アマゾンエフェクト

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 それは、アマゾン・ドット・コム(以下、アマゾン)が次々に仕掛ける破壊的イノベーションにより、伝統的な小売業を中心にさまざまな市場で進行している変化や混乱を指し示す。

 直近の米国小売業の動向に関する新聞報道を見ていこう。

 2018年10月中旬に小売業大手のシアーズが経営破綻し、事業継続が危ぶまれる事態に陥っていることは記憶に新しい。

 また11月22日からスタートした年末商戦においては、緒戦の2日間、リアル店舗の売上高は前年比で4〜7%の落ち込みを記録したのに対して、ネット通販の売上高は2割程度の増加になる見通しという(出典:2018年11月28日日本経済新聞朝刊)。

 単純な数字だけの比較なら、「アマゾンエフェクト」の影響は誰の目にも明らかだ。

 しかしながら、「アマゾンエフェクト」のモーメンタム(勢い感)が今後も際限もなく加速し続けるかというと、懐疑的な評価もあることも否めない。

 シアーズの経営破綻のニュースからわずか10日余りの2018年10月26日ニューヨーク株式市場でそれを象徴する「事件」は起きた。

 アマゾンの株価が前日比約7.8%も下落し、企業価値を示す株式時価総額がマイクロソフトに抜かれて米企業第3位に甘んじることになったである。

 その直接的な引き金アマゾンが前日に発表した決算*1だ。

 2018年7〜9月期(第3四半期)の業績は過去最高益を更新したものの、売上高がアナリストの予想をわずかに下回り、加えて年末商戦を含む10〜12月(第4四半期)についても期待を下回る弱気の見通しを示したことが株式市場に嫌気された。

 この「事件」は、アマゾンは依然、目を見張る急成長は持続できてはいるものの、高級スーパーのホールフーズ・マーケット(以下、ホールフーズ)買収が終了した昨年の夏頃と比べると、新たなプレイヤーの逆襲という外部要因によって独走態勢が必ずしも盤石ではないことを暗示しているようにも映る。

*1:2018年10月26日アマゾン株の終値は1642.81ドル。2018年7〜9月期(第3四半期)の売上高は前年比29%増の566億ドル(アナリスト予想は571億ドル)。10〜12月(第4四半期)の売上高予想は665億〜725億ドル(アナリスト予想は738億ドル)(出典:Bloomberg)。同時期にアップル株がiPhone Xの販売不振から大きく値を下げ、アマゾン株の急落がさほど大きなニュースにならなかったのは、アマゾンにとって不幸中の幸いであったと言える。

 それでは今、「アマゾンエフェクト」の対抗軸として、今、存在感を示しているプレイヤーとは誰か。

 今回の連載では、老舗玩具店・FAOシュワルツ(FAO Schwarz)と、世界最大の小売の巨人・ウォルマート(Walmart)という対照的な戦い方を展開するふたつの企業の打ち手を紹介していきたい。

「店舗=販売の場」という固定概念を捨てたFAOシュワルツ

 弱小プレイヤーが巨大戦力に対峙する時、最も有効な作戦のひとつは、(『旧約聖書』の中でダビデがゴリアテを倒した時ように)「戦いの土俵を変える」ことだ。

 2018年11月16日。1862年創業、古き良き米国の代名詞でもあるFAOシュワルツが、ニューヨークのロックフェラープラザ・NBCエクスペリエンスストアの一角に「再」オープンを果たした。

【参考】“FAO Schwarz returns to NYC, opens Rockfeller plaza store”(https://www.youtube.com/watch?v=xVps_h0VwBo)


 ニューヨークに何度か足を運んだ経験のある読者の方ならご存知のことと思うが、FAOシュワルツと言えば、1870年のニューヨーク進出以来、長らくセントラルパークとプラザホテルを臨む5番街と59丁目の角の旗艦店がトレードマークだった。

 しかし、2015年7月、この旗艦店がレント(賃貸料)の高騰が原因で撤退を余儀なくされて以来、FAOシュワルツはメイシーズなど大手百貨店の一角や期間限定のポップアップ店舗などで粘り強く営業を続け、捲土重来の機会をうかがってきた。

 旗艦店再開を熱望するファンの声にも後押しされ、2018年の年末商戦にギリギリ間に合うタイミングで再開にこぎつけたのである。

 ロックフェラープラザの新店舗は、旧旗艦店に比べると床面積では3分の1弱の面積(1675m2)に過ぎないものの、YouTube動画を見れば明らかな通り、ファンの期待や想像をはるかに超えた「リアル体験」が最大の差別化ポイントであることは何ら変わっていない。

 トム・ハンクス主演の30年前の映画『ビッグ』(1988年20世紀フォックス配給)に登場し、話題となったワンシーンでも登場する「足踏み巨大ピアノ」は健在で、旧旗艦店で名物だったお店のスタッフ(パフォーマー)によるライブ演奏も引き続きファンを魅了し続けているようだ。

【参考】 Big (1988) - Playing the Piano Scene (2/5) | Movieclips
(https://www.youtube.com/watch?v=CF7-rz9nIn4)

 ところで、FAOシュワルツは2009年に世界的な玩具小売チェーンのトイザらス(Toys“R”Us Inc.)に買収され、2016年10月にニューヨークの高級百貨店バーグドルフ・グッドマン(Bergdorf Goodman)に売却されるまで7年間、トイザらスの資本傘下にいた。

 皮肉なことに、そのトイザらスは自らが戦う土俵についての明確な意識づけがないまま「アマゾンエフェクト」に無残にも飲み込まれた。

 経営不振に陥り、2018年3月に米国内の全店舗800店を閉鎖または売却して、約70年の歴史に幕を閉じることを発表したのである。

 FAOシュワルツが戦う土俵は、アマゾンに比べればちっぽけな規模かもしれない。

 しかし、アマゾンですら想定し得ない「リアルに目一杯振り切った、エモーショナルな感動体験の提供」がブランドとしての存在感を際立たせていることは、我々に貴重な示唆を与えてくれる。

 約1年前の連載記事で、アマゾンエフェクト処方箋は「店舗=販売の場」という固定概念から自由になることだ、という趣旨の話を、当時のアップル旗艦店(旧アップルストア)のイノベーションを引き合いに出して展開した。

 FAOシュワルツの再出店とその後の賑わいは、まさに「戦いの土俵を変える」という文脈での典型的な成功事例であるように思う。

【参考】「デス・バイ・アマゾン」を乗り越える処方箋
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51577

「オンライングローサリー」の土俵でアマゾンと真っ向勝負を挑むウォルマート

 それに対して、「オンライングローサリー」であえてアマゾンと「同じ土俵」に乗り、真っ向勝負を挑んでいるのが、世界最大の小売業の巨人ウォルマートだ。

 オンライングローサリーとは、インターネットで商品を注文して自宅まで配送してもらうことはもちろん、お客さまが直接、リアル店舗へ出向き、専用ロッカーから商品をピックアップできる便利なシステムである。

 特に、後者のピックアップサービスは時間の節約になるだけでなく(米国の大型店舗の床面積は日本と比較にならないくらい広大!)、まとめ買いや会員特典により特別ディスカウントの恩恵を受けることができるので、人気は急上昇だという。

 オンライングローサリーの市場規模は2017年時点で20億ドルと推計され、アナリストの予測によると市場シェアはアマゾン12.5%、ウォルマート11.5%、クローガー6.4%、ブルーエプロン5.5%・・・という具合だ。

 アマゾンウォルマートは拮抗した状態だが、2018年内にも両者の市場シェアは逆転するだろうという予測もある。

 2018年2月にウォルマートのダグ・マクミロンCEOが発表した2017年の決算速報(2018年1月期)を見ても、5003億4300万ドル(約50兆343億円:対前年比3.0%増)というとてつもない年間総売上のうち、eコマースの売上高は第3四半期で対前年比50%増、第4四半期で同23%増と高い伸長を記録しており、ウォルマート版オンライングローサリーウォルマート・グローサリー」が総売上高を牽引したことが分かる。

 実際、ウォルマートが全米で展開する3600店舗のうち、インターネットで商品を注文後、2〜4時間程度以降にピックアップサービスが受けられる店舗は、既に2100店舗に達したとされている(出典:『日経ビジネス』2018.11.26 No.1968 「ウォルマートアマゾンに逆襲 ネットとリアル“融合”で突破口」)。

 2100店舗という規模は、買収したホールフーズの大都市圏の一部店舗で同様のサービスを展開するアマゾンに比べてもかなりの優勢である(ホールフーズは全米の店舗を全て足しあげても470店舗にすぎない)。

 躍進の要因は、お客さまに寄り添うサービスだ。

 ウォルマートのお客さまの大半は、相対的に世帯年収が低く、些細な価格差にも敏感な、いわば大衆層。

 創業以来、「Everyday Low Prices」をブランドスローガンとするウォルマートの戦略は、グローサリー・ピックアップサービス初回利用10ドルOFF(50ドル以上の購入が条件)や、アプリを使った「最低価格保証」サービス(競合店が安かった場合、差額をポイントで還元)などをキラー兵器として、お客さまのハートを鷲づかみにすることに成功しているように見える。

アマゾンのホールフーズ買収は「学びのための実験」だったのか

 一方で、昨年夏に高級スーパーのホールフーズを買収したアマゾンの動向はどうか。

 当時、アマゾンが仕掛ける「ネットとリアルの融合という名の電撃戦」は、誰の目にも明らかであり、当時「デス・バイ・アマゾン」*2の株価指数を大きく下落させた。

 アマゾンが買収後にまず着手したことといえば、ホールフーズがこれまで契約していたオンライン配送サービス企業インスタカートとの関係を解消し、「最短1時間で届くネットスーパー」が売りのアマゾンプライムナウ(Amazon Prime Now)のシステムと人員体制に置き換えて、自前のオンライングローサリーを構築することであった(ただし、プライムナウの対象都市の一部の十数都市に限られているが)。

 ホールフーズに設置されていたインスタカートの冷凍冷蔵ロッカーは、買収を境にアマゾンロッカーへと模様替えした。

 ホールフーズの魅力(機能的なブランド価値)を分かりやすく言うと「オーガニック」「ヘルシー」「グルメ」、そしてこれらの価値に見合う「プレミアム価格」ということになるだろう。

 アマゾンは巨人ウォルマートとの戦いを強く意識したのか、ブランドの4番目の特徴である「プレミアム価格」に何のためらいもなくメスを入れ、特に高価格帯の商品を中心とした大幅値下げキャンペーンやアマゾンプライム会員対象の5%キャッシュバック、特定品目の10%オフなど矢継ぎ早の施策を打った。

*2:アマゾン恐怖指数銘柄。アマゾンエフェクトで業績悪化が懸念される、ウォルマートクローガー、コストコなど米国小売業54社で構成される株価指数。米投資情報会社のビスポークインベストメント・グループによって2012年2月に設定。

 結果、お客さまの反応はどうだったか。

 SNSでの評判をチェックすると、確かに価格は安くなったが味が落ちた、ノンオーガニックの果物や野菜が増えた、欠品が目立つようになった、など富裕層を中心とするコアなファンのお客さまからの不満やネガティブな声もかなりの頻度で散見されるようだ。

 ブランド体験価値の側面でも、アマゾン買収前のホールフーズはオーガニックの果物や野菜を目にも鮮やかな造形で陳列し、お客さまにエモーショナルな高揚感を提供することで定評があった。

 お客さま層の拡大を狙った「プレミアム価格の破壊」が、品質の低下や欠品を招き、「ホールフーズならではの体験価値の劣化」までも引き起こしているとしたら、コアのファンだったお客さまの離反を招く由々しき事態と言えるだろう。

 しかし、である。あえて穿った見方をすれば、百戦錬磨のアマゾンはこの程度のネガティブインパクトは想定の範囲なのだろうと思う。

 リーンスタートアップの手法で無人店舗『Amazon GO』をシアトルから全米へ拡大していくのと同じ発想で、「オンライングローサリーの実験場」としてホールフーズを使い尽くし、失敗から学んで行く。

 学習速度の速さこそが、アマゾンが考える「新しい時代の競争優位」なのだ。

 ホールフーズの全米470店舗という規模も、「実験にはちょうど良いサイズ」とジェフ・ベソスCEOや経営幹部には映っているのかもしれない。

アマゾンは自働化によるコストダウンで活路を見出す

 オンライングローサリーは事業規模が拡大すればするほど、IT投資とオペレーションのための人件費が積み重なる。

 ウォルマートにしても売上高の伸びこそ華々しいが、事業単体で見た場合、現状、ウォルマート・グローサリーは利益を押し下げる最大のネガ要因になっているはずだ。

「オンライングローサリーという土俵」での勝負は、まだまだ序盤戦にすぎない。

 勝負の分かれ目は「自動化」と「コストダウン」になるだろう。

アマゾンエフェクト」が一過性の社会現象だったのか、それとも真の破壊的イノベーションとして猛威を振るい、伝統的な小売市場を焼け野原にするのか。

 アマゾン本体だけでなく、対抗軸を打ち出しているプレイヤーの動向をつぶさに観察して行くといろいろと見えてくることが多い。

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