書店やニュースなどで「シンギュラリティSingularity)」という言葉をよく目にするようになった。ここ数年で「AI(人工知能)」が急速に進化したことにより、AIが人間の知能を超える日、つまり「シンギュラリティの到来」が近い、とまことしやかに囁かれるようになったのだ。

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 シンギュラリティが到来すると、何が起こると考えられているのだろうか? そもそも、本当にシンギュラリティは近いのだろうか。詳しく見ていこう。

2045年に到来する? 「シンギュラリティ」ブームの理由

 シンギュラリティはもともと、数学や物理学の世界で使われる「特異点」を意味する言葉だったが、最近では単に「シンギュラリティ」という言葉が使われる場合は、通常「技術的特異点」を指すようになった。

 この「技術的特異点」という概念を最初に広めたのは、数学者であり作家でもあるヴァーナー・ヴィンジ氏だといわれている。1993年に発表された『The Coming Technological Singularity』というエッセイの中で、ヴィンジ氏はシンギュラリティによって「人類の時代は終わる」と言及した。シンギュラリティの概念は20年以上も前から存在していたのだ。

 現在の「シンギュラリティ」ブームの火付け役といえるのが、AIの世界的権威であるレイ・カーツワイル博士が2005年に発表した著作『The Singularity is Near』だ。博士はこの著作において、近い未来である「2045年」にシンギュラリティが到来すると予測したため、大きな話題を呼んだ。

 AIが人類の脳を超えることで、AI自身がより優れたAIを生み出せるようになる。その結果、2045年以降人類は何かを新たに発明する必要はなくなるし、AIが出す答えや生み出す物を予測することもできなくなる。AIが人類最後の発明となる、ともいわれているのはこのためだ。こうした社会変革や問題を総称して「2045年問題」と呼ぶこともある。

 カーツワイル博士が予測する「2045年」という数字の背景にあるのは、「収穫加速の法則」と呼ばれるもの。技術の進歩においては、直線グラフ的に向上していくのではなく、指数関数(エクスポネンシャル)的に進歩していくという経験則に基づいた法則だ。代表例に「ムーアの法則」があるが、これは集積回路に使われるトランジスタの数が18カ月ごとに倍になっていくことを示す法則である。AIの進化においても、ある重要な発明が別の発明と結びつくことは新たな発明への足掛かりとなる。これが繰り返されることで、次の進化への期間は短縮されていくと考えられているのだ。

 2005年に『The Artilect War』(人工知能戦争)という書籍を出版して議論を呼んだオーストラリアのAI学者、ヒューゴ・デ・ガリス氏も、21世紀の後半にはシンギュラリティが到来すると予測している。

 また日本でも、スーパーコンピューター開発やAI研究者として著名な齊藤元章氏が、あと数年で次世代のスーパーコンピューターが完成し、これによってシンギュラリティの前段階である「プレ・シンギュラリティ」を起こすことができると提唱している。スーパーコンピューターの完成が人間の衣食住やエネルギーのシステムに大きな変革をもたらし、予測不可能なシンギュラリティを迎えるための社会的な準備をする段階に入れるわけだ。

 人間の理解の範疇を超えた存在によって、新たな時代が作られる。こう書くと、SF映画のようでとても現実的に思えないかもしれない。しかも、多くの学者たちがあと数十年でそんな時代が訪れると発表しているのだ。実際のところ、AI研究はどこまで進んでいるのだろうか?

いま起きているAIの進化。シンギュラリティを引き寄せられるのか、そしてロボットの発展

 目覚ましい成果を見せ始めているAI。しかし、それらは本当にあと数十年で「人類を超えた存在」を生み出せると言えるものなのだろうか。AIの進化や、前出のカーツワイル博士の研究について見ていこう。

 現在、カーツワイル博士はGoogleでAI研究の指揮を執り、人間の脳全体の詳細な分析を行い、コンピューター上で再現するための研究に取り組んでいる。人間の脳を超えるAIを作るには当然、先に人間の知識や意識を再現できるAIを完成させる必要があるからだ。

 つまりそれは、こちらの記事で紹介した「汎用人工知能(AGI)」。人間が指示せずとも自分で思考できる「強いAI」を実現させる必要があるのだが、残念ながら完成の目途が立っているとは言い難い。身近な例を挙げよう。

 今年10月、法人モデルの販売から4年目を迎えたソフトバンクロボティクスのコミュニケーションロボット「Pepper」のレンタル契約を更改する(予定)企業が15%にとどまることが、日経xTECHの調査によって明らかになった。数年前から街中で見かけるようになった代表的な「ロボット」だが、本格的な接客を任せようとする「はま寿司」のように有効活用できた企業は少ないようだ。

 この報道から受ける印象は人それぞれだろうが、残念ながら現在のコミュニケーションロボットは活用法を企業側で模索しなければならないもので、「ドラえもん」に搭載されているような「強いAI」からはほど遠い状況なのだ。

 実は、シンギュラリティの前段となる「人間の脳を再現したAI」の実現に関して、懐疑的な研究者は多い。

「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトを手掛けた新井紀子博士は、ベストセラー『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社、2018年2月)の中で、現在の数学やAIの延長ではシンギュラリティは到来しない、とはっきり否定している。まず「人間の一般的な知能と同等レベルの知能」を持つAIを作るには「私たちの脳が、意識無意識を問わず認識していることをすべて計算可能な数式に置き換える」必要があり、その方法が解明されない限り、シンギュラリティの到来は望めないというのが新井博士の論だ。

「人類最後の発明」と言われ、「仕事を奪う」と恐れられることの多いAIだが、現状「AI」と言われているものは特定の機能に特化した「特化型AI」。決して、自分で思考しているわけではない。また、AIが進化したとしても、人間の身体性を実現できなければ完全な「人間の代わり」を再現することはできないだろう。雇用の問題については、シンギュラリティ以前にAGIが実現されない限り、必要以上に恐れる必要はないのではないだろうか。

その時、我々は何ができるのか

 人間の脳の仕組みが解明されない限り、シンギュラリティはそこまで逼迫した問題でなさそうだ。だが、もしも脳の再現に成功してシンギュラリティが到来した場合、どのようなことが起こるのだろうか。

 先述した通り予測は不可能な世界ではあるのだが、『シンギュラリティは近い[エッセンス版]  人類が生命を超越するとき』(NHK出版、2016年4月)において、カーツワイル博士は「シンギュラリティとは、われわれの生物としての思考と存在が、みずからの作りだしたテクノロジーと融合する臨界点であり、その世界は、依然として人間的ではあっても生物としても基盤を超越している」と述べている。シンギュラリティ以後の世界では人間と機械、現実と仮想空間との間に区別が存在しなくなるというのだ。例えば、人体は今後あらゆる臓器が交換できるようになっていき、サイボーグのような存在になっていく。博士は、最終的に寿命という概念は無くなるだろうとしている。

 ここまでいくと、いよいよ「SF的」に思えてしまうが、VRやAR、MR技術の発達によって「現実と仮想との区別が無くなって」きているのは確かだ。人間の脳を超えるAIができるかどうかはまだ分からないが、科学技術の発達によって時間や空間の概念は着実に変わり続けている。人間としての在り方を問われる日は、シンギュラリティ到来を待たずして訪れるだろう。一人ひとりが現在のAIにできることとできないことに向き合い、AIによる計算や自動化が不可能な人間らしい仕事や役割とは何か、模索していく必要がありそうだ。

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