2018年11月28日、韓国でIMF経済危機を描いた映画「国家不渡りの日」が公開になった。最初に週末で大ヒット作である「ボヘミアン・ラプソディ」を抜いて観客数1位に躍り出た。

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 映画の舞台は今から21年前、1997年の韓国だ。

 この前年の1996年、韓国は先進国クラブともいえるOECD(経済協力開発機構)に加入した。経済は絶好調だった。

年初から「異変」が見えた1997年

 ところが、年が明けた1997年初めから「異変」があちこちで起き始める。1月に中堅鉄鋼メーカー、韓宝グループが事実上倒産した。

 これを皮切りに、無理な拡大経営を続けてきた中堅財閥が相次いで経営危機の陥る。金融、流通、機械、建設・・・。国民企業だった起亜自動車まで経営危機に陥る。

 東南アジアから始まった通貨危機の直撃も受けて、連鎖倒産は止まらない。この頃の話だ。

 映画は3つのストーリーが同時並行の形で進む。

 1つは、中央銀行である韓国銀行の女性通貨政策チーム長と、韓国銀行、財政経済院、青瓦台大統領府)の幹部との間で繰り広げられる激しいやり取りだ。

 迫り来る危機をどうとらえるのか。何をすべきなのか。折りしも、1997年12月には大統領選挙を控え、政権は末期で求心力は大きく低下していた。

 危機の可能性を国民に知らせるべきだとする声が、かき消される。密室での堂々巡りのやり取りを続ける間に傷口はどんどん大きくなる。

 この間、一部の財閥トップにだけはこっそりと事実が知らされる・・・。

 結局、韓国は、「国家倒産の危機」に直面し、IMF(国際通貨基金)に緊急支援を要請する。ところがこれで一件落着ではない。

IMFからの厳しい要求

 IMFから突きつけられる熾烈な「国家構造改革要求」。

 金利の大幅引き上げ、金融機関の大規模整理、外資規制の大幅緩和、労働者の解雇要件の緩和、不振企業の退出・・・すさまじい内容だった。

 その影にちらつく米国政府の影。同時に進む大統領選挙・・・。

 綱渡りの交渉の結果、1997年12月3日、IMFは韓国を緊急支援することになる。外貨が底を尽きかけていた韓国に550億ドルの資金援助が入った。

 一方で、IMFの厳しい管理下に置かれ、韓国では今もこの日を「国辱の日」と呼ぶ。

 2つ目のストーリーは、雑貨品を製造販売する町工場だ。

 数人の従業員を使って手堅く工場を運営していた経営者にある日、思いも寄らぬ大きな商談が飛び込む。韓国の名門デパートへの製品納入だった。

 飛び上がらんばかりに喜んだ経営者に1つの条件がつく。

 「支払いは手形です」

 現金決済一筋できた経営者は最初は難色を示す。しかし、信頼する部下に「こんなチャンスを逃す手はない」と説得され、これに応じる。

 その直後だった。この名門デパートが倒産したのは。

 映画ではこのデパートも実名で出てくる。ミドパだ。今は、ロッテヤングプラザ館になっている。

 町工場の経営者は、個人所有の住宅まで失い、文字通り、裸一貫となってしまう。

 3つ目のストーリーは、ノンバンクに勤務していた課長。1996年までの好景気の乗って急成長していたノンバンクだが、異変が始まっていた。

 韓国からの資金引き上げの動きが外国系金融機関で始まっていた。

ドル買いでぼろ儲けした元金融マン

 「これから大変なことが起きる。もうこの会社にいても意味がない」と真っ先に退社し投資会社を始める。

 「未曾有の危機が来る!」

 大転換期を見越した投資を薦めるがこんな予想に乗ってくれたのは2人だけだった。

 韓国政府は「危機など起きない」と繰り返していたからだ。2人が用意した資金をまずつぎ込んだのが「ドル買い」だった。

 「ウォンは必ず暴落する」という予想を立て、街金で買えるだけのドルを買い込んだ。

 これが大当たり。次に目をつけたのが、ソウルの不動産だった。

 「必ず暴落する」と見て、底値で不動産を買いまくり、その後、大金持ちになり「投資の鬼才」と呼ばれる。

 この3つのストーリーが、1997年の韓国の大混乱期にめまぐるしく展開する。「国家不渡りの日」はそういう映画だ。

 IMF危機は、韓国では「朝鮮戦争以来最大の国難」(1997年12月の大統領選挙で当選して収拾に追われた金大中=キムデジュン=元大統領)と言われた。

 半分以上の大手財閥、金融機関が連鎖倒産した。サラリーマン、商店主、自営業者・・・多くの韓国人の人生が変わってしまった。

 筆者の周りにも、もちろん、IMFで人生が変わった人たちがたくさんいる。大企業の「人員整理」はすさまじかった。肩たたきどころの騒ぎではなかった。

 1998年に韓国を訪問した時、40代初めの知人がほとんど「失業者」だったことがある。

いまなお爪痕深いIMF危機

 今なお、あちこちにその痕跡が残っている。されど21年だ。「IMF」は徐々に歴史の中の出来事にもなりつつある。

 韓国経済も企業も、その後短期間でめざましい回復を見せた。IMFからの支援金は返済し、「構造改革」を通して競争力をさらに高めた大企業は急成長を続けた。

 その一方で、「IMF」を機に、韓国は超競争社会、超格差社会に変質してしまった。

 あの時、採算が悪化した企業は売却し、業績が悪化すると大規模合理化をすることでしのいだ企業は、その後も、「人に優しい」とは言いがたい「合理的」と称する経営を続けた。

 文在寅ムン・ジェイン1953年生)政権が、「包容」を掲げ、最低賃金の引き上げ、労働時間短縮、非正規職の正規職転換などを優先課題として掲げるのは、「格差社会」を何とか是正しようという信念があるからだ。

 こういういう「信念」の原点がIMF危機とその克服過程にあったことは間違いないだろう。

なぜ、いま、IMF危機の映画を見るのか?

 では、今の時期にどうしてこんな映画がヒットするのか?

 一時は見たくも思い出したくもなかったその時代についての映画を見ると言うことは、それだけ、時間が経過し、危機を克服したということではある。

 だが、その一方で、「漠然とした不安感、が多くの観客を引き付けているのではないか」(韓国紙デスク)という指摘も多い。

 韓国経済は、最近、明るい話題が少ない。経済成長率は鈍化し、青年失業率は最悪の水準だ。さまざまな統計発表があると、メディアは「IMF危機の時を超える水準」「IMFの時に匹敵する水準」などと書く。

 ではその時何が起きたのか?

 もう一度きちんと知りたいと言う意識が映画館に足を運ばせる理由ではないかということだ。

 映画は、IMFとの交渉から20年経過した姿を描写して終わる。韓国経済は復調し、それぞれが新しい人生を歩んではいる。

 それでも、IMFを引きずりながら生きている。

危機は反復する? 漠然とした不安広がる

 最後に、危機は反復するというメッセージで終わっている。

 この映画が封切りになった前後に、韓国の家計債務が1500兆ウォン(1円=10ウォン)を超えたという統計が発表になった。

 ソウルの優良不動産の価格は、ここ1年で2倍に跳ね上がった。

 「やっぱり、こんなこといつまでも続かないよね・・・」

 映画を見た筆者の50代の知人は、「IMF危機なんてもう起きないよなぁ? いくら何でも」と嘆きながら話した。

 2019年の経済見通しに明るい材料が乏しい中で、韓国では「国家不渡りの日」という何とも物騒なタイトルの映画がヒット中だ。

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