前回の記事では、「ものづくり白書2018年版」(以下、白書と記す)から、ものづくり業界の現状と人材についての動向を探りました。課題として人材不足が懸念されていますが、中でもこれから特に需要が増えるのはAIやロボット、ビッグデータを使いこなす”デジタル人材“であることが白書から浮き彫りになりました。

現在、国ではデジタル人材の育成のため様々な取り組みを始めています。学生など若手層の教育に加え、社会人の「リカレント教育=学び直し」も国の重要施策項目。今回は在職しながらデジタル人材として成長し、自分の価値を高める方法について考えてみます。

必要性は感じる、
しかし社会人の学び直しには課題が…

キャリアを高めたいと思う社会人なら、専門知識を高めるために学び直しを考えることもあるでしょう。しかし「平成30年度年次経済財政報告書」第2章「人生100年時代の人材と働き方」によれば、日本では25〜64歳の社会人のうち、大学等の機関で教育を受けている人の割合は、わずか2.4%。OECD平均の11%をかなり下回っています。

厚生労働省が行ったアンケートを元に作成された資料では、7割強の労働者正社員)が学び直しをするのには問題点があると答えています。理由は、

・仕事が忙しくて学び直しの余裕がない(59.3%)
・費用がかかりすぎる(29.7%)
・家事、育児が忙しくて自己啓発の余裕がない(21.8%)

が上位3位を占めています。

図は「リカレント教育 参考資料」第6回人生100年時代構想会議配布資料
内閣官房人生100年時代構想推進室 より

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/089/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2018/04/24/1403765_8.pdf

いずれも、在職中の方なら思い当たる理由ではないでしょうか。

ただ、資金については国がリカレント教育のために用意した制度を使うことができれば、補助を受けることができる場合もあります。

では、そうした助成金、給付金にはどんなものがあるか、また、社会人が学び直しできる場にはどんな機関があるかを調べていきましょう。

大阪大学を中心とした
enPiT-Proを活用して学ぶ

国では各省庁で社会人の学び直しを「リカレント教育」として支援する制度や仕組みを作りはじめています。

どんな制度があるのかはそれぞれが縦割り情報になっているため探しにくいのですが、まずは白書からいくつかの制度を拾っていきましょう。

文部科学省では「情報技術人材の育成拠点の形成(enPiT)」における、IT技術者の学び直しをenPiT-Proとして展開しています。

これは産学協働で行う試みで、文部科学省が選定した大学と企業が連携し、分野や地域を超えて展開する実践的な教育共同プログラムです。

enPiT-Proでは大阪大学を中心に、15の大学がIT技術に関する4つの分野でプロジェクト型学習など実践的な内容の講座を展開するもので、これまでにも社会人が多く受講しています。

白書ではビッグデータ・AI分野で大阪大学が拠点となり、24大学と25企業が連携して開いた講座について紹介されています。

enPiT-Proは4分野それぞれで代表となる大学が中心となってサイトを立ち上げており、受講申込も可能です。

enPiT-Pro Emb(車載組込みシステム/IoT組込みシステム)
Open IoT教育プログラム(IoT関連分野の体系的な知識とスキルを短時間で身につけられる)
スマートエスイー(IoT、クラウド、ビッグデータ、AIの各技術を活用したスマートシステム&サービス)
enPiT-Pro Security(サイバーセキュリティ

・ナノテクを学ぶコースもあり

大阪大学と関連12部局の教員が連携し、ナノテクノロジーについて学ぶことができるのは「ナノサイエンスナノテクノロジー高度学際教育研究訓練プログラム(社会人教育)」 です。

遠隔授業を含む講義と実習を1年間行い、修士相当の高度教育を受けることができます。また、さらに知識と学識を深めたい修了生のために博士号を取得できる社会人ナノ理工学特別コースも開設されています。

このプログラムは職業実践力育成プログラム(BP)であり、厚生労働省との連携で教育訓練給付金の対象になっています。

大阪大学ナノサイエンスナノテクノロジー社会人教育プログラム

専門職大学院で学ぶ

専門職大学院とは国際的に活躍できる高度専門職人材養成に特化した大学院です。白書では産業技術大学院大学の例が紹介されています。この大学院は社会人に開かれた専門職大学院で、約8割が社会人です。

産業技術大学院大学では、ソフトウェア開発などの「アジャイル開発」や「ビッグデータ活用サービス」「高齢化対策モビリティ」などを産業界と連携した課題解決型教育(PBL)で展開しており、多くの社会人が受講しています。社会人が学びやすい学習体制が整っていることが特徴です。

産業技術大学院大学

・社会人向け実践教育プログラムを提供する大学

白書で紹介されている豊橋技術科学大学は、開学以来、社会人向けの実践教育プログラムにも力を入れており、たとえば集積回路技術講習会は2017年度までに37回開催されています。

ほかにも先端データサイエンス実践コース、次世代シークエンサー解析コースなど8つのコース、講習会、研修が行われています。

プログラムの中で文部科学省の「BP認可プログラム」になっているものに関しては、専門実践教育訓練給付金が申請できます。

豊橋技術科学大学

・ITに限らない女性の復職プログラム(民間による試み)

これはデジタル人材育成には限りませんが、ライフスタイルの変化で離職する機会が多い女性のリカレント教育についての取り組みを白書から紹介しましょう。

民間の取り組みとして、株式会社Warisでは育児や介護などの理由で離職した女性に特化した復職サポートを手がけています。同社では離職した女性に向けて、学び直しの場やインターンシップを提供することなどを通じて復職をサポートしています。

特に経営企画、マーケティング、広報、人事、経理・財務などの事務系総合職の経験者に対し、カウンセリングから応募書類の作成、企業インターン紹介などを含むきめ細かい支援を行っています。

株式会社Waris

仕組みをどのように使うか--
社会人の学び直しの問題点

このほかにも、全国のハローワークで展開されている「ハロートレーニング(ハロトレ)」では、在職者訓練および離職者訓練、求職者支援訓練を行っており、在職者訓練では「電気工事科」「溶接科」「機械加工科」「機械製図科」「情報ビジネス科」といった、ものづくりそのもののスキルを高めるのに有効な訓練内容があります。ITよりも熟練技能者としての腕を磨きたい場合はこうした仕組みを使うのも有効でしょう。

また、経済産業省にも仕組みができ「第四次産業革命スキル習得講座認定制度(通称:Reスキル講座)」がスタート。平成30年には認定された15事業者による21講座が開催されました。講座内容はこちらの「認定講座一覧」で確認できます。この講座のうち厚生労働省が定める一定の要件を満たし、厚生労働大臣の指定を受けたものは「専門実践教育訓練給付」の対象となります。

紹介してきた取り組みのいくつかは、条件さえ整えば助成金や給付金という形で金銭面の補助がある場合があります。受講者に支給されるものもありますが、事業主側に給付されるものもあり、後者の場合は会社として学び直しに理解があるかどうか?も大きなポイントとなるでしょう。

もう一つ踏み込むと、学び直ししてまでスキルを高めた労働者を、企業側が活用できているかどうか。時間をやりくりし、苦労して知識を身に着けたあと、実務でそれを活かす場があるかどうかは重要です。企業側の姿勢も試される時期と言えるでしょう。

今後、リカレント教育としてのプログラムはさらに拡充されるでしょう。その中からIT技術についての講座を受講するなどして自分の力を高め、唯一無二のデジタル人材に成長することができれば、製造業界の転職市場におけるあなたの価値は突出したものになるはずです。

「ものづくり白書2018」にみるこれから求められる人材とは?(後編)--社会人の「リカレント教育=学び直し」を国が支援