『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソン「日本人とは何か」というアイデンティティについて問う――。

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あれは国家による史上最大級の"経済的自傷行為(エコノミック・セルフ・ハーム)"だ――。EU首脳会議で正式に条件合意された,(ブレグジットイギリスのEU離脱)を、ヒラリー・クリントン元米国務長官はそう評しました。

本当は経済の問題であるにもかかわらず、BREXIT推進派はそれを人種論に差し替え、より経済を悪化させる決断を国民に促した、と。

論理よりも感情が優先され、国民投票でBREXITが可決された背景には、「イギリス人のアイデンティティが失われる」という被害妄想がありました。このまま移民が増え続ければ、仕事が奪われるばかりか、外国人(特にムスリム)に国が乗っ取られ、イギリスイギリスでなくなってしまう......。

多くの人々が極右ポピュリストに揺さぶられ、アイデンティティの危機を感じたのです。

似たようなことは近い将来、日本でも起きると思います。もともと排他性が強い国ではありますが、外国人労働者の受け入れ議論が進み、在日外国人が否応なく増え続ければ、その傾向はさらに強まるでしょう。

もう少し言えば、日本の場合は「日本人とは何か」というアイデンティティ自体が非常にいびつです。

ほんの150年ほど前までの日本は、江戸幕府の下に藩が乱立し、言葉も標準化されておらず、鎖国状態で、Nation State(国民国家)の概念などありませんでした。そこへ黒船が現れ、明治政府は急場しのぎで「日本」を統合して近代化を急ぎ、欧米の「国民国家」や「人種」という考え方を丸ごと輸入したわけです。

欧米諸国とは前提条件がまったく違うのだから、本当はこの問題をじっくり咀嚼(そしゃく)する猶予期間が必要でした。

しかし状況がそれを許さず、日本人のアイデンティティはきちんと定義されぬまま、日露戦争に勝ち、中国や朝鮮などアジアの国々を下に見ることで、欧米に対する劣等感をごまかしてきたように思います。その曖昧(あいまい)さはやがて興奮状態の全体主義にのみ込まれ、後戻りできない戦争ヘと突き進んでいきました。

敗戦後は「アメリカの軍事力に守られる」という矛盾に直面し、一部の反米右翼、親米保守、そして革命を叫ぶ共産主義者が、「日本」ではなく「アメリカ」を軸に答えのない議論を続ける一方で、市民社会はいわば拝金主義的に、自分たちの存在を経済復興に重ね合わせました。

1980年代に世界中が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛したときも――そして今に至るまで、アイデンティティ問題は宙に浮いたままです。最近、「日本は素晴らしい」「日本人は美しい」といった言説が一部でもてはやされるのは、こうした曖昧さが限界に達し、日本人が混乱しているからかもしれません。

しかし、これは実にもったいないことです。社会を前進させるイノベーションの源泉にあるのは、新しい変化を求める流動性であり、カオスです(近年はそこにテクノロジーが結びついています)。極右ポピュリズムが吹き荒れる欧米の国々では、これからイノベーションが停滞するでしょう。

だからこそ、日本にとって今はチャンス。排外ナショナリズムに感染するのではなく、個人レベルで「自分とは何か」を哲学し、覚醒してほしい。「日本人」というものに大した意味はないのです。常に弾力性のある思考、開かれたマインドで未来を見てほしいと思います。

モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(朝日放送)、『報道ランナー』(関西テレビ)などレギュラー多数。2年半におよぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

「『日本人』というものに大した意味はないのです」と語るモーリー氏