舛添要一国際政治学者)

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 今年(2018年)12月24日ニューヨーク株式相場、ダウ平均が653.17ドル安の2万1792.20ドルで取引を終了した。アメリカの政府機関の一時閉鎖、マティス国防長官の辞任など、トランプ政権がもたらす混乱が投資家心理にマイナスに働いたと思われる。

 2日後の26日のNY株式相場は、1086.25ドル高の2万2878.45ドルで終了した。これは1日の上げ幅としては史上最大であるが、株価急落に急反発したようである。しかし、乱高下とまでは行かなくても、来年の経済の不透明感はやはりぬぐえない。

 そこで焦点となるのは来年の景気予測である。トランプ大統領は来年後半の景気失速を懸念しているが、FRBはむしろ楽観している。問題は経済指標のみならず、国際政治の動向もまた大きな重みを持つことである。欧州情勢、中東情勢、米中貿易摩擦と心配の種がつきない。

 トランプ大統領は、FRBの利上げのスピードが速すぎることが投資家に不安を与えていると不満を表明し、パウエル議長の解任すら示唆した。このこともまた、アメリカの金融政策に対する信頼性を失わせ、経済の不透明感を増幅させている。

「トランプ大統領」誕生で世界は良くなったのか

 トランプ大統領が就任して、もうすぐ2年が経過する。この間、世界は良くなったのか、悪くなったのか。

 たとえば、今年の6月にシンガポールで米朝首脳会談が行われたが、その後は北朝鮮の非核化は進んでいない。しかし、北朝鮮核実験やミサイル発射は行っていない。後者に注目すれば、緊張緩和(デタント)を実現させたと言えるが、一時的なモラトリアムに過ぎないとすれば、問題を先送りさせただけである。

 金正恩にしてみれば、制裁解除、経済援助などの実利を得ることができないまま、トランプに翻弄されただけだということかもしれない。韓国との関係にしても同様で、北朝鮮は韓国から経済協力という果実は獲得できないままである。韓国の文在寅の支持率も下がり、日韓関係も最悪である。

 中東に関しては、トランプ政権下で不安定要因が増したことは否めない。イスラエルでは、テルアビブにあったアメリカ大使館をエルサレムに移転し、同地を首都と承認した。このような親イスラエル路線は、パレスチナ問題の解決を困難にしている。またイランとの核合意から離脱したことは、欧州や日本の失望を買い、中東に混乱を呼んだ。サウジアラビアの記者殺害事件についても、サウジ王室寄りの姿勢を維持して、人権を重視する国々の批判の的となっている。

「良識派」が次々と去り政権はイエスマンばかりに

 そのような中東政策の混迷は、最近のシリアをめぐる一連の決定でも露呈してしまった。

 トランプは、シリアから米軍を撤退させることを決定したが、これに抗議してマティス国防長官は辞任した。実はISの掃討作戦はまだ続いているのであり、米軍撤退がもたらすリスクは大きい。撤退によって、シリア情勢に積極的に関与できなくなり、中東におけるアメリカのプレゼンスが希薄になる。それはロシアイランの影響力が増すことを意味する。

 アメリカ不在でも、これまではイギリスフランスが自由陣営の代表として中東の安定に寄与してきていたが、今や、イギリスBREXITで、フランスは反政府デモで揺れており、積極的な海外介入の暇はない。

 トランプは、来年1月1日にマティス国防長官の辞任を前倒しすることを決定し、パトリック・シャナハン副長官を長官代行に指名した。シャナハンは、ボーイング社の元幹部で、軍や政府の経験は無く、外交も素人である。トランプ政権の外交・安全保障政策に対する世界の信頼は大きく損なわれるものと思われる。

 有志連合によるIS掃討の調整役マクガーク米大統領特使も、シリアからの米軍撤退に抗議し今月末に辞任する。トルコエルドアン大統領は、電話協議中に米軍の撤退を要求したところ、トランプに即決で「イエス」と言われ、逆に唖然とし、「そんなに急がなくてもよい」とたしなめたという。

 マティス国防長官辞任について、トランプは、「マティス礼賛・トランプ批判」のマスコミ論調に激怒し、マティスが主張する同盟重視路線をも批判している。しかも、米軍撤退決定への批判の高まりに、一転して「撤退は急がずに慎重に行う」と表明する始末である。

 そして、26日には夫人ともどもイラクを電撃訪問した。海外紛争地に駐留する米軍を訪問するのは就任後初めてであるが、米軍兵士にIS排除に対する謝意を伝え、イラクからの撤退はないと表明した。これは、シリアからの米軍撤退決定で大きな批判を浴びたため、それを挽回することを狙ったためと考えられる。そして、「アメリカは世界の警察官であり続けることはできない」と述べ、「多くの国が我々の軍隊に対価を払っていない」と不満を表明した。これは、マティスの同盟国重視を皮肉ったものである。

 以上のように、このシリアからの米軍撤退決定前後の状況を再現すれば、トランプ外交の危うさがよく分かる。「小学5年生の理解能力しかない大統領」と評したマティスは最後の良識派であったが、彼も、そしてケリー大統領主席補佐官も年内で政権を去り、イエスマンばかりのチームが残ることになる。

「アメリカによる平和」と「中国による平和」のせめぎ合い

 アメリカ第一主義を掲げ、失業者に職を与えると意気込んだトランプが採用したのが保護貿易である。鉄鋼、アルミなどに外国産の製品に高関税を課し、国内産業を保護した。そしてとりわけ標的になったのが、中国である。

 その結果、中国経済のみならず、アメリカ経済にも世界経済にもマイナスの影響が広がりつつある。しかし、米中貿易摩擦は単に貿易をめぐる競争のみならず、軍事面も含めて世界の覇権を獲得するための争いでもある。

 そのことを示したのが、華為(ファーウェイ)の孟晩舟CFOを逮捕である。12月1日、アメリカの要請でカナダ政府は彼女を逮捕したが、これは、米国の制裁対象製品をイランに輸出した疑いによる。これに中国政府は猛反発し、新たな米中摩擦の種となっている。

 まさに先端技術をめぐる米中の覇権争いであるが、ZTEを攻撃したときもアメリカは同じ手法をとった。ファーウェイZTEがアメリカ政府の攻撃の的になっているが、米中貿易摩擦が激化する中で、先端技術をめぐる「戦争」が起こっていると言っても過言ではない。

 1980年代の日米摩擦を思い出すが、産業用ロボットでアメリカを凌駕した日本をアメリカは警戒し、結局は、金融を含むあらゆる手段で日本は封じ込められてしまった。

 ファーウェイCFO の逮捕劇が象徴しているのは、世界の覇権をめぐるパックス・アメリカーナ(アメリカによる平和)とパックス・シニカ(中国による平和)のせめぎ合いである。前者が勝つという保証はどこにもない。

 それは、最新鋭の通信技術分野で、中国の追い上げが凄まじいからである。第一次大戦後の鉄鋼生産量を見ると、ドイツが伸びてイギリスを引き離していき、第二次大戦となった。当時の鉄鋼に相当するのが、今では通信技術である。歴史が繰り返さないことを祈るしかない。異質の大統領トランプと異質な専制君主習近平とが展開する戦いの行方に注目せざるをえない。

 アメリカ議会は、つなぎ予算を可決せずに休会している。メキシコ国境の壁建設費50億ドルが含まれていないとして、トランプ大統領が署名を拒否しており、与野党が対立しているからである。22日から政府機関の一部が閉鎖され、職員80万人が一時帰休するなどの影響が出ている。

 来年の1月3日以降は、下院は民主党が過半数を制する「ねじれ議会」となるため、トランプ大統領としては、その前に国境の壁建設予算を通したい思いであろう。しかし、見通しはたっていない。

 アメリカの分断はますます酷い状況になっており、2019年の世界は大きな試練を迎えそうである。

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退任するマティス国防長官(右)とトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)