強い使命感で仕事にやりがいを感じる看護師は多い(写真:Fast&Slow / PIXTA)

少子高齢化社会では、高齢者のための介護や看護、女性の社会進出のための保育などのサービスの質の重要性が増す。看護の質については大竹文雄・平井啓(編著)『医療現場の行動経済学』の第13章4節で紹介されているように、看護師の賃金が低くても質の高い看護を供給する人たちが看護師を職業として選ぶ、という理論仮説を提唱した研究がある。

この仮説では、利他性や使命感の強い人は看護の仕事にやりがいを感じるので、たとえ賃金が比較的低くても職業として看護師を選ぶ、と考える。この仮説が正しければ、看護には労働市場で同じようなスキル・経験、業務での苦労の度合いに対して市場賃金が支払われる市場メカニズムだけでなく、利他性や使命感に基づく共同体メカニズムも働いていると解釈することができる。また同様の共同体メカニズムは看護だけでなく、介護や保育にも働いていると考えることができる。

社会的な評価の難しさ

このような共同体メカニズムは社会的に望ましいだろうか。それを評価するのは難しい問題である。サービスの質が上がること自体は経済効率の観点から望ましい。しかし介護士や看護師保育士が市場賃金より低い賃金で働いている場合、公平性の観点からはどう考えたらよいであろうか?

もしも悪徳経営者が利己的な目的のために看護師らの利他性や使命感を利用している場合があるとしたら、大きな問題があろう。一方で共同体メカニズムが利他性や使命感を促進する働きを持つとしたら、前回の記事「経済学は『人としての成長』を促進できるか」で紹介した徳倫理の美徳の獲得を重視する観点からは、そのような働きは望ましい。

ここで簡単に徳倫理を説明すると、忍耐強さなどの節制や恐れるべきことしか恐れない勇気などの美徳を獲得していき、社会に貢献することを幸福(エウダイモニアと呼ばれる、生活満足度や効用とは違う幸福)とする倫理観である。

行動経済学では、例えばダン・アリエリー『ずる―嘘とごまかしの行動経済学』に書いたように、人の倫理的行動について実験などを用いた科学的研究が進んでいる。また、昨年ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーがキャス・サンスティーンとともに提唱し共著書『実践行動経済学』でわかりやすく説明しているリバタリアン・パターナリズムやナッジのように、新しい政策手段を開発するための思想の発展もあった。

これに対し、共同体メカニズムをどのように評価すべきか、という難しい問題について行動経済学の研究者がおおむね一致するようになるには、これからの多くの研究が必要であろう。しかし現時点でも、どのように考えていけばよいかという道筋について、行動経済学の知見が有益であろう。