(篠原 信:農業研究者)

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 拙著『自分の頭で考えて動く部下の育て方』の感想の中に、「即戦力が求められるこのご時勢で、人材育成に3年もかかるのか」というものが時々見受けられる。すぐ即戦力に育つという本よりは正直だという前向きな評価もあるけれど、「そんなにのんびり人材育成する暇はないよ」という悲鳴にも似たご意見があるようだ。

 たぶん、そういう意見は出るだろうな、とは思っていた。編集者の方自身が「読めば納得だけど、一人前になるのに3年ですかあ。気が長くないとダメですねえ」という意見を仰っていたからだ。

 しかし私は、「一人前に育つには」と聞かれたからそう書いたまで、だ。筆者の考える一人前とは、指導する人間と同等、あるいはそれ以上の人材に成長した状態を意味する。もちろん、自分の頭で考え、行動できるし、それ以上に、自分で企画立案し、自分で仕事を創れる、仕事全体に目配りもできる人材になっていることを「一人前」と定義している。

 他方、「即戦力」とは、現場で役立つというほどの意味だろう。上司ほどではなくても、今の現場で十分働きを見せてくれるなら、即戦力と呼ぶこともできるだろう。そういう意味での即戦力なら、短ければ1カ月、だいたいは3カ月あれば十分育成できる。

 拙著でもそのやり方を書いているつもりだが、そこはあまり強調しないようにした。変に早く育成できると書いてしまうと、読者の中には「早く、早く」と気が急いて、結局、部下が「一人前」に育つのを待っていられない「助長」(成長を助けているつもりで、苗の根を切ってしまったエピソード)する上司が続出しそうなので、やめてしまった。

 だが、筆者のところに来るスタッフや学生は、最初の1カ月、長くても3カ月を丁寧に指導すれば、あとは新しい業務を任せるときに指導すればよいだけとなる。それ以外のときは、ほとんど任せきり。1日に10分ほどの打ち合わせをする以外は、全部自分で仕事を切り盛りしてくれる。

 なぜか。仕事というのは、ルーチンワークが結構多いからだ。そうしたルーチンワークをいくつかこなせるようになれば、就業時間いっぱい働いてもらうことになる。だから私は、最初の1カ月で、お願いしたいルーチンワークを一通り指導する。相手が学生の場合は、微生物の培養法、滅菌法、分析機器の扱い方など、研究に必要な道具一式の使い方。もちろん、指導の方法は、前回の記事*1で紹介した「教えない」教え方、「失敗」をなるべくさせる教え方となる。

*1:http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54754

「教えない」「見守る」時間を楽しむ

 この1カ月は、迂遠なようでも、あまり先回りして教えることをせず、むしろ「起こり得る失敗」をなるべく一通り経験してもらう。あるいは擬似体験してもらう。そうすることによって、自分の仕事を深く理解してもらい、完全にマスターしてもらう。

 部下の失敗につきあうという、実に時間のかかる指導法ではあるのだが、1カ月もつきあえば、だいたい必要なことを伝えることができる。その1カ月を惜しむと、何年も何年も、教えてもまた忘れる指示待ち人間が出来上がって、そのつど丁寧に指示を出し、しかも何度指示を出しても忘れてしまう部下が出来上がる。こまごまとした指示を出すのに費やされる時間は膨大になる。

 それくらいなら、1~3カ月は手を抜かず、しっかり部下を指導したほうがよい。その指導法とは、失敗をなるべく経験させ、妙に教えすぎず、なるべく部下自身で考えてもらい、手を動かしてもらうやり方だ。

 指導するあなたは、言葉もそんなに費やす必要はない。多くの時間は、見守る時間となる。しかし、この「見守る」時間をおろそかにしてはいけない。部下が危険な目に遭わないように見守らなければならないし、見守りがあってはじめて、部下は安心して「失敗」できるからだ。

「自分が見守っている間は危険もないし、失敗しても全部リカバーできるから大丈夫。今のうちにたくさん失敗してください。失敗すればするほど、深く理解できるから」。そう、私は「お願い」している。そうすると、学生もスタッフも安心して失敗できる。

 失敗したとき、叱る必要はない。面白がるくらいでちょうどよい。「後日、成長した頃に笑い話のネタにしてやろう」くらいに考えるとよい。その上で、「そうしてみたのは、どんな考えから?」と質問してみよう。その考え方が道理にかなっていたら、「面白いねえ!」と感心するとよい。

 実際、私はこの素人ならではの勘違いしやすい時期に、新しいアイデアを捕まえたことがたくさんある。勘違いから生まれる新しいアイデアの発掘時期として、この時間を大切にしている。

 しかし多くは、明らかにうまくいかない、ただの失敗だったりする。その場合、「なるほど、そう考えてのことだったんだね。面白いしなかなか理にかなっているけれど、このまま時間がたつと、これはどうなるかな?」と聞いてみると、本人が「あ!」と気がつく。うまくいかない理由に気がつくのだ。「これがこうなって、うまくいかなくなります・・・」「そうだね、だとすれば、ここはどうしたらいいと思う?」と、仮説を立ててもらう。

 こうしたやり取りを、単純作業に思えることでも、丁寧に繰り返すようにしている。すると、ルーチンワークとはいえ習得するにはそれなりの時間がかかりそうな、工程の多い仕事でも、案外早く習得してしまう。うまくいかない理由を、失敗や失敗の擬似体験を重ねることで、深く理解し、仕組みも熟知できるから、習得がかえって早くなるのだ。

 しかも、「教えない」指導法、「失敗させる」指導法は、「こうしたほうがうまくいくかも?」という、改良を重ねるクセがつく。私が正解を教えるのではなく、共によりよい作業を探し、見つけていくという指導をつきっきりで重ねたものだから、「この作業で本当に問題ないのだろうか? よりよい方法があるのではないか」と考えるクセがついているのだ。

 そんな風に考えるクセがつくようにするには、だいたい1カ月ほど丁寧に指導すれば十分。長くても3カ月ほどあればよい。すると、以後はほとんど指示を与えなくても「これをやっておきます」と、自分から動き、仕事をこなしてくれるようになる。実に助かる。

 編集者の方に、「自分の頭で考えて行動するように部下が育つには、どのくらいの期間が必要ですか?」と聞かれたことがある。「大体1カ月ですね」と答えると、ビックリしていた。一人前に育てるには3年かかると言っているのに比べて、ずいぶん短いと思ったのだろう。

「最初の1カ月は、手間暇かかります。教えないと言ったって、危険がないように見守らなきゃいけないんですから。でも、その1カ月、手を抜かないで指導すれば、後は楽になります。1カ月すれば、任せた作業は指示しなくてもやってくれるようになります。3カ月もしたら、まったく新しいことをお願いするとき以外は、指示する必要もほとんどなくなります。自分で考えて動いてくれるから」

 だから、「自分の頭で考えて動く部下」に育てるには、短くて1カ月、長くて3カ月だと考えてもらってよいだろう。

「一人前」に育つための最初の1カ月を

 ただし、「一人前」となると、話が違ってくる。仕事のすべてを理解し、こなせるようになっていることを「一人前」と呼ぶからだ。総合力においても、上司と引けをとらなくなった状態を「一人前」と呼ぶなら、3年くらいの時間がかかるのは当然だ。

 1年目は初めてのことばかりで、覚えるのに必死。2年目は、一度は経験したことのあるものを、思い出し思い出し、こなす時期。3年目は、過去にやってきたことが、自分の中でも当然視できるようになって、自分の仕事以外にも目を向ける余裕が生まれて、全体を俯瞰できるようになり始める時期。

 こうして、仕事というものが一通り理解できるのに、3年かかる。どんな仕事も、業界全体のことまで頭に入るのに、それくらいの時間は必要だろう。自分に与えられた業務だけでなく、その周囲のことにまで目を配ることができるようになるのが「一人前」だとするなら、やはりそれなりの時間が必要だ。

「自分の頭で考えて動く部下」の育成には1~3カ月の時間があれば十分だが、その業界で、上司とも引けを取らない一人前に育つには3年ほどかかる。拙著を読んでいただくときに、そうした注意をしながら読んでいただけるとありがたい。

 そして、日本の職場が、1カ月、できれば3カ月くらいはみっちりと、部下の指導に費やせる余裕を確保してほしいと願っている。そうすれば、比較的短期間に「即戦力」として育つだろうし、しかも自分の頭で考えて学び、成長し続ける人材となるから、3年もすれば勝手に一人前の人材として育つだろう。そのとき、会社にとって頼もしい人材になってくれている。

 そのための最初の1カ月を惜しむべきではない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  本質を理解させたければわざと「失敗」させよ

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