技術先進大国のドイツ、その将来を担う子供たちの義務教育で深刻な問題を抱えている。

ドイツシュトゥットガルト在住の川口マーン惠美氏(作家、拓殖大学客員教授)が9日、都内(日独協会)で講演を行い、ドイツの学校教育の問題点や日本との教育方針の違いなどについて説明した。ドイツでは州によって教育システムが異なるが多くの場合、6歳から4年間はみな基礎学校(Grundschule)で学び、その後は総合大学進学を目指す生徒が中心のギムナジウム(9年間)、おもに事務、専門職に就くために行く実科学校(Realschule、6年間)、そして職人を養成するための基幹学校(Hauptschule、5年間)のいずれかの学校を選んで進学しなければならない。

戦前から現在までずっと基本的にこの制度が続いてきたが、ここ数十年で中身の大きな変化が起ったと川口氏は言う。
1960年代はギムナジウムに行く生徒はクラスで数名。半分以上が基幹学校だったのが、今は半数~8割以上がギムナジウムに行く」
ドイツでは州によって、親に進路を決められる場合とそうでない場合がある。学校の先生が決める場合は、国語と算数の成績によってギムナジウム、実科学校、基幹学校に行ける許可証を与える。
「ギムナジウムに行きたいのに行けなかった子供の心の傷は深い。わずか10歳の子に勉強ができないという劣等感を植えつける」
多くのギムナジウム卒の親は自分の子供がギムナジウムに行けそうにないと聞くと大騒ぎして、子供の尻を叩いて猛勉強させたり、先生に直訴したりすることもあるそうだ。

「昔の基幹学校は職人の子が誇りをもって進学するところでしたが、現在は社会的に恵まれない子、移民の子、落ちこぼればかりが行く学校になってしまいました」
他方、職人の親たちは従来の手工業技術ではなくIT、ハイテク分野を子供たちに学ばせたいと思い、実科学校やギムナジウムに進学させるようになった。

このような基幹学校の荒廃(落ちこぼれの吹きだまり)が、優秀な職人を輩出してきたマイスター制度の崩壊につながってしまった。ギムナジウムに行けないことで劣等感を持った子供たちは勉強意欲が湧かず、義務教育レベルの知識が身につかないまま、社会に出て失業者、犯罪者の予備軍になってしまうケースも少なくない。
一方、ギムナジウムに進学する子供が増えすぎたことで高学歴化が進み、結果として優秀な技術者不足になってしまった。また、エリート教育が進みすぎると、いろんな職業、経済レベルの家庭の子供たちと接することが少なくなり、視野が狭い大人になる恐れがあるとも氏はいう。

「日本ではルンペンでも岩波新書が読めるくらいの知識をもっているのに、ドイツは分数の計算ができないなど基礎学力のない大人たちがたくさんいる。これは10歳から3つの進路に振り分けてしまうドイツの教育(三分岐型の教育制度)に問題があると思います」
早くから進路を振り分けることで教育格差を生み、それが貧富の差の拡大をも惹起してしまう。そこで、氏が指摘するように義務教育の平等性の確保を目指して、ドイツでも州によっては3つの学校をまとめた総合学校を設立しているところもあるが、あくまでエリート教育を重視して反対の声を上げる親も少なくないという。

近年、学校崩壊が叫ばれる日本だが、ドイツは一層困難で複雑な状況に陥っているようである。
(羽石竜示)

ドイツ・シュトゥットガルト在住の川口マーン惠美氏(作家、拓殖大学客員教授)