情の中で、AVが身近な「手本」と見られる向きも否定できません。作品の当事者であるお二人は、自身が表現するAVというコンテンツを、ユーザーにどのように受け止めてほしいですか。

戸田 AVは、見た目をすごく現実に寄せたエロマンガみたいなものだと思っていて。

面倒なつながりやコミュニケーションなしに、再生すれば普段見られない場所をのぞけて、それを一方的に許してくれるコンテンツですよね。そういった2次元的なエロや、自分を無条件で受け入れてくれるコンテンツを愛している人、それを必要とする人も一定数います。


紗倉 それ、本当にそう! エロマンガとAVって交互に追いかけ合っているというか。

エロマンガがつくられて、それをAVが真似する。そこからまた新しいエロマンガがつくられる……っていうサイクルがあるからこそ、私たちが出演するAVは、たぶん「二次元化」が理想とされているところがあるんじゃないでしょうか。究極のエロって二次元なんだなって、いつも思います。

AVを見て「これが本当のエロのはずがない!」って、当事者の自分で言ってしまうのもなんですが。やっぱり娯楽であって、模範や教科書にするものではない。ファンタジーです。

戸田 うんうん、そうだね。



紗倉 受け手が色んな空想を抱いてくれるのは、つくっている側としては嬉しいことです。ただ、未成年の方だけでなく、AVを教科書として捉えてしまう、つまり物事の分別ができない状態でAVを取り扱うのは、ものすごく怖いことだとも感じます。そういった意識改善は、保健体育の学習内容とも関連してくると思います。

戸田 私はデビューするまでセックスをしたことがなかったんですけど、実体験がないと教育だけでは本当にわかりません。教科書に載っていることって、リアルさを排除したレクチャーでしかなくて。たとえば「避妊をしましょう」とあっても、コンドームはどこで、どのように買えて、どうやって付けるのかがわからない。男性で、女性の生理をしっかり知っている人も本当に少ないように思います。ふわっと認知している人が驚くほど多い。



戸田 「見たくない」というのもあると思うんですけど、それを「見たくない」と思わせてしまうのもどうなのかなって。日本の性教育オブラートに包みすぎている部分があって、リアルを想像させないように、あえて書かれているんじゃないでしょうか。

紗倉 無知は怖いなと感じるのが、震災のときに生理用品は生活必需品なのに「贅沢品」として扱われてしまったという話です。その他でも、セックスリテラシーがこんなにも低いものなんだとびっくりすることもあります。マスターベーションが早熟だけれど、セックスリテラシーが追いついていないというのは、結局は学びきれてないだけだと思うんです。

──紗倉さんはYouTuberとしての活動で、セックスの知識や見解を話されていますね。

紗倉 お恥ずかしい……YouTubeではめっちゃうるさいから、私……(笑)



紗倉 きっかけは、セックスリテラシーがあまりにも浸透してないという実感からです。そこで、私が体感した保健体育的な経験を、若い人たちにも見てもらいたくて始めました。

紗倉さんのYouTube


紗倉 動画は編集で情報量を詰め込めるので、文章を読むのが苦手だったり、コンテンツの消費に長く時間を割かない人にも合っていると思っていて。性的なコンテンツは削除されやすいので、ルールに抵触しないように工夫しながらつくっています。

でも、まこちゃんが言ってたように、もうちょっと教科書も事細かく書いてほしいよね。避妊方法の種類と、それぞれのメリットデメリットも載せるとか。早いうちから学べた方がいいし、それが自分だけでなくて、相手の身を守ることにもつながるから。



戸田 私もそうでしたが、セックスが日常生活に存在しない人もたくさんいます。ファンタジーで、非現実的で、どこか神聖化して自分の日常とかけ離れたものとして認識してしまうのも、オブラートに包みすぎた教育が要因のひとつなんだと考えますね。自分の身にも起こりえて、確実に対処しなきゃいけないこととして、認識ができていないというか。

──「不純な異性交遊」とみなされてしまう。

戸田 そうそう!

話がずれるかもしれないんですけれど、アイドルや芸能人の不倫を取り扱うときもそうで、不倫が性行為を想起させ、なおかつ「人前に出るような人はセックスを露わにしてはいけない」という考えが持たれているようにも感じます。今はすごく「性がない状態」を他人にも求める人が多い気もしています。

紗倉 そもそも、そのトピックスをみんなが話題にするということは、性に関して高い興味があるということだし、興味の対象として昔から普遍的に変わらないと思うんです。それがわかっているのに「性がない状態」に見せることには、たしかにものすごく違和感があります。



紗倉 誰しもがすることだし、自分の命も親の性行為があって存在する。生命の神秘なのだから、ちゃんと民度が高まっていれば、そもそも規制する意味がどこにあるのかは、不思議に思いますね。

戸田 自分の潔癖を証明できないのに、他人に潔癖を求めることも多いように思うから、それはどうなんだろうなって感じることもあります。

紗倉 他人のあらを見つける事で自分を満たす人たちに、標的にされやすいのかもしれないね。

紗倉まな&戸田真琴、今後の目標は「村長になる」



──AVや性に明確な意識があり、かつ多岐に渡る活動をされているお二人は、AV女優として、文筆家として、あるいはそれ以外で、この先にどのようなことをやりたいですか。

戸田 私って、びっくりするほど未来のことを考えていなくて……(笑)。特に野望もない人間なんですが、この働き方をしていて幸せだなと思っているんです。それはたくさんの人に承認されるからとか、お金がたくさんもらえるから、とは違って……こういう話していいのかな?

紗倉 大丈夫だよ!(笑)

戸田 では、続けます(笑)。今は、月に1回のAV撮影が私の収入の主な部分で、ものすごく贅沢はできないかもしれないけど、生活は困らず、欲しいものも多少は買えて、明日のことに困ることもない状況なんです。お金のことを考えずにお仕事を受けられたり、たまにのんびりしたり、自分で自分を忙しくしてみちゃったり。そういうことを繰り返して、すごく自由だなと思っていて。

たまに、みんなが毎日働いている中で「私は自撮りをしていていいのだろうか?」とか思うこともあるんですけど……いまの生活スタイルを楽しんでいて、そういう時期にしか見えないものがあるはずだし、それを抜けたあとに思うことがあるかもしれない。今の生き方からできることを見つけながら、次につなげていきたいと思っています。


戸田 ただ、AV女優をしている間にしか見れないものは、なるべく見たい。マイナス面も含めて、世界にはこういう職業に就く人たちがいることを記憶していきたいです。そこから、いつかAV女優を辞めるとしても、その先に持っていけるものがあったらいいですね。

紗倉 ひとつ安定した固定給があるけど、ルーティンワークじゃないからこそ、自分のスタイルに合っているというのはすっごく共感できる。やっぱり縛られている感じがないから、その分だけ、余裕がある部分が大きいのかも。

私も明確な「こうしたい!」があるわけではないんですけど、ただタイミングを見失いたくないな、と。やりたいことも節目によって次々に出てきたり、変化していったりするだろうと思っていますし、タイミングよくできるように、地盤を固めることしかできないなって。



戸田 かっこいいなぁ。

紗倉 そうかな?(笑)

AV女優は、自分で忙しくもできるし、余裕をもつこともできる。自由度の高い仕事ではありますよね。あとは、私が暮らす「AV村」は狭い世界なので、悪いことだけはしないようにしたいなと思います。

戸田 あとは、誰でもいいわけではない中で、私のことを好きでいてくれる人たち、私のところに来てくれている人たちを大事にしたいと思っています。それこそ、まこりんを見に来てくれた「まこりん村」の人たちの平和を守るのに、必死になっています(笑)

それをちょっとずつ拡張しながら、「世の中いろんなことがあるけど、ここへ来たら平和だよ」っていう場所をつくっていけたらいいなぁ。



紗倉 まこりん村、めっちゃ住みやすそう!

戸田 ケンカはないですね(笑)

紗倉 ものすごく豊かで穏やか! 私もそれを目標にしよう!

──「まなてぃー村」と「まこりん村」をつくるのが、今後のお二人の目標ですね。それって、もしかして政治の世界にも進出……なんてことになるのでしょうか。その時は、またぜひ揃ってお話を聞かせてください。今日はありがとうございました
紗倉まな×戸田真琴に問う、変わりゆくAV女優の在りかた──ファンタジーを提供する「AV女優の本音」