今回は、10年ほど前に「日経ビジネスオンライン」に経済コラムを連載し始めて以来、初めて「東京大学大学院情報学環」の教員である伊東個人として、合理的な背景を明示した意見を記したいと思います。

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 このコラムでは一貫して一私人として様々な問題を考えて来ましたが、今回は大学に所属する人間として、一定の背景を持って、問題点を指摘すべきだと思ったものです。

 12月4日東京都内に新設される予定の、山手線に30番目の新駅名称案が発表されました。

 即座に再検討すべきと思います。発表された案はあまりにも問題が多すぎ、考慮の対象にならないと考えます。

 「高輪ゲートウェイ

 すでにネットでも様々な反対意見を目にしました。賛成というものは、私が見た限りまだ1つも確認できていません。

 以下に私が記す主要な理由は、不合理である以上に、「無用のコストや手間の発生が見込まれるから」というもので、本稿はその根拠を一つひとつ明示していきたいと思います。

 ちなみに、かつて国鉄から分割民営化直後のJRに「E電」という、不可思議な呼称があったのを、ご存知でしょうか。さっさと消えました。「高輪ゲートウェイ」も同様に思います。

 一度発表してしまったら後に引けないなどと無駄な意地を張らず、普段私は大学の肩書を一切併用しませんが、今回は、一定の背景を持つ東京大学スタッフの一私人として客観的に記しますので、虚心坦懐に検討してもらいたいと思います。

 時宜を逸さず差し替えるのが、JRのためでもあるし、何より私自身を含む利用客のためでしょう。

公共交通機関に恣意的な名称?

 すでに報じられている通り、山手線新駅については「公募で名称を決定」するとして6万4000通以上の応募があり、1万3000種以上の新駅案が寄せられたといいます。

報道されるトップテンは

1位:高輪(8398件)
2位:芝浦(4265件)
3位:芝浜(3497件)

同数4位:新品川と泉岳寺(各2422件)
6位:新高輪(1275件)7位:港南(1224件)

8位:高輪泉岳寺(1009件)
9位:JR泉岳寺(749件)
10位:品田(635件)

 いずれも命名の理由が第三者にも明確です。「品田」というのは「品川」と「田町」の間ということでしょう。

 私の最寄り駅「国立(くにたち)」は「国分寺」と「立川」の間に作られたので「国立」と名づけられたもので、1926年の開業から92年を経ていますが、地元にしっかり愛されています。

 戦後の1951年からは自治体の名前(国立町→国立市)にもなり、私自身の母校も「国立」の2文字が入っています。必然性のあるネーミングであれば、地元にも愛され、長く定着することでしょう。

 そこで、「たかなわげーとうぇい」に、こうした定着が期待できるか?

 まずもって無理と思う第1の理由に「ゲートウェイ」という日本語が一般には定着していないことを挙げるべきでしょう。

 大学院情報学環というものを設立して着任した大学人として申しますが、私たちITに関わる人間にとって「ゲートウェイ」とはコンピュータ―のネットワークを、プロトコルの異なるネットワークと接続するノードを意味します。

 日本語のカタカナ英語として定着している例を調べてみると、グーグルなどの検索エンジンで見る限り、上記の意味以外をほぼ見出すことができません。

 例外としては、ホテルの名称など固有名詞がある程度。日本語のカタカナとして「ゲートウェイ」という一般呼称が定着しているとは、まず言えないと判断して構わないでしょう。

 一方、横文字で「gateway」を引くと

1 可算名詞 (塀・生け垣の木戸のついた)出入り口.
2 [the gateway] 〔…へ通じる〕入り口,道 〔to〕.
3 The gateway to success(成功への道).

(weblio英和辞典) 

 などと出てきます。これらから安全に結論できることは「高輪」という地名と「ゲートウェイ」というカタカナを組み合わせる確率が極めて低いという判断です。ネットの情報資源から推定演算などすることも可能です。

 ネット上には

 「1位:高輪(8398件)がダメで、130位:高輪ゲートウェイ(36票)が通るのなら、何のために公募しているのか解らない」

 という意見がありました。私が不勉強なだけかもしれませんが、「高輪」と「ゲートウェイ」という、全く隔絶した2概念を合体させた名称が、たかだか6万の母集団の中で36通もあったというのは驚きです。

 全く作為がないとすれば天文学的に珍しい偶然ということになりそうです。というより、一般には不可能な現象と言った方が早いと思います。

 「高輪」と「ゲートウェイ」が出会う確率は「中央」と「フリーウェイ」が出会うよりも低く、荒井由美の作詞能力よりも稀な現象と言うべきで、こんな少数母集団で偶然に36通もあるわけがないと思うのは、私だけでしょうか?

 「中央」は「高速」ですから、まだフリーウェイと出会う可能性があるでしょう。高輪にはそんなものはないと思うのですが。

 しばらく前に「ゆるきゃら投票」で組織票が問題になりましたが、「高輪」と「ゲートウェイ」の出会う確率は一般にはゼロに近く、複数で合議し、同じ名称を投票した可能性が第1に考えられます。

 「大学入学試験で、隣接する座席の答案がそっくりである」と比較可能な程度に、稀な現象であるのは間違いありません。

 JR東日本は、選出された案で「応募頂いた方全員に賞品(クリスタル・ペーパーウエイト)を差し上げます。さらに、応募頂いたすべての方からも抽選で100名の方に差し上げます」http://www.jreast.co.jp/press/2018/20181201.pdfと発表しています。

 もしこれが本当だとすれば、最初から商品は150程度しか準備していなかったことになり、この募集の公正性が著しく疑われる可能性があるかもしれません。

 私企業のキャンペーンなのだから、でき試合でもいいじゃないか というご意見もあろうかと思います。

 しかし、元来は国鉄という公の資産であった鉄道メディアであること、珍奇な言葉の組み合わせですので、仮に意匠登録など法的な問題が後々発生すると、非常にやっかいであること、さらには、以下に触れるような客観的、合理的な背景から、この名称は直ちに廃絶するのが正解と思います。

 先ほども触れたように 昔、「中央フリーウエイ」という歌がありました。中央高速があるから「中央」「フリーウェイ」はまだ結びつきます。

 荒井由美の詩想よりも稀な言語の跳躍「高輪」+「ゲートウェイ」ができる人が6万人に36人もいるのなら、日本全国に7万2000人以上、松任谷由美に勝るソングライターがいて不思議でないことになるでしょう。

 それくらい、この特殊なネーミングが 「36通」もあったというのは、ランダムな公平性から偏った現象であると思われます。

 こんな、1970年代の「ニューミュージック」みたいな特定の趣味も垣間見えるネーミングに、そのあたりにかぶる年代層、少数の恣意があるのでは、といったことも勘ぐったりできますが、主観的な勘ぐり以上に、客観的な問題がこのミスネーミングにはほかにも山のように指摘できます。

 そのうちの2点だけ、以下に記してみましょう。

「情報量」から判断する不適切

 東京大学大学院情報学環の伊東として、第2に指摘したいと思う、この名称の不適切さは「情報量」にあります。

 現在、山手線では29の駅が営業してしていますが、そのうち3駅が「4文字の名前」を持ちます。具体的に示せば、

西日暮里
大久保
高田馬場

 の3つになります。

 また8つの駅が「3文字の名前」を持っています。これもすべて記すなら

日暮里
御徒町
秋葉原
有楽町
浜松
五反田
恵比寿
代々木

 で、それ以外の18はすべて漢字2文字の駅名です。これはさすがに全部は記しませんが

東京
新橋
品川
渋谷
新宿
池袋
上野・・・

 と、我が国を代表する電車の駅の名が並びます。これ以外にはありません。つまり、山手線すべての駅が「漢字4文字以内」で記されています。 

 これを、山手線に加えて、三鷹から千葉まで東西に伸びる「総武線」に拡大しても

阿佐ヶ谷
千駄ヶ谷
御茶ノ水
下総中山
幕張本郷
新検見川 

 と「駅の名前」は4文字以下に限られています。

 さて、日本の工業規格であるJISでは漢字1文字を16ビット=2バイト、英数半角カタカナ、記号などを7あるいは8ビット≦1バイトで表記する体系を採用しています。このため漢字を「2バイト文字」などと呼んだりするわけです。

 現在の山手線の駅名はすべて漢字4文字以内ですから、それを表記するのには

 2×4=8バイト(=64ビット)

 の情報空間があればすべてを尽くすことができます。翻って「高輪ゲートウェイ」という8文字は、仮にカタカナを半角で表現しても

 2×2(「高」「輪」+1×6(「ゲ」「―」「ト」「ウ」「エ」「イ」)=10バイト(=80ビット)の情報量を必要としていることが分かります

 もっと単純に考えるなら、従来は4文字が最高だったところに、いきなりカタカナを含む8文字の駅名が登場したわけで、フォーマットの破壊も著しいと言わねばなりません。

 発券などにあたっての、コンピュータ―のシステムに、そんなに多大な影響があるとは考えていません。

 もっと現実的に、表示枠の文字数が決まっている箇所が、既存のJR情報資源には少なくないと思われます。

 端的に言えば、3~4文字分しか枠のない枠に「高輪ゲートウェイ」を無理やり押し込めばどうなるか?

「高輪ゲ」
「高輪ゲー」
「高輪ゲト」
「高輪ゲウ」
・・・

 ろくなことになりません。

 「半角で押し込めばいいだろう」という人もあるでしょうが、少子高齢化でこれから老眼人口が増える一方の我が国で、いまさら新駅に蟻の行列ですか・・・?

 率直に申して、ため息しか出て来ません。

 駅名は、中央線まで拡大すれば「武蔵小金井」さらに「武蔵溝の口」など10バイト以上のものもありますから、システム上困ることは少ないだろうことを祈りますが、ユーザフレンドリーな形では全くないのは一目瞭然でしょう。

 これはさらに、ビジュアルという観点で考えると、ほぼ致命的なことになってしまうのがすぐに分かります

即座に考え直した方がよい「高輪ゲートウェイ」

 最後に、現在の東京大学で私一人と思いますが、芸術実技の教員として、半分は畑違いですが、ビジュアルに及ぼすかなりの影響を指摘したいと思います。

 駅を1つ増やすと、あらゆる路線図を更新することになります。シールなど貼って対応しているケースも目にしますが、今回のケースではどうでしょうか?

 JR東日本の「東京近郊IR路線図http://jasf.org/rosenzu/ をリンクしますので、確認してみてください。

 このように水戸、那須塩原、高崎、木更津から小田原、熱海あたりまでを一望のもとにおくと、駅の名前というのは、日本人の大半の苗字と同様、漢字2文字か3文字が圧倒的に多いのが分かると思います。

 5文字以上は、「本庄早稲田」とか「葛西臨海公園」とか、短縮するにできないなりの理由が明確に分かるものが、後に述べる例外を除いて大半のように思われます。

 そんな中で、山手線の「品川」と「田町」の間を見ていただきたいのです。

 この込み合ったエリアに、どうやって8文字の駅名とそのアルファベットを、この場合は半角などという老眼敵対的なことは絶対にやってほしくないわけですが、入れ込むというのか?

 もとより4本の路線が並走しているエリアです。

 さらに向かって右、すなわち東側には、東海道新幹線が走り、すぐ横に「高速鉄道りんかい線」それらと直交して浜松町から羽田に伸びる「東京モノレール」が入り組んで、この一帯は山手線沿線の中でも、最も「文字が込み合ったエリア」であることが分かります

 さて、路線図上、少し右上に視線を向けると、画面上、宇都宮線東北本線尾久駅の真上に、やたらと広い面積を食っている駅名が1つ目につきます。吉川と南越谷の間に位置する

 「越谷レイクタウン」駅

 です。いま、ここでは「越谷レイクタウン」という駅名が良いとか悪いとか言うつもりはありません。

 検索してみたところ、武蔵野線の新設駅として多くの利用があり、栄えているとのことで、結構だと思います。問題は、そのレイアウトにあります。

 「越谷レイクタウン」と「高輪ゲートウェイ」文字数が同じであるのが分かると思います。

 いま、縦書きで表示されている、この「越谷レイクタウン」と同じだけの文字表示面積を、縦書きでも横書きでもいい、田町と品川の間にレイアウトしようとすると何が起きるか?

 すでに「シールを貼って一部修正」で済む限界を超えているのは明らかに分かるでしょう。

 山手線の内側に書こうとすると、品川や大崎、五反田すら通り過ぎて目黒あたりから書き始めないと文字が入りません。無理です。

 それでは、と山手線の外に書こうとすると、先ほどの「高速鉄道りんかい線」「東京モノレール」などが犇めき、こちらもこちらで「天王洲アイル」「大井競馬所前」「流通センター」と、長い駅名がずらずらと続いている。

 つまり、このままじゃレイアウトできない、ということですね。

 抜本的、それも相当本腰を入れてのレイアウトの変更をしないと、こんな8文字名前の駅など、山手線の中に書き込むことはできない。

 皆さんも、頭の中で実際にレイアウトを思い描いて、脳内シミュレーションしてみてください。

 例えば、常磐線我孫子駅の先、土浦の手前に「ひたち野うしく」駅があります。万博中央駅から転じた駅で今回のものよりは少ない「7文字」ですが、周囲のスペースを含めてやたらと存在感があります。

 これと同じというか一文字多いわけですが、これだけのスペースを日本語とアルファベットで品川や流通センターがひしめくこのエリアに読みやすくレイアウトするなら、相当手がかかるのは、一目瞭然でしょう。

 「そんなの、新たにデザインすりゃいいだけのことじゃないか・・・」

 言うんですよ、そういうことを、なーんも考えないでアイデア出してるつもりの広告代理店とか、プロデューサーとか、現場を知らない人間が。

 私も『題名のない音楽会』というテレビ番組の監督時代、この種の現場知らずのために、どれくらい無駄な時間と労力をかけさせられたか、知れたものではありません。

 変えればいいと言っても、変えられないものもあります。例えば車内路線図の面積などは変えようがないでしょう。

 比較的行儀よく、細密充填に近い形でいまレイアウトされている品川、田町近在に、余計な8文字を入れるとすると、下手をすると山手線の半径から拡大するようなデザイン変更となるかもしれません。

 そうなると、文字通り「しわよせ」を食うのは周辺部でしょう。

 今だって、甲府から先の中央本線とか、水戸より先の水郡線とか、かなり文字が詰まっていますが、さらに工夫して詰めるしかないのかもしれない。

 また、明らかに影響を受けるのは、東京モノレールなど至近部分で、下手なレイアウト変更は、およそ不自然なものになりかねない。

 よしや、それらの課題を全部クリアしたとしても、以下は断言して構わないと思いますが、要するに、見難くなります。

 そんなのは、こんなに紙幅を使わなくても当たり前のことで、従来は大半が漢字2~3文字、カタカナなど皆無の路線に、いきなり不自然なものを押し込むのですから、場所を食って周囲が歪むことは間違いありません。

 そうやって、スペースを食うことで、下手なテレビ芸人のアピール法みたいに、目立たせようという考えがあるのかもしれません。

 しかし、作為を弄してメディア上だけにプレゼンスを作るとすれば、典型的な「ポスト・トゥルース」の手法と言うべきで、あらゆる意味で感心できません。

 要するに「ウソ」の一種と言って外れないでしょう。

 そして、それらすべてが「コスト」を発生させます。必要のない出費があらゆる方面に求められ、最終的にそれらは旅客の運賃に跳ね返ってくるしかない。

 とんでもないネーミングだとしか、言いようがありません。さっさとこんな案はやめてほしいと思います。

 ちなみに身の回りで学生などにも意見を訊いてみたところ「タカゲーとか言わないんじゃないですか?」「クソゲーみたい(笑)」「呼ぶとしたら普通に高輪ですよね」といった意見ばかりを耳にしました。

 そりゃそうでしょう。ティーンも呆れていましたから、我々の世代ばかりが疑問を呈しているわけではないと言っていいかと思います。

 最後に個人の意見を付すならば、島国で国際化しているつもりかもしれませんが、諸外国の重要な駅名で、この種の外来語借用例を私は思いつくことができません。滑稽な仕儀と映ります。

 漢字2~3文字、せいぜい4文字の、ごくごく当たり前、平凡で定着する真っ当な名前に、早急に改めるべきだと思います。

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