「冒険者、求む。」──JR京浜東北線の電車の中吊り広告で、東芝メモリの社員募集の広告を見た(図1)。

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 東芝メモリは今年(2018年)5月、米ベインキャピタル率いる日米韓連合への売却が完了した。東芝内のメモリ事業部だったときは、メモリで稼いだ利益を、原子力事業やPC事業などの赤字部門に吸い取られていた。

 しかし、東芝から独立したことにより、今後は、メモリで稼いだ利益を全て、自身の設備投資に使うことができる。つまり、東芝メモリは、やっと、ライバルであるサムスン電子と対等に戦える土俵に立つことができたと言えよう。

 人類が生み出すデジタルデータは、指数関数的に増大し、東京五輪が開催される2020年には44ZB(ゼタバイト、10の21乗)になると言われている。このビッグデータをストレージし、ビジネスに活用する時代が到来している。

 そのビッグデータのストレージに使われるNANDフラッシュメモリ市場は、現在ちょっとした停滞期にあるが、長期的な視点で見れば飛躍的に成長することが期待できる。したがって、東芝メモリの将来は、非常に明るい。

 しかし、東芝メモリが持続的に成長するためには、解決しなくてはならない課題がある。3次元化したNANDを高密度化する技術開発は、とてつもなく難しい。だがその前に、冒頭の中吊り広告にある通り、新卒の優秀な学生を継続して採用する必要がある。そのためには、大学生の目に、東芝メモリが魅力的な会社であることを示さなくてはならない。

 本稿では、まず、新卒の優秀な学生を採用することが困難な時代になったことを述べる。次に、東芝メモリが新卒の学生を採用するためには、何としても、通勤と住宅問題を解決する必要があることを論じる。

日本の人口減少の実態

 15~64歳人口を、生産年齢人口と呼ぶ。その生産年齢人口は、1997年の8726万人をピークとして、ほぼ単調に減少している。平均すると、生産年齢人口は、毎年約60万人減少している。

 したがって、東芝メモリに限らず、日本の企業は今後、持続的に成長するためには、働き手をどうやって確保するかということが喫緊の課題であると言える。

 特に、新卒の学生を採用するのが、困難になってきている。それは図2で、0~14歳の人口がジリ貧であることからも推測できる。つまり、出生数が減っているため、子供の数も減り続ける。したがって、大学生の人数も減り続けているわけだ。

 その少ない新卒のパイを巡って、企業は争奪戦を繰り広げることになる。完全に、就活を行う学生が有利な立場に立っている。学生は、選り取り見取りというわけだ。

学生が来てくれない!

 東芝メモリは、営業利益率約40%の高収益を上げ、前述した通り、今後メモリ市場は飛躍的に成長することが期待される。したがって、将来有望な企業であると言える。

 ところが、就活の学生が来てくれないらしい。特に、偏差値の高い理工系の学生が見向きもしないという。この第1の原因は、前述した通り、学生の数が減っていることにある。しかし、それだけではない。

 まず、十数年前から、電気・電子関係学部の人気がなくなり、その結果、電機産業へ優秀な学生が来なくなったという傾向がある。その原因は明らかで、日本の半導体産業は壊滅的となり、続いてテレビ産業も大崩壊したからだ。そのような斜陽化した産業に、優秀な学生は来ない。

 次に、東芝は、3年前の2015年に粉飾会計を行った結果、歴代3社長が更迭された。また、昨年2017年に、東芝の債務超過を回避するために、メモリ事業が“売却”された。

 つまり、“東芝”ブランドが著しく棄損された上に、東芝メモリには、“売り払われた事業”というネガティブなイメージがまとわりついている。

 さらに、東証2部上場企業(2017年7月まで1部)の東芝は連結で約20万人の社員がいるが、東芝メモリは未上場企業で、社員数は約1万人しかいない。

 以上のような状況であるため、就活を行う学生やその親にとって東芝メモリは、将来性のない、危なっかしい、“中小企業”のように見えるのだろう。

 本当は、いくら20万人の社員がいて1部上場企業であっても、メモリ事業を売却して稼ぐことができなくなった東芝本体より、社員1万人の東芝メモリの方が将来有望なのだが、そのことが学生には、なかなか理解されないのである。

 しかし、東芝メモリ側も、「学生が来てくれない」と嘆き、手を拱いていてはいけない。もっと、東芝メモリの将来性をアピールし、学生にその魅力を理解して貰わなければならない。そして、学生を振り向かせるためには、次節で述べる勤務環境の改善が必要不可欠である。

通勤環境を何とかしてくれ

 東芝メモリの生産基地である四日市工場には、約6000人が勤務しており、その内7~8割がクルマ通勤であるという。つまり、4200~4800人程度がクルマ通勤をしていることになる。ところが、そのクルマ通勤の環境が大問題であると聞いた(図3)。

 まず、始業時間の8:30頃に、四日市工場周辺の道路が大渋滞になるという。そもそもクルマ通勤者が多い上に、四日市工場周辺の道路が整備されておらず、細い道路が多いことも大渋滞の原因になっている。

 また、今年、新製造棟のY6とR&D棟が建設された。そして、R&D棟には、これまでY2~Y5に散らばっていた技術者たちが集結した。

 この技術者たちは、毎朝、次のような駐車場の争奪戦を行わなくてはならない。技術者たちは、なるべくR&D棟に近い駐車場にクルマを止めたいと思っているが、R&D棟に最も近い駐車場(F)は、すぐに埋まってしまう。もし、駐車場(F)に確実にクルマを止めたいのなら、朝6:30~7:00までには出勤しなければならないという。

 それ以降に出勤すると、大渋滞が待っている上に、R&D棟から相当離れた駐車場(C)にクルマを止めなくてはならない。そして、駐車場(C)もR&D棟に近い方から埋まっていくから、会社に着くのが遅くなってしまった場合、駐車場(C)の外れにクルマを止めざるを得ない。そこからR&D棟まで、歩いて20分以上もかかるという。

 このような朝の大渋滞と駐車場問題は、東芝メモリの生産性を大きく低下させている。サムスン電子やSKハイニクス(SK hynix)は、通勤の巡回バスを頻繁に走らせ、工場の近くに鉄道を引き込んで駅をつくるなど、通勤対策を行っている。

 東芝メモリの幹部は、通勤の巡回バスをもっとたくさん走らせる、もっと近くに多くの駐車場をつくる(場合によっては立体駐車場にする)、四日市市と協力して鉄道を工場まで引き込む、などもっと真剣に通勤対策を行うべきである。

クルマ購入の補助をするべき

 新卒の学生が東芝メモリを見たとき、上記のような通勤事情は耐えられないと思うに違いない。その上さらに、新卒の学生が東芝メモリを敬遠する事情がある。

 もし、新卒者が、四日市工場や、現在建設中の岩手北上工場勤務になった場合、クルマを買わなくてはならないという問題である。

 昨今、若者のクルマ離れが進んでいる。免許証を持っていない学生もいるかもしれない。また、免許証を持っていたとしても、新卒の学生がすぐにクルマを買えるかといえば、相当経済的に厳しいだろう。

 新卒でなくとも、川崎、新杉田、大船等から四日市工場へ異動になった場合、既婚者ならば、2台のクルマが必要になる。これも、転勤者の家計を圧迫する。

 東芝メモリは、クルマ通勤者に対して、ガソリン代などの補助は出しているようだが、それだけでは不十分だ。新卒や転勤者に対して、クルマ購入の頭金の補助をするとか、低金利のローンを提供するとか、もっと手厚い支援を行うべきである。でないと、四日市工場に行きたいと思う者が、誰もいなくなるだろう。

住宅問題も深刻だ

 東芝メモリの四日市工場勤務者用に独身寮や社宅があるわけではないため、会社がアパートやマンションを借り上げ、そこに社員が住むことになる。その際、独身者の場合、家賃の半分くらいの補助が出るという。

 しかし、30歳を過ぎると、借り上げのアパートから出て行かなくてはならない。その引っ越し先は自分で探さなくてはならず、家賃の補助も1万円以下になるという。その際の問題は、四日市周辺は慢性的に住宅不足であり、運よく部屋が見つかったと不動産屋から連絡があっても、下見をする余裕すらないのだという。

 それゆえ、空き部屋が見つかった瞬間に賃貸契約をしなければ、あっという間に誰か他の人が借りてしまうらしい。

 このような住宅問題は、東芝メモリの技術者の勤務意欲を削ぐだけでなく、新卒の学生をドン引きさせてしまうだろう。これも、東芝メモリが会社として早急に対策しなくてはならない深刻な問題である。

若者が来ない、定着しない企業は滅びる

 新卒の学生の数は、今後も減り続ける。そして、新卒の学生が来ない、または定着しない企業は滅びると思われる。

 東芝メモリの2017年度の決算は、売上高1兆2049億円、営業利益4791憶円、営業利益率39.8%だった。2018年度の業績はもっと良かったはずである。そして、今後も成長が期待できる。

 しかし、東芝メモリが持続的に成長していくためには、若者を採用し、彼らが定着する企業にならなくてはならない。

 そのためには、たっぷり稼いでいる今のうちに、その利益の一部を使って、クルマ通勤の問題や住宅問題を解決する必要がある。これは、東芝メモリのトップマネジメントの問題である。

 現在の状況で、新卒者が四日市工場に就職する場合、借金をしてクルマを買わねばならず、毎日大渋滞に巻き込まれ、駐車場争奪戦を行うことになり、5年もすると住宅問題に悩むことになる。東芝メモリに就職することが、“冒険的”行為になってしまうわけだ。

 東芝メモリは、可及的速やかに、社員がストレスなく通勤し、安心して生活できる環境を整える必要がある。その上で、東芝メモリの魅力を伝えるべく、最大限の努力をする。そうすれば、新卒者が“技術的にワクワクした冒険の旅”に出ることができ、東芝メモリの未来は明るいものになるに違いない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  売却された東芝メモリがサムスン電子に追いつく方法

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