ドリアンの原産地、東南アジアのレストランのメニューにもないドリアンをメインに使った料理が、中国で人気だ。
特に、これからの本格的な冬到来で注目度の高いドリアン鍋は、ビタミンB1など栄養度が高くミネラルも豊富で、ドリアンマニアを釘づけにしている。
乾燥した冬には美容にも効果があるとして、流行に敏感な上海の若い女性の間で人気急上昇中。最もトレンディーな食べ物の一つとして定着しつつある。
上海の繁華街にある「ココナッツ・チキン・ホット・ポット」でも、「ドリアン鍋は人気で、月に数十キロほどのドリアンを使う」(同店関係者)と言い、まさにこれからがシーズン到来、稼ぎ時だ。
ドリアンは、日本では高級フルーツ店や百貨店などでしかお目見えしない珍しい東南アジアの果物。原産はマレーシア・インドネシア(ボルネオ島)だ。
見たことはあっても、味わったことがない日本人が多いのではないだろうか。
ラグビーボールより少し小さいくらいの大きさで、全体がトゲで覆われた何ともミステリアスな果物である。
「玉ねぎが腐ったような」「汗でぐっしょり濡れた靴下」のような強烈な匂いを発するが、「匂いは地獄、味は天国」とも言われる。一度食べると病みつきになってしまう日本人も意外に多い。
かく言う筆者もその一人だが、ほかのフルーツとは比較にならないほど栄養価が豊富で、しかも強精作用がある。
かつてマレーシアの国王がとりわけ好んだことから「王様の果実」と称されるようになり、今ではその威嚇的な風貌から「果物の王様」と呼ばれるようにもなっている。
原産地の東南アジアでは「国民食」とされ、ドリアンをたらふく食べるために日夜、一生懸命働くとも言われている。
そのドリアン熱は中国にも波及、今や中国人の「ドリアン狂」は、世界髄一とさえ言われるようになった。
中国で消費されるドリアンは、ほとんどが東南アジア地域から輸入されている。輸入額は年々増加、国連の統計によると2017年には5億ドルに達し、輸入量は過去最高の35万トンに上った。
2016年比で15%も増加した。輸入果物の中でも断トツの伸びを示している。その40%を世界最大のドリアン輸出国タイから取り寄せている。
タイの対中国輸出額は約90億バーツ(約315億円)に達し、タイで生産されるドリアンの約80%が中国に輸出されている。
ここ5年間で中国への輸出量は倍増。中国人が最大の顧客に躍り出た。大きくて、権威的なものが大好きな中国人は「果物の王様」に、すっかり魅了されてしまったようだ。
タイと世界2位のドリアンの生産国マレーシアでは、ドリアンは朝市や道ばたの露店、スーパーなど、街の異たる所で販売されている。
しかし、中国ではネット販売が主な流通ルートだ。そもそもドリアン人気の火つけ役となったのがアリババに代表される「ネット販売」だった。
アリババのジャック・マー会長自らがタイを訪問。タイ政府とドリアンの輸出関連で商談を交わしたという。今では同社全体のネット販売の中で「最も人気の高い商品の一つ」(アリババ関係者)に踊り出たそうだ。
特に、今春からはアリババだけでなく各大手ネット通販でも爆発的に売れ始めた。
4月には、ネットショップ「天猫」で販売開始、わずか1分足らずで、取引件数が過去最高の8万件に上り、「200トン」のドリアンが一瞬のうちに完売。
さらに、「蘇寧生鮮」でもドリアンが最も人気の商品となり、輸入生鮮食品の販売ランキングでは、常連の豪州の牛肉、チェリーに次ぎ、堂々の3位にランクインされた。
まさに中国のネット販売の「カネのなる木」にまで成長した。
こうした中国のドリアンファンの爆買いに後押しされ、タイ商務省によると、タイの対中国輸出額は増加の一途を辿り、タイのドリアンシーズンを迎えた4月の輸出量は前年比700%増に達した(タイ商務省)という。
しかし、この空前のドリアンブームは良いことばかりではない。タイの農村の原風景をも変えてしまうほどの「ドリアン津波」とさえなっているのだ。
タイは世界一の天然ゴムの生産を誇ってきた。こちらも中国の経済成長に伴い主な輸出先が中国になり、2000年代になると価格が急上昇したことから天然ゴム栽培農家が拡大したという事情がある。
そして中国が世界の工場から世界の胃袋へと変わりつつある中で、ドリアン輸出が急増、タイでは今度は天然ゴムからドリアンへと作づけを変更する農家が続出しているのだ。
天然ゴムは、カンボジアやミャンマーなど低コスト生産国の追い上げを受けて価格が低下したこともあり、これまで手塩にかけて育ててきた天然ゴム林を伐採し、ドリアンを植林するようになった。
マレーシアでも同じような現象が起きている。
マレーシアのドリアンは、フルーティーでさっぱりしたタイのドリアンに比べ、濃厚でチーズケーキのようにクリーミーで食べ応えがあり、こちらも中国人に大人気だ。
中でも、中国人のお目当ては、ドリアンの最高品種「猫山王(ムサンキング)」。
平均的なタイドリアンの約10倍以上の価格で、高い時には1キロ3000円ほどにもなるが、果物の王様の中の王様ということもあり、中国人には一番人気だ。
その影響で、最近はタイ産の「偽ムサンキング」が中国市場で出回っている。
マレーシアのムサンキングの爆発的な人気を背景に、中国政府はこれまで禁止していたマレーシアからの生ドリアン輸出を許可し、来年早々から解禁されることが明らかになった。
こうした中国政府の方針を受け、マレーシア政府は同国の最大の産業の一つで輸出主力製品だったパーム油に代わり、ドリアン栽培を新たな主力産業として位置づけ、生産拡大を図る計画だ。
「1ヘクタール当たりの収益が、ドリアンはパーム油(アブラ椰子)のほぼ10倍。農産品の中のカネなる木」(マレーシア政府)と主力輸出商品としてのドリアンの商機に大きな期待を寄せ、パーム油農家にもドリアン栽培への転化を奨励している。
不動産やパーム油産業などで知られるマレーシアを代表するコングロマリット企業のベルジャヤグループの関係者は「パーム油栽培の一部をドリアン生産に切り替える方針だ」と明かす。
また、これまで天然ガスやパーム油生産が主力だった東マレーシアのサバ州では、「5000ヘクタールの土地をドリアン栽培に転化する予定」(サバ州与党関係者)だいう。
ドリアンや日本の和牛肉うどんなどが好物のマハティール首相も「マレーシアの良質のドリアンは、今後、主力産業として育成していきたい」と話し、政府主導でドリアン農地を拡大する計画だ。
マレーシア政府筋によると、現在、年間輸出量は年間生産量3万トンの約5%(約1万4700トン)に過ぎないが、「2030年までには、50%増の輸出拡大を図る方針」という。
マレーシアは、かつて天然ゴムの世界一の生産国だった。しかし資源価格高騰の波に乗ってパーム油生産に切り替え、アブラヤシ栽培を国内の主力産業に育て上げた。
今では、世界のパーム油生産の約90%がマレーシアとインドネシアで生産されている。
ところが昨年末、EUがパーム油由来のバイオ燃料の使用を2030年までに段階的に禁止する方針を決定。
これを受けパーム油の市場価格は暴落。「こうしたユーロリスク回避の有効策として、ドリアンに白羽の矢が立った」(マレーシア与党関係者)。
パーム油に代わりドリアンをマレーシアの主力産業、ひいては、主要輸出製品に育成させたいようだ。
EUがパーム油使用の禁止に踏み切った真の理由は、欧米市場で席巻する大豆油の保護が本当の目的だが、「パーム油生産のアブラ椰子栽培は、森林伐採など環境や生態系破壊につながる」としている。
中国のドリアン熱に拍車をかけるマレーシアやタイのドリアン栽培の農園拡大も、実は環境や生態系への悪影響が懸念されている。
マレーシアの最大のドリアン産地で、中国人が愛して止まない「猫山王」の名産地のマレーシア中部パハン州ラウブ地域は平素はのどかな農村地帯だが、旧正月などには中国人観光客が大型マイクロバスで押し寄せる。
同地域の森林保護地帯の約900ヘクタールほどの大規模な地域で、森林が伐採され、猫山王が栽培される計画が持ち上がっている。
国際的な環境団体などが、ドリアンが大好物のアジア象やマレートラという絶滅の危機に瀕している動物の生息地が隣接しており、「生態系への悪影響が懸念される」と計画に反対している。
さらに昨年末、マレーシアを含む世界的に絶滅の危機が囁かれるオオコウモリがドリアンの花粉を媒介することが学術誌「エコロジー・アンド・エボリューション」に発表された。
その論文を発表したマレーシアの環境保護団体「リンバ」のアジズ氏は「マレー半島に近いティオマン島での研究で、オオコウモリがドリアンの花の蜜を求め、やって来て同時に授粉を行った」とドリアンの育成には、オオコウモリが欠かせないことを初めて明らかにした。
ドリアンの大量の栽培がこうした生態系に大きな影響を与えることは必至で、世界中から厳しい視線を注がれる危険性もある。
一方、ブームほど将来性が不明なものはない。ドリアンに主力産業を転換しても、移ろいやすいブームの行方によっては初期投資に見合った収益が得られない危険性もある。
しかも、「天然ゴムやパーム油の生産に比べドリアン栽培は難しく、収穫までの期間が長い」(東南アジア投資家)という問題もある。また乱作で天然ゴムなどと同じように価格が低下する懸念も否めない。
中国のドリアン熱は、東南アジアの原風景を一変させるだけでなく、域内の伝統産業を破滅に追いやる新たな「チャイナリスク」を抱えているともいえる。
(取材・文・撮影 末永 恵)
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