父親になる心の準備も、結婚するお金の準備もない男性の子どもを身ごもった36歳女性のケース。「本当に俺の子なのか」と逃げ回り、「美人局(つつもたせ)と同じだ!」と暴言を吐く男性に、責任を取らせることはできるのでしょうか。今回はその後編です。

支払うべき養育費は1000万円以上

 そして、2つ目のポイントは、出産中絶の選択権の所在と金銭負担のシミュレーションです。彼は中絶を強要した自分より、中絶を決めた麻衣さんの方が悪いと言わんばかり。身勝手な持論を展開し、責任の所在をすり替えようとしてきたのです。しかし、考えてみてください。

 もし麻衣さんが彼の反対を押し切って出産に踏み切った場合、どうなるのでしょうか。中絶するには子の父親である彼の同意が必要ですが、逆に、出産するのに彼の同意は不要です。なぜなら、彼の同意がなくても、そのまま時間が経過し、途中で何事も起こらなければ、子どもは無事産まれてくるのだから。

「出産するかしないかを決めるのは、彼ではなくあなたですよ。だから、もっと堂々としていないと!」

 私は麻衣さんを励ましたのですが、彼にとって子どもの存在は不都合なのだから、麻衣さんを説得し、中絶に同意させ、手術を受けさせなければ困るのは彼の方です。しかも、おなかを痛めるのは、彼ではなく麻衣さんなので、本来、彼が麻衣さんに頭を下げるべき力関係のはず。

 彼が心配しているのは、子の行く末や麻衣さんの体調ではなく自分の懐事情だけ。「あの女にだまされたんだ! できない体だから(コンドームを)つけなくても大丈夫って言うから」という理由で親と子の縁を切ることは不可能。しかも、親と子の間には法律上、扶養義務が存在するので、彼は子が成人するまでの間、麻衣さんへ毎月決まった額の養育費を支払わなければなりません。養育費の受け取りは、麻衣さんではなく子どもの権利で、妊娠の経緯を理由に支払いを拒むことは困難です。

 例えば、厚生労働省の「平成23年度全国母子世帯等調査結果報告」によると、母子家庭が受け取る養育費の平均は毎月4万3482円。つまり、彼が支払うべき養育費は合計で1043万5680円(毎月4万3482円×20年)なので、養育費の有無で人生が変わります。

「できない体だから(コンドームを)つけなくても大丈夫」と誘ってきたのに…納得のいかない経緯で望まざる子が誕生したとしても、彼が1000万円の大金を失うことに変わりはないのです。

 一方、麻衣さんが彼に請求した中絶費用は25万5000円。万が一、麻衣さんが途中で「やっぱり産むから!」と翻意した場合、このまま何事もなく堕胎する場合に比べ、男性の負担額は40倍(養育費1000万円は中絶費用25万円の40倍)に膨れ上がるのだから、雲泥の差です。彼が「どうしても産まないでくれ!」と頭を下げるのが先か、麻衣さんが「どうしても産めないの!」と泣きつくかのが先か…互いが互いの腹を探り合う「チキンレース」の様相を呈してきたのですが、長引けば長引くほど「出産」という悪夢が現実味を帯びてくるので長期化すると困るのは彼の方。

「ああ言えば、こう言う」という不毛な応酬に業を煮やしたのか、彼は麻衣さんのことを「金の亡者」だと揶揄(やゆ)してきたのです。「結局、金か?! 金さえもらえれば、それでいいのか」と、子どもの命をお金で解決しようとするあさましい女だと麻衣さんの人格を否定しにかかったのです。

責任の取り方はデキ婚することだが…

「ヤリモクの分際で何様のつもりですか? 心外です!」

 3つ目のポイントは、デキ婚拒否の代償と命の価値の検討です。麻衣さんはそんなふうに憤りますが、もし麻衣さんが明日の生活に困るほど困窮しているのなら、最低限の倫理観すら欠落し、金目のものは何でも現金化する…身ごもった新しい命ですら換金しようと試みるかもしれません。目先のお金欲しさに胎児の命を絶つことも厭わないでしょう。

 しかし、麻衣さんが本当に望んでいるのは、彼と結婚して一緒に暮らし、夫婦として新しい命を育むことです。決しておろしたくておろすわけではありません。彼のしかるべき責任の取り方は麻衣さんとデキ婚をすることです。「できない体だから(コンドームを)つけなくても大丈夫って油断させておいて…絶対に許せない!」という男らしからぬ女々しい泣き言を封印し、苦虫をかみつぶしながら「お嬢さんを僕にください!」と麻衣さんの父親に頼み込むのを手始めに、指輪や式場選び、結納や結婚式、披露宴、新婚旅行などのハネムーン行事に作り笑いを浮かべながら参加すれば何の問題もないのです。

 しかし、彼は「はらませたら一緒になるのが責任」という、常識中の常識すら守ろうとしないのに、「金のために中絶するんだろ!」と麻衣さんを揶揄するのは論外です。

子どもの命の方が大事に決まっているでしょ! 本当に欲しいのはお金じゃなくて結婚なのに、そっちに結婚する気がないから、お金で手を打とうって言っているのが分からないの?」

 麻衣さんは嘔吐(おうと)や頭痛、そして、腹痛を我慢しながら最後の力を振り絞ってLINEを送ったのですが、彼はどんな反応をしたのでしょうか。

「できない体だってうそをついて妊娠した揚げ句、金をせびるなんて美人局と同じだ!」

「人の振り見てわが振り直せ」という言葉がありますが、彼は麻衣さんの振りを見ても自分の振りを直そうとせず、どういうわけか加害者なのに被害者のように振る舞っており、とにかく疑り深い。

 請求額25万5000円を受け取っても飽き足らず、事あるごとに「もっともっと」とゴネるのではないか、今回の件を実家の両親や会社の上司、そして、近い将来に現れる新しい彼に言いふらすのではないか。最悪の場合、後遺症の症状や投薬の副作用、そして元からの情緒不安定を理由に「慰謝料を受け取ったかどうか記憶があやふや」などとシラを切るのではないか…。「(子どもが)できないと言っていたのにできた」せいで彼は疑心暗鬼の塊と化していたのです。

関わりたくない一心で、誓約書に署名

 麻衣さんは彼の子を身ごもり、結婚を拒否され、中絶手術を受けざるをえなかったのですが、一連のトラブルに巻き込まれなければ、健康を害し、仕事を失い、収入が止まることもなかったでしょう。そのせいで失った利益を法律上、「逸失利益」といいます。

 例えば、交通事故の場合、事故の影響で被害者にまひなどの後遺症が残り、働くことが難しくなった場合、加害者は被害者に「事故に遭わなければ得られたであろう給与の総額(=逸失利益)」を支払わなければなりませんが、今回のケースに同じ理屈を当てはめることは可能でしょう。

 しかし、逸失利益の支払いは分割にせざるをえず、彼が毎月きちんと支払うかどうかは不透明で、支払いが遅れたり止まったりしたら麻衣さんは彼に催促しなければなりません。そして、現時点で予見できない費用が発生した場合も同じく、彼ともう一度話し合って負担額を決める必要があります。麻衣さんは彼と一刻も早く縁を切ることを最優先に考えているので、多少のお金を手に入れるために彼の存在を思い出し、トラウマが蘇り、悪夢にうなされるようでは本末転倒です。

 そこで、麻衣さんは慰謝料を受け取るには彼が用意した誓約書に署名するしかありませんでした。誓約書には今回の件を口外しないこと、何があっても追加の金銭請求をしないこと、そして「本日25万5000円を支払い、確かに受け取ったこと」が書かれていました。麻衣さんは彼と関わりたくないという一心で誓約書に署名したのです。

「今回のことで『本当に』子どもを産めない体になったら、どうすればいいですか」

 麻衣さんは切実な表情で訴えかけますが、彼の本質、例えば、人間性や人格、考え方や価値観が結婚相手としてふさわしいのかを見定める努力をしたのでしょうか。麻衣さんは「もし(子どもが)できたら結婚してくれる?」という質問に、彼がイエスと答えたら大丈夫と安心していたようですが、残念ながら相手がうそつきだったら意味がありません。実際のところ、結婚する気がないのに体目的で「一緒になれたらいいね」と言ってのける輩は一定数存在するのです。

 結局のところ、麻衣さんは妊娠しにくい体質をいいことに、体の結びつきで彼をつなぎとめただけ。どんな事情があっても、結婚相手として家族として、そして子どもの父親としてふさわしいと思えるまで、安易に男性を受け入れない方が後々のことを考えると賢明でしょう。

露木行政書士事務所代表 露木幸彦

父親になる準備もない彼の子を身ごもった女性は…(写真はイメージ)