アクリル板越しではない、ごく普通の会議室で採用面接が始まった。志望理由、入れ墨の有無、前科などを聞き、待遇について説明する北洋建設の小澤社長
アクリル板越しではない、ごく普通の会議室で採用面接が始まった。志望理由、入れ墨の有無、前科などを聞き、待遇について説明する北洋建設の小澤社長

これまで雇用した出所者は500人以上。罪を犯した者を積極的に受け入れてきた北海道の建設会社「北洋建設」。社長自らが行なう刑務所内面接に、今回初めて同行が許可された。

そこでは何が語られるのか? 難病を抱えながらも、今なお面接を続ける理由は? その真意に迫った!

■2000円札を一日1枚支給

北海道樺戸(かばと)郡月形町(つきがたちょう)にある月形刑務所は、刑期が10年未満で主に再犯を繰り返す受刑者を収容している。

11月1日、そこである採用面接が行なわれた。

「失礼します」

緑色の受刑者服に身を包んだ40代の男性A氏が、刑務官につき添われ部屋に入ってきた。

「気をつけ。礼。直れ。称呼番号と氏名」

刑務官の言葉にA氏は「○番。Aです。本日はよろしくお願いします」と頭を下げ、着席した。

机を挟んだ目の前には、将来の雇用主になるかもしれない北洋建設(北海道札幌市)の小澤輝真(てるまさ)社長(44歳)が座っている。

ドラマで見るようなアクリル板越しの対面ではない。ふたりの間を隔てているのは机だけの普通の部屋だ。

簡単なあいさつの後、小澤社長が尋ねた。

──なぜウチで働こうと思ったの?

「出所者の更生のために、病身を押して頑張る小澤社長の姿に感銘しました。北洋建設で骨をうずめるつもりで頑張りたいです」

──入れ墨はある?

「消した跡があります」

──前科は?

「7犯です」

──ゼンナナ?

「はい」

この後、小澤社長が会社の説明に入った。イベント会場のステージや建設現場での足場を組む建設業であること。初任給は17万5000円。社屋の隣に社員寮があり、一日3食の食費1500円と一日の寮費が水道光熱費込み400円で月5万円ほどかかること。

最初の頃はお金がないと思うので、自分から「もういいです」と言うまで一日2000円札を1枚支給すること。

なぜ2000円札かというと、珍しいからだ。受け取る側にすれば特別なお金をもらう実感を持てる。だから、大切に使ってくれるだろうとの小澤社長のもくろみがある。

■全国の刑務所から毎日4、5通の手紙

小澤社長は言葉を続けた。

──何か質問はありますか?

「私、現在、現金がまったくない状況で作業靴も作業服も、パンツも普段の衣服もまったく買えないのですが......」

この不安に小澤社長はこう返した。

──そういう人(前科者)はウチにいっぱいいるから、心配しないで。会社に来たら、その日のうちに道具とか服とか、10万円から20万円かかるけど全部出すから。車の運転免許取得費用は貸します。

「はい、わかりました」

──大丈夫ですか?

「はい」

──じゃあね、書類はないけど、あなたを内定ということにするから、ね。

「はい、わかりました。ありがとうございます!

──で、出たら(出所したら)どうやって札幌まで来る?

「ここから岩見沢駅まではバスで行って、岩見沢駅から札幌までJRで行きます」

──札幌駅に何時に着くか、岩見沢駅から電話ください。そこまで来られるお金はあるのかい?

「ギリギリですが......」

──じゃ、ウチの会社から1万円を送るんで、それを自由に使ってください。札幌駅まで迎えに行くんで。

「はい」

──ところで、今回はなんで捕まったんだい?

「窃盗です」

──覚醒剤とかではない?

「はい」

──何を盗んだんだい?

「会社の車です」

──悪いことをして捕まったんだから、反省が大事。きちんと反省してやってください。

「はい」

──じゃあ、待っています。体に気をつけてね。

A氏はホッとした顔になり、「ありがとうございます」と一礼して部屋を出て行った。

* * *

1973年創業の北洋建設は、初代の小澤政洋氏(輝真氏の父)が社長を務めた時代から、刑務所少年院の出所者を積極的に雇用してきた。その数は、この45年間で500人以上に上る。現在、社員約60人のうち20人近くが出所者だ。

政洋社長の時代は、人出不足解消の手段として仕事のない出所者を採用していたが、今の小澤社長は「仕事さえあれば人は再犯をしない」との信念で全国の刑務所を飛び回り、所内で受刑者と採用面接を重ねている。

北洋建設の元には全国の刑務所から少なくとも毎日4、5通の手紙が届く。その多くが「御社で働きたい」という受刑者からの就職希望だ。

小澤社長は手紙を受け取った後、受刑者に反省文を送るようにとの手紙を出す。そしてまず返事をくれない人はアウト。字のうまいへたではなく、丁寧に書いていない人もダメ。

全国の刑務所から毎日4、5通の手紙が届く。小澤社長は手紙を受け取った後、受刑者に反省文を送るよう手紙を出す。その返事に心からの反省と更生の意欲が表れていることが大事だという
全国の刑務所から毎日4、5通の手紙が届く。小澤社長は手紙を受け取った後、受刑者に反省文を送るよう手紙を出す。その返事に心からの反省と更生の意欲が表れていることが大事だという

また必ず、「自分の罪で迷惑をかけた人やその家族へのお詫びの気持ちがつづられていることがマスト」で、絶対に社会復帰して二度と罪を犯さないという強い気持ちが表れていることが大事だという。ただし、放火犯と性犯罪者は採用していない。性犯罪者には仕事よりも治療が必要であり、放火は再犯の可能性が極めて高いからだ。

こうした条件をクリアした人で、そこに心からの反省と更生の意欲を見出すことができれば、小澤社長は全国どこの刑務所にも行く。

だが、その移動には必ず社員の付き添いが必要だ。なぜなら小澤社長は2013年、身体機能を徐々に奪われる難病の「脊髄小脳変性症」に罹患したからだ。現在、自力で歩行はできず、移動は車椅子が頼り。発声も不明瞭になりつつある。

また、指が常に震えるため、文字を書くことができない。6年前の発病時に、医者からは「余命10年」と告げられている。単純計算すれば、あと3年ちょっとだ。

こうした状況に置かれながら、小澤社長が受刑者の採用を続けるのはなぜか。それは幼少期から出所者がそばにいる環境で育った小澤社長にとって、出所者の雇用はごく当たり前のことだからだ。

1992年、父・政洋さんが同じ病気で50歳で死去すると、母・静江さんが2代目社長に就任し、高校を中退していた17歳の輝真さんは急遽入社。そして、2014年に社長に就任するが(静江さんは会長に就任)、入社してから驚いたのは、世間では出所者雇用が実は当たり前ではないという事実だった。

★この続き、後編は明日(12月20日)配信予定です。

●小澤輝真(おざわ・てるまさ)
1992年、創業者の父が亡くなり、17歳で北洋建設に入社。2014 年には社長に就任。父と同じ、難病の「脊髄小脳変性症」に罹患した。移動は車椅子で、発声も不明瞭になりつつあるが、受刑者の採用で全国を飛び回る

取材・文・撮影/樫田秀樹

アクリル板越しではない、ごく普通の会議室で採用面接が始まった。志望理由、入れ墨の有無、前科などを聞き、待遇について説明する北洋建設の小澤社長