新国立劇場バレエ団(以下新国)、新年最初の公演は「ニューイヤー・バレエ」だ。今回の公演はミハイル・フォーキンの2作品『レ・シルフィード』『ペトルーシュカ』に、中村恩恵振付の新作『火の鳥』を上演する。同バレエ団はフォーキンの『火の鳥』もレパートリーとしているが、今作は2017年『ベートーヴェンソナタ』に次ぐ、中村との"コラボレーション"だ。男性ダンサーが中心で、女性ダンサーは娘役ただ1人という中村版『火の鳥』の構成は、女性が中心、男性は詩人役1人だけという『レ・シルフィード』の対極にもあるようで、これも興味深い。今回は『火の鳥』に出演する火の鳥役の木下嘉人、リーダー役の福岡雄大、王子役の井澤駿に話を聞いた。

『ベートーヴェン・ソナタ』 撮影:鹿摩隆司

ベートーヴェンソナタ』 撮影:鹿摩隆司

■「アリス」でダンサーたちみんながレベルアップ

――まずは大成功に終わった開幕公演『不思議の国のアリス』(以下「アリス」)の感想からお願いします。

福岡 無事に終わってホッとしています。2キャストだけだったので、特にアリス役の女性2人(小野絢子、米沢唯)は苦労したのではないかと思います。僕はジャック役とマッドハッターの2役を踊ったのですが、やはり大変でした。
アリス」はバレエ団のみんながそれぞれにがんばって、その経験で踊り方が変わってきたように思います。手に取るように結果がついてきていて、ダンサー個々のレベルが上がったと感じます。

井澤 僕はイモムシ役でしたが、普段踊らないようなキャラクターだったので楽しかった。役に向き合う期間が2カ月ほどあり、工夫し集中してキャラクターに向き合えた。またこれまでクラシック以外のバレエにこんなに長い期間向き合うことはなかったので、それもとてもいい経験になりました。タルト・アダージョ(※『眠れる森の美女ローズ・アダージョのパロディ場面)もすごく楽しかったです(笑)。

――木下さんは白ウサギとルイス・キャロル、そしてサカナと大活躍でしたね。

木下 白ウサギやルイス・キャロルアリスジャックとの絡みもあるので、福岡さんや小野さんという大ベテランの方々と一緒に踊らせてもらい、非常に大きな経験を得られました。白ウサギサカナという役柄ばかりでなく、エンターテインメントの舞台という場での表現についても、僕の中では一歩前進できたかな。それぞれの役に意味があり、サカナにしても顔の位置や向き一つに対しても考え、かつ自分が何をすべきか、ということにしっかり向き合え部分が大きく、勉強になりました。

■ヒールは20センチ! 象徴としての「火の鳥」を巡る物語

――続いて中村版『火の鳥』についてお伺いします。火の鳥役は新国立劇場バレエ団のインスタグラム2018.12.2)で拝見したところ、すごいハイヒールを履いていて驚きました。

木下 あの靴をデザインした方はとても有名なデザイナーで、履きやすいように工夫されていて安定感もあります。でも僕自身ハイヒールを履いたことがなかったので、まず歩くこと、慣れることに必死です(笑)。高さが20センチあるので実質あれを履いて立つと190センチを超える……2メートル近くなるんですよね。

――そうするとあまり動きがないわけですか。

木下 普段動くほどは動けないですね。中村さんがおっしゃるには、「火の鳥はいろいろな力によって助けられて動いている」と。確かに思った以上に動かないし、黒子に支えられている。

――ではむしろ存在感の方が重要なのかもしれないのですね。なぜ火の鳥木下さんがキャスティングされたのでしょう。

木下 外見は男性的、内面は女性的な部分を強調してほしいとは言われているのですが……。もしかしたら僕の内面が女性っぽいと思われたのかな。

福岡 「火の鳥」っていうからバサバサっと飛ぶのかなと思ったら、まさかのヒールで驚きました。

木下 うん、ヒールはまさかと思いましたよね(笑)。

福岡 すごく似合ってる(笑)。どこで練習しているんだろうって思うくらい履き慣れてきているし。

木下 リハーサルの時はずっと履いているんです(笑)。

■国への思いとともに「火の鳥」を巡る王子とリーダー

――火の鳥を中心に、王子や反乱軍のリーダーが関わってくるわけですが、それぞれどのようなキャラクターなのでしょう。

井澤 国王が国を治めるための力を得るため、火の鳥の羽を手に入れようとする。王子はその羽を取りに行くわけです。王子は純粋に国のために、と信じて行動します。国王の方はわりとブラックな、支配しようという考えがあり、それに対抗する反乱軍がいる。そうしたなかで戦い、争い、物語が起こっていく。

――福岡さんの「リーダー」という役は。

福岡 それはすべてが振付に入っているので、振付の通りにやれば役になる。ただ僕としては反乱軍というよりも、革命軍のつもりです。反乱軍というとマイナスのイメージがありますが、リーダーはリーダーとして正義を持っているわけで。

――国を良くしたい、という思いがリーダーにはあるわけですね。

福岡 はい。そのために彼は火の鳥の羽を手に入れたい。火の鳥の羽は物語の中で「力や破壊」を象徴するものなので、革命軍としては破壊の力を持ちたいのかなと思います。そのうえで、自分が正義だと思ったものに突き進んでいくような感じかもしれないですね。

――物語のテーマについてはどのように考えていらっしゃるのでしょう。

井澤 いろいろな解釈ができると思いますが、中村さんは戦争というものを投影し、考えているのかなと感じました。核を抑止力と考えたり、核を持っている方が純粋に強いという考えがあったり、そうした様々な価値観の中で、人の生き方や生き様を描こうとしているのか……。奥が深いなと思いました。最終的には人間のいざこざってすごく虚しいなと思うような、そんな考えさせられるようなストーリーになるのかな。

――力の象徴である火の鳥を巡り、権力者側と対抗勢力がぶつかり合う。そこに娘役として米沢さんと五月女遥さんが関わってくる物語ですね。 

■「可能性を広げてくれる」――ダンサーが語る、中村作品の魅力

――中村さんの作品の魅力はどこにあるのでしょう。

木下 中村さんは個々の役がどのような人間であるかということを、とても大事にしていらっしゃる。役の感情をどう表現しなければいけないかを考える必要があるのですが、でもその作業にすごく引き込まれる。中村さん自身に引き込まれます。

井澤 考えていらっしゃることが独特で、物事を探求されているということが、話を聞いていて伝わってくる。今回の『火の鳥』についてもいろいろな本を何冊も読んでいらして、それが頭の中でいろいろ組み合わさり、作品に反映されている。そういう作品に向き合う姿勢は本当に尊敬します。

福岡 物事をすごく広い目で見ていらっしゃると感じます。自分の中で『火の鳥』という作品は、一度踊ったことのあるフォーキン振付の『火の鳥』のイメージが強いのですが、火の鳥ヒールを履くなど、アイデアが独特ですよね。
振付も個々のダンサーに対して、「この人だからこう振り付けたい」というのを持ってくださっていて、実際にそういう振付をしてくださいます。ダンサーの可能性を広げてくれるんです。動きにしても、「もっと伸びたら」とか「もっとゆっくり動いたら」とか、些細なことかもしれませんが、そういう些細なことが僕たちダンサーからすると時には革命的なことだったりする。中村さんの作品を踊っていると、そういったことが自然に体験でき、会得できる。それが醍醐味なのかなとも思います。

『ベートーヴェン・ソナタ』 撮影:鹿摩隆司

ベートーヴェンソナタ』 撮影:鹿摩隆司

■振付家の思いが伝わるように踊りたい

――ニューイヤー・バレエ火の鳥』に向けた思いをそれぞれ語ってください。

福岡 中村さんがお客様に伝えたい思いをうまく表現できればと思います。またダンサーみんなの違った一面も見ていただけると思うので、お客様の目と心にどう映るのか今から楽しみです。本当は客席で見たいんですけど(笑)。

井澤 僕も中村さんが考えていらっしゃることを舞台上で表現できるよう、追求したいと思います。

木下 ヒールを履いて踊るというのはまずない機会なので、がんばっていきたいです。ストーリーの解釈もお客様それぞれにあると思います。中村さんが考えていらっしゃるような火の鳥を表現したいと思います。

――象徴としての火の鳥は人間ではないし、でも動物でもない。そういう役を演じるために、どう考えていこうと思っているのですか。

木下 難しいですよね……(笑)。外見は僕だけど内面は女性みたいな、振付にはそんな動きも入っているので、それをまとめて一つにできるように集中できればと。中村さんのお話を集中して聞き、それらを一つひとつ表現していくうちに一体感が出てくるのかな。

――すごく難しく、でもやりがいのある役ですね。舞台が終わったあとに、もう一度お話を聞いてみたいです。

福岡 あとは見てのお楽しみですね。平成最後の「ニューイヤー・バレエ」の『火の鳥』を、木下君がびしっと締めてくれると思います(笑)。

取材・文=西原朋未

(左から)井澤駿、木下嘉人、福岡雄大