「通子はただひたすらに、心のままに走った。その先に何があろうと、ただまっすぐに。彼女を止められる者は、誰もいない」

12月22日(土)放送の、土曜ナイトドラマ『あなたには渡さない』(テレビ朝日系最終話

旬平(萩原聖人)の失踪、多衣(水野美紀)の妊娠、笠井(田中哲司)の贈収賄事件で、身動きが取れないほど絡み合っていた通子(木村佳乃)と3人の道はバラバラになっていた。そんなとき、通子が割烹「花ずみ」常連の週刊誌記者から受けた取材が、通子を貶める形で記事になってしまう。記事は、「花ずみ」から客を遠のかせ、通子は経営者としても窮地に追い込まれた。

いなくなった多衣を探して、矢場(青柳翔)も「花ずみ」を去った。経営難から、通子は銀座店と板前の前田(柴俊夫)、仲居の八重(荻野目慶子)をも手放すことになる。
5話で「花ずみに必要な人は、誰一人手放したくなかったから」と言っていた通子の周りから、どんどん人がいなくなっていく。それでも、「花ずみ」とこどもたちを守りたいと思う通子が最後に頼った相手は、やはり旬平だった。

「そういう風にしか生きられない人」を責めない・変えないドラマ
通子「花ずみに、戻って来てくれませんか。私と、こどもたちのところに」

多衣のもとに矢場を送り出した通子は、千葉の定食屋で働く旬平に電話をかけた。追い詰められてようやく、通子は妻、経営者というふたつの立場から旬平を頼ることができた。しかし、旬平は定食屋の親父さんへの義理があり、「花ずみ」には戻れないという。

旬平「遅すぎた。俺が花ずみや多衣を捨てたとき、いや、お前が婚姻届を持って金沢に多衣に会いに行ったときからもう、お前がそう言ってくれるのをずっと待ってたんだ。でも、もう遅い。すれ違ったな」

6年間の多衣との不倫という、すれ違うための第一歩を勝手に踏み出した旬平がそれを言うのか! とずっこけた。が、なんかもうここまで来ると、その待ちの姿勢もかえって清々しい。旬平は、先代の女将・キクに上げ膳据え膳で板長にまでしてもらったお坊ちゃんだ。そういう風にしか生きられなかった人なのだ。

「そういう風にしか生きられない人」を、『あなたには渡さない』は断罪も矯正もしない。

通子にお姫様扱いをするなと怒られた笠井は、断固として「みっちゃんは僕のお姫様」と言い切っていた。旬平、通子、矢場と対象を変えながらも、そのときに信じたい・愛したいと思った自分の心を信じて人を愛する多衣。一度走り出したら止まれない通子の性格。誰も自分の性質を変えたり悔い改めたりすることなく、1話から最終話まで駆け抜けてきた。
彼らの衝動や“我(が)”を許容することが、本作のわけのわからなさと面白さを生み出している。

変わったのは、彼らの性質ではなく行動だった。それも、板前の不在と経営難(通子)、定食屋の追放(旬平)、妊娠(多衣)、逮捕(笠井)と、それぞれが逃げられない窮地に追い込まれ、出涸らしのようになった状態からようやく絞り出してきた行動。

そこまで追い詰められないと本当の気持ちが言えないのかよ、と言いたくもなるが、それは他人事だからではないだろうか。日々SNSを追っていると、夫婦間の愚痴や身近な相手の無理解への嘆きがよく投稿されている。そしてそれに「SNSに書かず本人に言えばいいのに」などとコメントがつくこともよくある。

意地や自分の性質のせいで、一番近い存在に自分の気持ちが言えなかったり、自分の本当の気持ちに気づきすらしなかったりすること。そんなことは、世の中にありふれている。本人に言う以外の方法を取ることで、自分の感情や相手の行動を整理し、理解できるということもある。

それを誇張し尽くし、夫婦喧嘩や嫁姑問題を壮大に描いたのが『あなたには渡さない』。我々の日常をハチャメチャに延長した先に、滑稽にも見えたこのドラマがあるのかもしれない。

通子が誰にも渡さない「自分の人生」
定食屋の娘・安代(前田亜季)は、自分の前夫とのこどもを「旬平さんのこども」と嘘を吐いたり、一希(山本直寛)に勝手に「いま旬平さんは幸せ」と言ったりするヤバい女だった。多衣が言っていたように、旬平を取られたくないからやっていることかと思いきや、最終話では「前妻や息子が来て鬱陶しい」という理由であっさりと旬平を解雇する。

時間の問題で仕方ないのだと思うが、安代の背景があまり描かれなかったから、行動だけ見ると安代が一番ヤバい女だったようにも思える。安代もまた、旬平の幸せは通子とこどもたちのもとに帰ることだと気づいた、と脳内補完したくなってしまった。

そんなわけで、旬平は「花ずみ」と通子、そしてこどもたちのところに帰ってきた。帰ってくるときも、通子ではなく前田に連絡をしたというのだから、本当にしょうもない(でも、それを責めない本作!)。帰ってきた旬平は、通子に「女将さん、色々とご迷惑かけてすみませんでした。悪かった」と謝った。

旬平「けど俺は、追い出されたから戻ってきたわけじゃない。ただ、お前のところに戻りたかった。許されないことはわかっている。でも、自分の気持ちを素直に伝えたかった」
通子「許します! 許すわよ、許すに決まっているじゃない。だってあなた、初めて本当の気持ちで私にぶつかって来てくれたんですもの。あ、でも、あなたさっき女将さんに謝ってくれたけど、女将さんの『お』の字は余分だったと思って良いのよね」
旬平「ああ」

「花ずみ」と上島家が落ち着いたところで、次に通子は多衣と矢場が働いている道の駅へ。そこには、矢場に労わられながら穏やかな顔で働いている多衣の姿があった。

通子「多衣さんの、憑きものが落ちたような穏やかな顔を見て気づいた。彼女も、姑・キクの呪縛にとらわれ、私のもとに刺客として送り込まれた犠牲者だったのではないかと。そう、私は多衣さんではなく、姑に、あの花ずみの先代女将・上島キクに勝ったのだ」

きっかけは旬平と多衣の一夜の過ちだったかもしれないが、それを知ってけしかけたのはキクだった。通子の持つ“華”を、キクは恐れていた。華とは、通子の前に進み続ける力と女将・経営者としての才覚、そして旬平を一人前の男に育てる力だった。

通子は、それらの性質を活かし尽くして「花ずみ」と旬平、家族を取り戻した。多衣という信頼できる友までも手に入れた。家族、仕事、そして友だち、それらは人生になくてはならないものだ。通子がキクに渡さなかったもの、それは「自分の人生」そのものだった。

笠井は死んだ? “ドロドロファンタジー”の結末
通子「笠井さん、会いに行くから。絶対に見つけるから。だから、待ってて。今度は私があなたを守るから」

保釈された笠井が自殺を匂わせ、通子がそれを救いに走るラストシーン。不穏なライティングを背に受ける笠井と多衣の出産シーン、そして仰々しいナレーションに「本当にこれで終わりなの?」と驚いたが、この幕引きは原作のままだ。

うなされて寝ていた通子の様子を見て、旬平が「笠井さん、死ぬ気かもしれない」と言う。笠井を死なせたくないという通子を、旬平は「行かないと後悔するぞ」と促す。

旬平「待っているから」
通子「いいんですね。私、笠井さんと今度こそ命がけの浮気をしてくるかもしれませんよ」
旬平「それだと、俺の過去が上手くチャラになる」

なんねーよっ! とツッコんでしまった人も多いよう。でも、夫婦の問題というものは、その夫婦が良いと思ったら良いんだからこれで良いのだ、と思わせるパワーがこのふたりにはある。

激しい寝癖がつき、額にしわが寄り、当然すっぴんで目も半開きの通子の寝起き顔。その間抜けな顔に向かって、笠井さんの生死というシリアスすぎる話を真剣にすることができる。ペアルックを着ることよりも、こういうバランス感覚のほうがよっぽど「夫婦」を描いている。通子と旬平は、本当の夫婦になったのだ。だから、旬平は通子を笠井のもとに送り出せた。

通子の人生で、「花ずみ」、旬平と家族、多衣は「結婚後に得たもの」「姑・キクに奪われたもの」だ。しかし、笠井だけは「結婚前に得たもの」「キクの手に直接は渡らなかったもの」。キクとの問題の余波で失いそうになっている笠井を取り戻せば、通子は完全に自分の人生を自分の手におさめることができる。笠井を助けることが、通子の人生の最後のピースだ。

多衣と矢場のこどもが死んだ笠井の生まれ変わりでは? という予想もあるが、原作を読むとそれは少し違っていることがわかる。

通子が笠井を助けられたかどうか。それは、通子が自分の人生を誰にも渡さず、取り返すことができたかどうかと同じこと。旬平を演じた萩原聖人自身のInstagramで本作を「ドロドロファンタジー」と評していた。「笠井がどこにいるかもわからないのに、助けられるわけがない」と考えるのはリアルだ。ファンタジーというからには、やっぱり通子は自分の人生を自分のものにできたのでは。前に前にと進むしかできない勇者のような主人公には、そんなハッピーエンドを贈ってあげてほしいと思う。

(むらたえりか

▽青柳翔・水野美紀によるスピンオフドラマ
『あいつには渡さない』AbemaTV

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土曜ナイトドラマ『あなたには渡さない』(テレビ朝日系
2018年11月10日(土)より 毎週土曜23時15分から
原作 連城三紀彦隠れ菊」(集英社文庫刊)
出演 木村佳乃、水野美紀、田中哲司、萩原聖人、青柳翔、井本彩花山本直寛、荻野目慶子
ナレーション 菅原正志
脚本 龍居由佳里、福田卓郎
音楽 沢田完
主題歌 chay feat.Crystal Kayあなたの知らない私たち」(ワーナーミュージック・ジャパン
オープニングテーマ FAKY「Last Petal」(rhythm zone
ゼネラルプロデューサー 黒田徹也(テレビ朝日
プロデューサー 川島誠史(テレビ朝日)、清水真由美(MMJ
演出 植田尚、Yuki Saito
制作 テレビ朝日MMJ

イラスト/まつもとりえこ