プロローグ/米朝首脳会談開催(2018年6月12日)

 米朝首脳会談が2018年6月12日シンガポールで開催されました。

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 この米朝首脳会談を受け、世界最大のロシア国策天然ガス会社ガスプロムは6月15日サンクトペテルブルクで行われたガスプロムの記者会見にて、「ロシア極東ウラジオストクから北朝鮮経由韓国向け天然ガスパイプライン建設構想を再検討している」と発表しました。

 今後の北朝鮮非核化を巡る進展いかんではありますが、仮に北朝鮮を巡る情勢が好転すると、ウラジオストクから北朝鮮経由韓国向け天然ガスパイプライン建設構想が大きく脚光を浴びることになるでしょう。

 本稿ではロシアシベリアと極東からの天然資源供給構想を概観し、ロシア産石油・天然ガスのベクトルを予測してみたいと思います。

日本の原油輸入量推移概観

 最初に日本の原油輸入量推移を概観します。

 日本の原油輸入量は1973(昭和48)年、最大2.9億キロリットルを記録後に漸減となり、昨年2017年の輸入量は1.9億キロリットルに低下しました。

 日本の原油輸入量に占めるロシア産原油の割合は2015年に過去最高の8.5%となりましたが、以後急落。今年上半期(1~6月度)は4.6%に減少しています(下のグラフ)。

 次に、日本がロシアから輸入している原油の油種別輸入量を概観します。

 ロシアから日本に入ってくる原油は、ソーコル原油(サハリン-1原油)/サハリン・ブレンド原油(サハリン-2原油)/ESPOブレンド(シベリア・極東産原油)の3種類です。

 “ソーコル原油”は日本では“ソコール”の名前で登録されていますが、正しくは“ソーコル”です。

 サハリン-1プロジェクトでは生産施設と生産物に鳥の名前を付けることになっています。

 ロシア語の“ソーコル”とは“鷹”の意味ですが、“愛しい人”という意味もあります。すなわち、“ソーコル原油”とは文字通り苦節30年の“私の愛しい原油”になります。

 日本の原油輸入量の約90%は中東原油、85%はホルムズ海峡を通過しています。最近、米国・イランの関係悪化により、イランのロウハ二大統領はホルムズ海峡封鎖を示唆しました。

 日本の原油輸入に占めるイラン産原油シェアは、ロシア産原油とほぼ同じ5%です。日本の石油会社は今年10月以降イラン産原油の輸入停止・削減を検討していますので、イラン産原油の代替原油を探さなければなりません。

 筆者は、量的には既存契約範囲内の増量で手当て可能と推測しますが、問題は原油の性状です。日本の石油会社の中にはイラン産原油を必要としている会社もありますので、そのような会社は代替原油の輸入に苦労することでしょう。

 ご参考までに、日本が輸入しているイラン産油種は以下のとおりです。

深化する露・中エネルギー協力関係

 V.プーチン大統領は2012年12月の大統領年次教書にて、「21世紀には、ロシア発展のベクトルは東方に向かう」と演説し、東シベリア・極東開発構想を温めていることを表明しました。

 中国石油企業はロシアの石油会社と原油長期輸入契約を締結しており、ロシアから中国向け主要原油輸出ルートは以下の3ルートです。

ロシア極東のスコボロジノから中国大慶までのESPO支線パイプラインルート。
ロシア極東沿岸のコズミノ出荷基地から、タンカーにて中国向けに出荷。
ロシアからカザフスタン経由、中国向けパイプライン輸出ルート。

 ロシアから中国向け原油輸出量は過去15年間で17倍になり、2016年以降、中国にとりロシアは最大の原油供給国になりました。

 原油は主にESPO(東シベリア太平洋)パイプライン支線と極東コズミノ出荷基地からタンカーで中国向けに輸出されています。2020年までには、同パイプラインの年間輸送能力は現行5000万トンから8000万トンに増強される予定です

 ESPOに接続される2本の中国側支線(モヘ~大慶原油パイプライン)は現在2本稼働しており、年間輸送能力は計3000万トンです。

 すなわち、8000万トンに増強後、3000万トンは支線パイプラインで中国大慶に、残り5000万トンはコズミノ出荷基地からタンカーで世界中に輸出されることになりますが、タンカー輸送原油も今後ますます中国向けが増えることでしょう。

“シベリアの力 ① ② ③” 概観

 ロシアのガスプロムは2019年12月20日、“東ルート”(シベリアの力 ①)パイプラインで中国向けに天然ガスを輸出開始予定です。

 ガスプロムと中国CNPC(中国石油集団)は2014年5月21日、30年間(ピーク時供給量年間380億m3)の長期供給契約に調印。

 ガスプロムは7月末、“東ルート”(シベリアの力 ①)は全線2156キロのうち、2018年7月末現在で既に2000キロ(93%)建設済み、2018年末に完工予定と発表しました。 

 パイプライン建設が終了すると全線を検査して、検査後にラインフィル(パイプラインに天然ガスを注入する作業)を行い、2019年12月20日から中国向け天然ガス輸出を開始予定です。

 ガスプロムと中国CNPC間で調印された契約によれば、最初の5年間で徐々に輸出量を増やし、6年目からピーク時年間輸出量380億m3に達することになっています。

 なお、供給源のサハ共和国チャヤンダ・ガス田のピーク時年間生産量は250億m3なので、隣接するイルクーツク州コビクタ・ガス田を探鉱・開発して、同ガス田から800キロの天然ガスP/Lを建設してチャヤンダ・ガス田と接続しないと、この年間380億m3輸出は達成不可能です。

 ガスプロムのA.ミーレル社長は2018年6月8日、中国CNPCと下記3方向で露から中国向け天然ガス供給を検討しており、今後、“シベリアの力 ③”も検討開始すると述べました。

シベリアの力 ①”(東ルート) アムール州ブラゴヴェーシェンスクから中国
シベリアの力 ②”(西ルート/アルタイP/L)アルタイ共和国から中国
シベリアの力 ③”(極東ルート) 沿海地方ダルニェレチェンスクから中国

露から中国向け天然ガスP/Lルート(3方向で検討中)

ガスプロム/北朝鮮経由韓国向けパイプライン建設構想に言及

 既報の通り、米朝首脳会談がシンガポールで2018年6月12日に開催されました。

 今後の進展いかんではありますが、仮に北朝鮮を巡る情勢が好転すると、極東ウラジオストクから北朝鮮経由韓国向け天然ガスパイプライン建設構想が再度脚光を浴びることになると予測します。

 ロシアから韓国に天然ガスを供給する構想は既に2006年、ガスプロムと韓国ガス公社(KOGAS)の間で合意済みにて、輸送路を中国経由/北朝鮮経由/海底パイプラインにするか別途検討することになっていました。

 両者は2008年、北朝鮮経由の天然ガスパイプライン建設構想で合意、建設協力覚書(MoU)を調印。北朝鮮も自国領土内のトランジットP/L建設を承認しました。

 その後、2011年8月24日に故金正日総書記がロシア極東(ブリヤード共和国の首都ウラン・ウデ)訪問の際、D.メドヴェ―ジェフ大統領と新規に1100キロの天然ガスパイプラインを建設して、年間100億m3の天然ガスを北朝鮮経由韓国に輸出することで原則合意。

 天然ガス供給源はサハリン、1100キロのうち700キロの北朝鮮経由トランジットパイプラインを建設することでも合意に達しました。

 しかし2011年末の総書記死去と北朝鮮核問題でこの構想は頓挫してしまいましたが、今まさに、再度この構想がスポットライトを浴びることになろうとしております。

 韓国の文在寅大統領は2018年6月21日に訪露、22日にプーチン大統領と会談後『共同声明』と『覚書』を発表して、共同記者会見を開催。北朝鮮経由韓国向け天然ガスパイプライン建設構想は『共同声明』第15項に、以下の通り明記されています。

 「ロシアと韓国は、ロシアから韓国向けに天然ガスをパイプラインで供給すべく、共同研究を実施することで合意した」

 韓国は日本同様、天然ガスを全量液化天然ガス(LNG)で輸入しており、再気化したガスをパイプライン網で国内に供給しています。

 サハリンからウラジオストクまで約1800キロの天然ガスパイプラインは2011年9月に完工。

 北朝鮮経由サハリンと韓国が接続されると、気体としての天然ガスが直接輸入可能となり、LNGよりも安い天然ガスが供給されると、韓国のガス化学産業は国際競争力を高めることになるでしょう。

エピローグ/日本の対応策は

 ここで冒頭に戻ります。旧ソ連邦の時代、西シベリアから欧州向けの石油・ガスパイプラインは存在しましたが、東方へのパイプラインは存在せず、ロシア産石油と天然ガスは(トルコを含む)東欧・西欧のみに輸出されていました。

 しかし1991年末の旧ソ連邦解体後の新生ロシア連邦では、東シベリア・極東から東方向けの原油・天然ガスパイプライン建設構想が浮上し、ESPO原油パイプラインが建設されました。

 さらに西シベリアからESPOへの接続パイプラインも建設され、今では西シベリア産原油が5000キロ以上のパイプラインで東方に輸送され、ロシア極東コズミノ出荷基地から環太平洋諸国に輸出されるようになりました。

 西シベリアでは、旧ソ連邦時代に探鉱・開発された大規模原油・天然ガス鉱区の生産量が減少しており、西シベリアを生産拠点とする石油会社やガスプロムの生産量が減少。

 かつ、ガスプロムにとり金城湯池の欧州ガス市場では、他の天然ガス供給国やLNGとの競争が激化しています。

 これが、東シベリア・極東開発の必要性と、新規市場として日本を含む環アジア太平洋諸国市場の重要性が増しているゆえんです。

 もう一つの要素は中国です。

 露は中国のロシア極東進出を警戒しています。一見、蜜月関係を標榜する露・中両国ではありますが、プーチン大統領の東シベリア・極東開発構想の真意・背景は隣国警戒感にほかならないと言えましょう。

 ロシア極東の天然ガスが中国と韓国に流れるインフラが整備されると、日本のガス化学産業にも影響が出てくること必至ゆえ、日本も、韓国から対馬海峡経由九州(あるいは島根や鳥取など)向け天然ガスP/L延伸構想の可能性を真剣に検討する必要があると筆者は考えます。

 先にも述べました通り、日本の原油中東依存度は90%、ホルムズ海峡依存度は85%、LNG依存度は100%です

 東方に向かうロシア発展のベクトルのその先には、日本や韓国を中心とする環太平洋諸国市場が視野に入っているはずです。

 経済性成立が大前提ではありますが、供給源と供給方法と輸送路の多様化こそ、日本の国益に適ったエネルギー政策と筆者は確信している次第です。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ロシアのプーチン第4期政権の課題とエネルギー政策

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