韓国の情報機関・国家情報院次長や大統領補佐官を歴任した羅鍾一(ラ・ジョンイル)氏の著書によれば、2013年12月に処刑された金正恩朝鮮労働党委員長の叔父・張成沢(チャン・ソンテク)元党行政部長は才気と魅力にあふれ、多くの人々を惹き付けたという。

現在、「北朝鮮のナンバー2」などと形容されることの多い崔龍海(チェ・リョンヘ)党副委員長などは猟奇的な行状で知られ、人望も薄いと言われる。

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張成沢氏はそんな「権力の権化」とは、一線を画す存在だったようだ。

しかし、韓国に亡命した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英北朝鮮公使の『3階書記室の暗号』を読むと、北朝鮮国民の中に、張成沢氏の死を惜しんだ人は多くなかったように思える。

金王朝ロイヤルファミリーの一員であり、党の最高幹部だった張成沢氏は、庶民からすれば「雲上の人」だ。彼がいかに魅力的な人物だったとしても、ほとんどの北朝鮮国民はそのことを知る由もなかった。ただ、庶民が彼の死に冷淡だった理由は、それだけではない。

朝鮮労働党は同月8日の中央委員会政治局拡大会議で、張成沢氏を「反党反革命的宗派行為」で糾弾し、除名することを決めた。そして翌日、同党機関紙の労働新聞はこの決定を伝える記事の中で、張成沢氏の「悪行」について次のように伝えた。

「張成沢は、権力を乱用して不正腐敗行為をこととし、多くの女性と不当な関係を持ち、高級食堂の裏部屋で飲食三昧におぼれた。
思想的に病み、極度に安逸に流れたため麻薬を使い、党の配慮によって他国に病気の治療で行っている期間には外貨を蕩尽し、賭博場にまで出入りした」

太永浩氏によると、北朝鮮の人々はこれを読んで驚愕し、張成沢氏を指弾したという。同氏の妻は、金日成主席の娘である金慶喜(キム・ギョンヒ)氏だ。国父の娘をめとりながら、何が不足で不倫を重ねたのか、というわけである。

しかし、ことはそこで終わらなかった。より大きな衝撃が、北朝鮮国民を襲ったのだ。

太永浩氏の著書によれば、張成沢氏の処刑後、巻き添えで粛清された幹部について、次のような情報が出回ったという。

「労力英雄の称号を受けたオボンサン管理所の所長も拘禁された。張成沢が遊び相手にしていて殺してしまった女性たちを、焼いてしまったという嫌疑のためだった」

オボンサン管理所は、火葬場や共同墓地を管理する組織だ。前述したとおり、党機関紙は張成沢氏の「不倫三昧」と麻薬の乱用を指弾していた。実際、彼は多数の女優やスポーツ選手を愛人にしていたとされ、北朝鮮では覚せい剤の蔓延も深刻だ。「殺してしまった女性たち」というのは、薬物の過剰摂取か何かで死んでしまった女性たちがいたということだろうか。

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ことの真偽は藪の中だが、噂が出回ったというだけで、北朝鮮国民には十分にショッキングだ。

こうした話が伝わるにつれて、特に娘を持つ親たちは恐怖と怒りに震えたという。北朝鮮には、学業の成績優秀かつ美貌に恵まれた10代の少女たちを選抜し、権力者たちに仕える人材に育てるシステムがある。有名な「喜び組」もまた、この中で養成される。

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庶民の多くはその堕落した内実を知らずにいたのだが、金正恩氏が主導した張成沢氏に対する告発がはからずも、権力中枢の醜悪な姿を全国民に知らしめてしまったのだ。

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北朝鮮の人権抑圧などに抗議する韓国保守派のデモで燃やされる金正恩氏の写真(2016年3月26日、ソウル/ニューシスKorea)