もはや形骸化しつつある3党合意を実現した野田佳彦元首相は現状をどう見ている?
もはや形骸化しつつある3党合意を実現した野田佳彦元首相は現状をどう見ている?

短期集中シリーズ消費税を疑え!」3回目は"そもそも"の話。10%への引き上げの"そもそも"は、2012年、当時の民主党政権が自公と結んだ「社会保障と税の一体改革」の3党合意から始まった。だがその後、増税時期は2度延期、「増税分は社会保障に」という約束もなかったことに......。

では、もはや形骸化しつつある3党合意を実現した野田佳彦元首相は現状をどう見ている? そもそも、本当に消費増税しか道はないのか? 厳しく迫った!

■3度目の増税延期と解散・総選挙もありえる?

──来年10月消費税10%への引き上げについて、野党の一部からは反対論が出ています。6年前の2012年民主党政権の首相として「消費税を段階的に10%まで引き上げる」という方針を決めた"立役者"である野田さんは、現在の消費増税をめぐる議論をどのように見ていますか?

野田 安倍首相10月15日の臨時閣議で来年10月に予定どおり消費税を引き上げる旨の方針を発表しましたが、安倍さんが本当にそれをやるかは別の話です。

ご存じのように安倍政権はこれまで2度も増税時期の先延ばしをしています。今度こそ「三度目の正直」で実行するのか、それとも「二度あることは三度ある」なのか。私の考えは後者です。

──つまり、消費税10%への引き上げは3度延期される可能性がある、と。

野田 16年5月の伊勢志摩サミットの際、安倍首相は突然「世界経済のリスク」について語りだし、結果的にはそれを理由に消費増税を先延ばしにしました。

しかし、現在、米中の貿易摩擦が深刻化していることを考えると、むしろ当時よりも世界経済のリスクは高まっていると言える。すでに"延期の口実"になりそうな外部要因はくすぶっているわけで、例えば来年の参院選前あたりで突然方針を変えても不思議ではありません。

──14年の衆院選のときもそうでしたが、選挙で「増税の延期」を争点に国民に信を問う、というのは、政権与党にとって非常に都合のいい戦い方ですよね。

野田 逆に野党は大変厳しい。野党が「消費税は上げるべきだ」と訴えても、ほとんどの有権者には歓迎されませんから、なかなか「増税延期反対」とは言いづらい。

そうやって政権与党が政局の中で消費税を政争の具として使うのは、「覇道」(力や権謀による支配)であって、決して「王道」ではありませんが、安倍さんは総選挙で味を占めているので、再び「消費税増税延期」を争点にして、解散・総選挙に打って出ることも十分にありえるでしょう。

■今の経済状態でも消費増税は行なうべき?

──やはり、野田さん自身は来年10月に予定どおりに消費増税をするべきだと思いますか。

野田 基本的には上げるべきだと思います。そうしないと日本の財政は立ち行かないし、社会保障制度も保てない。

例えば、太平洋戦争終戦時点の財政状況は「公的債務残高」、つまり、国が背負っている借金の総額が当時のGDP比で200%でした。それが今や240%になろうとしている。

では、この巨額な債務の原因の中で何が大きな比重を占めているかというと、ご存じのように、圧倒的に年金、医療、介護、子育てといった社会保障費です。日本の財政状況が世界でも指折りに悪くなっている理由は、少子高齢化に伴い急激に増え続ける社会保障費の需要があるからで、そこに国民は不安を持っている。

この不安をなくしていくためにも、財源の手当てをしていかないと。放っておくほど「後の世代」にツケを回すことになります。

もちろん、経済状況は勘案しないといけないと思います。しかし、「ほどほどの成長」が確保できているならば、財政再建を意識したことをやっていかなければならないというのが私のスタンスです。

──「ほどほどの成長」の基準をどこに引くのでしょうか? アベノミクスで「異次元緩和」という劇薬を使っても、いまだにデフレから脱却できていないなかで、果たして1年後の日本経済は消費増税しても問題ないほどの状況になっているのか......正直、疑問です。

野田 そういう状況をつくるのが政府の責任です。ただし、「デフレ脱却」と「消費増税」の両立は難しく、へたをするとデフレ脱却は永遠に「道半ば」ということになりかねません。ただ、それでもその間、ずっと財政問題を放置していいのかというと、そうはいかない。

──では仮に、まさに今の経済状況で消費増税を行なうべきかと問われたら?

野田 やるべきだと思います。もちろん安倍政権が訴える「アベノミクスの成果」については、いろいろ疑わしい点も多いですが、少なくとも今の日本経済は決定的なマイナス成長にはなっていない。私はむしろ、それより前の段階で消費増税をやっておくべきだったと思っています。

■社会保障"一体"改革はいったいどこへ?

──野田さんが首相在任中の12年に民主、自民、公明のいわゆる「3党合意」で消費税の段階的な引き上げが決まったわけですが、その際、3党合意の条件となったのが「社会保障と税の一体改革」でした。その後、「社会保障改革」のほうはいったいどこへ行っちゃったのでしょう?

野田 消費税引き上げで得られた財源で社会保障の安定と充実を図り、同時に財政健全化も達成するというのが「社会保障と税の一体改革」でした。ところが、安倍政権が消費税の「使途変更」をすることになり、社会保障との一体感がわかりにくくなった。

もちろん、消費増税によって、いくつかの社会保障の改革は実現しています。例えば、これまで基礎年金の国庫負担は3分の1でしたが、2分の1まで可能になった。ただし、これは国民に実感として伝わりにくい。

──ただ、消費増税後も毎年、国の予算規模は「過去最高」を更新していて、赤字国債も発行し続けていますよね? 消費増税で財政健全化を図るなんて、無理なのでは?

野田 おっしゃるとおり、財政健全化の道筋は見えていない。アベノミクスによるゼロ金利政策で利払い費の金利が極端に抑えられ、政府が国債を安易に発行できる環境を日銀がつくってしまった。

また、増税は社会保障の「安定」には寄与した部分はありますが「充実」のほうには回っていません。

──そもそもですね、社会保障費の財源は、本当に「消費税」でなければならなかったのでしょうか? 例えば、法人税の基本税率は野田さんが首相だった12年4月に30%から25・5%へと大幅に引き下げられ、その後、安倍政権によって3度税率が引き下げられ、現在は23・2%です。

これでは「消費税引き上げは法人税引き下げのための財源だった」とさえ言える気がしますが。

野田 それは、消費税法人税の対比だけで語るべき問題ではないと思います。

社会保障費を消費税で賄うというのは、誰でも病気になったり、ケガをしたり、失業をしたりする可能性があり、そのときのための備えであるお金を「オールジャパン」で支えよう、という意味なんです。それに、所得税法人税に頼った社会保障だと、税収が景気に左右されますから、どうしても安定しません。

──しかし、一部の大企業は巨額の内部留保を抱えています。まずは、彼らの負担を増やすべきでは?

野田 それは相対的に考えるべきでしょうね。格差是正という視点で税制改革をするならば、少なくとも、これ以上、(国際的な)法人税の減税競争には加わらない、ということだと思います。

法人税減税で税収が減り、その一方で大きな企業が440兆円もの内部留保を抱えていて、これを吐き出さないから、経済の好循環をつくりきれていない。そう考えると、法人減税にはあまり意味がなかったのは事実かもしれない。

現在、法人税減税で恩恵を受けるのは景気のいい大企業だけですから、中小企業のことを考えるなら、社会保険料の事業者負担の軽減を優先するべきだと思います。

野党の一部からは消費増税に反対する声も。だが、野田氏は「(民進党から分裂した党の議員は)3党合意で苦労したメンバーも多く、財政健全化は必要だとみんな思っている。足並みをそろえることは可能だと思います」と話す
野党の一部からは消費増税に反対する声も。だが、野田氏は「(民進党から分裂した党の議員は)3党合意で苦労したメンバーも多く、財政健全化は必要だとみんな思っている。足並みをそろえることは可能だと思います」と話す

■政権与党の座を捨てて消費増税を取った理由

──6年前、野田さんは3党合意の下で消費税引き上げを決断し、自ら解散・総選挙に打って出ました。しかし、その結果は旧民主党の"惨敗"。あのとき、わずかでも「民主党が勝てる可能性がある」と信じていたのでしょうか?

野田 おそらく、勝てる可能性はなかったと思います。ただ、消費税が選挙結果にまったく関係がないとは思いませんが、それだけではない。あれは「民主党政権3年3ヵ月」に対する有権者の「業績評価」であって、当時の支持率を見れば、選挙が厳しい結果になることは初めからある程度はわかっていました。

──政権与党の代表が負けるとわかっていて解散・総選挙に打って出るなんて聞いたことがありません。そもそも、震災と原発事故からわずか1年半という時期に決断した「消費税引き上げ」は、民主党が政権の座をなげうってまで実現するべき「最優先課題」だったのでしょうか?

野田 08年のリーマン・ショックで影響を一番受けたのが日本経済でした。その結果、税収が大きく落ち込み日本の財政状況は戦前以来のどん底に落ちていた。

当時はG7などの国際会議でも財政健全化と経済成長の両立が重要な課題だったのですが、日本がプライマリーバランスを黒字化せずに深刻な財政問題を放置し続け、その結果、財政危機に陥ったギリシャのように「特異な存在」だと見られたとき、「世界のマーケットはどう反応するか?」と考えると、とても恐ろしい気持ちがしたものです。

もちろん、日本の国債はギリシャと違って、国内で買う人が多いとか、日本は個人の金融資産が1800兆円もあるから大丈夫......とか、理屈はいくらでもつけられます。

ただし、それでも世界のマーケットの反応次第で、状況は大きく変わる。今はゼロ金利だから、国債の利払いも10兆円で済んでいますが、これも金利が正常化して3%になったら30兆円ですから、そんな財政が成り立つわけがない。

そして、そうした経済の激変で最も大きな打撃を受けるのが弱い立場の人です。それでも対策を先延ばしにするなんていう選択肢はありえませんでした。

──しかし、現実には政権が交代し、14年に消費税が8%に引き上げられた後も「財政健全化」や社会福祉制度の抜本改革は進まず、消費税率の10%への引き上げすら、いまだに実現していません。

野田 あの3党合意は民主党政権だけではなく、それを引き継いだ自民党公明党も一緒に責任を踏襲していくというのが前提でしたから、財政健全化と社会保障の議論がこれほどほったらかしになるとは思っていなかったですね。

──それは、信じたほうにも責任があるのでは? それに、増税で国民に負担を強いるより先に、まずは社会保障の仕組みをどう変えるのか、財政健全化をどう実現するかという具体的なプランを示してから「だから税金を上げてもいいですか?」と問うのが筋なのではないでしょうか?

野田 そうですね。消費税に対する不信感があるとしたらそこに尽きると思います。安倍さんは今になって「これから2、3年で社会保障改革をやる」などと言っていますが、遅すぎます。本当はそれを政権を握ってからの6年の間に進めてほしかった。

もちろん、その中身は「バラ色の夢」ではないかもしれません。それでも、具体的に財政再建社会保障改革の中身がわかれば、国民にお願いする「負担」についても、理解していただきやすくなる。

私は一貫して財政健全化のためには消費増税が必要だという立場ですが、税の引き上げというのは本当に難しくて、結局、政治家に対する「信頼」の問題なんですね。

ところが、安倍政権はその難しいテーマを安直に考えすぎているように見える。そこに野党が警鐘を鳴らしていかないといけないし、もちろん、私自身にもその責任があります。

* * *

短期集中シリーズ消費税を疑え!!』は今回でひと区切り。消費税を上げろという人はもちろん、上げるな、むしろ下げろという人まで「日本の社会保障制度がヤバイ」という点においては、思いは一緒だったように思う。

果たして、安倍政権は本当に予定どおり消費税を上げるのか? 今後もその動向に注目したい。

野田佳彦(のだ・よしひこ
1957年生まれ、千葉県出身。松下政経塾1期生。93年に日本新党から出馬し初当選。98年に民主党に入党。2011年、同党の代表選に勝利し、首相就任。政権交代後は民進党旧民主党)に所属。民進党分裂後の17年、岡田克也氏が率いる「無所属の会」の結成メンバー

インタビュー・文/川喜田研 撮影/髙橋定敬

もはや形骸化しつつある3党合意を実現した野田佳彦元首相は現状をどう見ている?