(細野祐二:会計評論家)

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「止む無く」特別背任で逮捕

 12月21日、東京地検特捜部は、カルロス・ゴーン元日産自動車会長を会社法の特別背任罪容疑で再逮捕した。ゴーン元会長の逮捕は、11月19日の(2011年3月期から2015年3月期までの5事業年度の)役員報酬48億円の不記載に係る有価証券報告書虚偽記載罪容疑での1回目の逮捕、12月10日の(2016年3月期から2018年3月期までの3事業年度の)役員報酬42億円の不記載に係る有価証券報告書虚偽記載罪容疑での2回目の逮捕に続く3回目である。

 東京地検特捜部は、12月10日の2回目の逮捕にともなう10日間の勾留期間が12月20日に勾留満期となったため、慣例に従い、当然のことのようにさらに10日間の勾留延長を請求したところ、東京地方裁判所は「前の事件と争点及び証拠が重なる」として勾留延長を却下した。この日、ゴーン会長は保釈される可能性が高かったのである。止む無く、東京地検特捜部は、急遽ゴーン元会長の特別背任罪での逮捕に踏み切った。これを受けて、東京地裁は、12月23日ゴーン会長の10日間の勾留を決定した。新たな勾留期限は2019年1月1日となり、ゴーン元会長は2019年の元旦を東京拘置所で迎えることが確定した。

SEC、新日本監査法人が事前に問題指摘

 現時点までに新聞報道等で明らかとなったゴーン元会長に対する特別背任容疑の概要は次の通りである。

 ゴーン元会長は、2006年以来、個人金融資産の管理運営を新生銀行に委託していたところ、2008年10月、リーマンショックに伴う急激な円高により、自身の資産管理会社が新生銀行と締結していた通貨スワップ契約に巨額の損失を抱えることになった。この含み損に対して、新生銀行が担保不足による追加担保の提供を要請したところ、ゴーン元会長はこれを拒否し、契約自体を日産に付け替えるよう指示した。

 新生銀行側は、日産への契約移転には取締役会の決議が必要と指摘し、これを受けて、ゴーン元会長の意を受けた当時の秘書室長は、損失付け替えの具体的な内容については明らかにせず、「外国人の役員報酬を外貨に換える投資」について秘書室長に権限を与えるという形をとって取締役会の承認決議を得た。この取締役会の決議を受けて、新生銀行は契約移転に応じることとし、2008年10月、約18億5000万円の評価損を含む通貨スワップ契約は日産自動車に移転された。これが特別背任における第一の逮捕容疑である。ちなみに、この時の秘書室長は、今回の日産カルロス・ゴーン事件の内部通報者で、東京地検特捜部と司法取引で合意することにより刑事処分の減免を受けている。

 ところで、その後、証券取引等監視委員会は、新生銀行の関連会社に対する検査を通じてゴーン元会長の損失付け替えを把握し、「本件での日産自動車側取締役会決議にはコンプライアンス上の重大な問題がある」として是正を求めた。また、同じころ、日産の会計監査人である新日本監査法人も、会計監査の過程で本件損失付け替えを把握し、「会社が負担すべき損失ではなく、背任にあたる可能性もある」と日産側に指摘した。

「日産の損失はなく、背任には当たらない」

 外部からの相次ぐ指摘を受けて、ゴーン元会長は本件通貨スワップ契約を自身の資産管理会社に再移転することにした。この際、巨額の評価損に対応する追加担保が必要になったが、サウジアラビアの知人が外資系銀行発行の約30億円分の「信用状」を新生銀行に差し入れたため、ゴーン元会長は追加担保の提供を免れることができた。外資系銀行より信用状を発行してもらうためには、通常は保証額の数%の保証料を支払う必要があるが、本件では、知人がこの保証料を負担していたとみられる。

 その後、ゴーン元会長は、この知人が経営する会社の預金口座に、中東での販促などを担当しているアラブ首長国連邦子会社「中東日産会社」の口座から、2009年6月から2012年3月にかけて、3~4億円ずつ全4回にわたり合計1470万ドル(約16億円)を販売促進費名目で振り込ませた。資金は、「CEO Reserve」と呼ばれる日産の最高経営責任者直轄の費用枠から捻出されている。これが特別背任における第二の逮捕容疑である。

 ゴーン元会長は、損失付け替えについては、結果的に契約を再移転していることなどから、「日産の損失はなく、背任には当たらない」と主張。また、知人への支払は、サウジアラビア政府や王族へのロビー活動あるいは現地販売店と日産との間で生じていた深刻なトラブルの解決の協力など「日産のための仕事をしてもらっていた」と説明し、正当な業務の対価だったと主張している。

ゴーン氏が結んだ通貨スワップ契約とは

 ゴーン元会長の特別背任容疑の原点は、個人資産管理会社が新生銀行と締結していた通貨スワップ契約にある。通貨スワップ契約とは、元来は、特定の外貨を直物で買う(売る)と同時に同額の外貨を先物で売る(買う)一対の外貨契約のことをいうが、現在では、将来の外貨でのキャッシュフローを交換する取引として広く定義されている。

 通貨スワップ契約は直物外貨と先物外貨の交換取引なので、それ自体としては損益を生むことがないが、外国為替の直物レートと先物レートは同一とはならないので、直物で買った(売った)外貨がそれと同額の先物で売れる(買える)というわけではない。直物レートと先物レートに差が生じるのは、外国為替が、直物と先物のスプレッドにより、それぞれの通貨の金利差を調整しているためである。直物と先物の外貨交換差額を狙った金融取引が通貨スワップ契約となる。

 さて、リーマンショックの起きた2008年9月以前の外国為替市場において、米ドルの為替レートは1ドル=108円程度で、米ドルの1年物金利は3%程度、日本円の1年金利はほぼ0%で均衡していた。この均衡条件で1年先物の理論レートを計算すると、米ドルの1年先物レートは次の通り1ドルが104円85銭となる。

直物レート108円÷{1米ドル×(1+金利3%)}=先物レート104円85銭

 2005年から2007年にかけての米ドルの先物外国為替レートは、日米の金利差を反映して、米ドルの先物が大幅なディスカウントとなっていた。このような市場環境の下で、米ドルの先物買いとなる通貨スワップ契約を締結すれば、契約者は、外国為替レートが円高にならない限り、日米金利差3%の運用利益を得ることができる。ここで標準的な通貨スワップとして100万ドルの運用事例を例示すると次の通りとなる。

①契約締結時(先物レート1ドル=104円85銭)

(借方)デリバティブ債権 $1,030,000

(貸方)デリバティブ債務 ¥108,000,000

②決済時(直物レート1ドル=108円)

(借方)デリバティブ債権 ¥111,240,000

(貸方)デリバティブ債務 $1,030,000

③運用益

 円建てデリバティブ債権¥111,240,000
  -円建てデリバティブ債務¥108,000,000
   =運用益¥3,240,000

 運用利回り3%=運用益¥3,240,000÷想定元本¥108,000,000

 この時代、外資系金融機関を中心に通貨スワップ契約を組み込んだ金融商品が数多く開発され、高額所得・資産の富裕層に対して積極的に販売されていった。この手の通貨スワップ内蔵型金融商品は、顧客から預かる一定の証拠金にレバレッジを効かして、その数倍の通貨スワップ契約を締結する形態となっている。もとより、通貨スワップ契約は、外国為替における直先スプレッドを運用益として固定する代わりに、為替レートの変動リスクを取る金融取引なので、それにレバレッジがかかれば、為替変動リスクは通常の為替変動リスクの数倍に膨れ上がる。ゴーン元会長が嵌った通貨スワップ契約は、この手の為替リスクの高い金融商品だったに違いない。

為替レートの変化から運用実態を分析すると・・・

 2008年9月のリーマンショックにより、安全通貨とされる日本円への資金逃避が起き、ドル円レートは2008年9月の108円から2009年2月の89円まで一気に19円幅(17.6%)の円高となった。ゴーン元会長の通貨スワップ契約は約18億5000万円もの評価損を抱えることになったというのであるから、その想定元本は少なくとも105億円(=18億5000万円÷17.6%)以上でなければならない。

 この通貨スワップ契約に対してゴーン元会長が差し入れていた証拠金の額は不明ではあるが、ここで一般的な適正レバレッジを3倍と考えると、ゴーン会長に求められる必要証拠金は35億円(=105億円÷3倍)ということになる。おそらくゴーン会長はこの通貨スワップ契約に対していくばくかの証拠金を差し入れていたのであろうが、これがリーマンショックにより18憶5000万円の評価損となったので、追証が発生したのである。

 新生銀行はゴーン会長に追加証拠金の拠出を求めたものの、ゴーン会長はそれを拒否し、契約自体を日産に付け替えることにした。契約当事者が日産自動車ということであれば、証拠金の不足があろうが決済不能などあり得ないので、新生銀行に否やはない。こうして、本件通貨スワップ契約は18億5000万円の評価損のまま日産に付け替えられたが、その時の会計仕訳は次のようなものとなる。

(借方)デリバティブ債権 $97,222,222

 (貸方)デリバティブ債務 ¥10,500,000,000

 想定元本105億円÷契約時レート108円=97,222,222米ドル

 本件通貨スワップ契約の日産への付替えは2008年10月のこととされているが、その時の会計処理では、ここで発生していたとされる18億5000万円の評価損は認識されることはない。通貨スワップ契約の含み損が認識されるためには、日産自動車の決算期における会計処理を待たなくてはならない。日産自動車の2009年3月期末において本件通貨スワップが未決済となっていた場合、次の決算整理仕訳が必要とされる。

(借方)デリバティブ債権  ¥8,652,777,758
    デリバティブ評価損 ¥1,847,222,242

(貸方)デリバティブ債権 $97,222,222

 ドル債権$97,222,222×直物レート89円=円債権¥8,652,777,758

日産は形式上も実質上も損失を認識できなかった

 本件通貨スワップ契約は2009年1月にはゴーン元会長の資産管理会社に再移転されたという。ならば、日産自動車は、評価損を認識すべき2009年3月期末を迎えることなく通貨スワップ契約を再移転したのであるから、その受入から再移転までの全ての期間において、18億5000万円の評価損を一切認識しておらず、認識するすべもなかったのである。ゴーン会長は、本件スワップ契約の付け替えにつき、「日産に実損はない」と抗弁しているとのことであるが、事実は、実損がなかったどころか、形式上も実質上も日産には一切の損失が認識できなかったのである。

 会社法は、第960条により、会社の取締役が、自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該株式会社に財産上の損害を加えたときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科すると規定している。ゴーン元会長に特別背任罪が成立するためには、日産に財産上の損害が認定できなくてはならず、要するに、ゴーン元会長の特別背任容疑における第一の犯罪事実は存在しない。

「サウジの知人」ハリド・ジュファリ氏

 さらにここに登場するのが、サウジアラビアの知人ハリド・ジュファリ氏である。ハリド・ジュファリ氏は、サウジアラビアの財閥「ジュファリ・グループ」の創業家出身で、サウジアラビア有数の複合企業「E・Aジュファリ・アンド・ブラザーズ」の副会長のほか、同国の中央銀行理事も務めている。ジュファリ氏が経営する会社は、2008年10月、アラブ首長国連邦に日産との合弁企業「日産ガルフ」を設立し、ジュファリ氏はその会長に就任している。「日産ガルフ」は、日産の中東市場の販売・マーケティング業務をサポートする目的で設立されている。

 ジュファリ氏は、新生銀行から追証を求められ苦境にあるゴーン元会長を救済するため、自らの資金約30億円分を外資系銀行に預け入れ、その預金を裏付けとして約30億円分の銀行信用状を発行させた。この信用状はゴーン元会長を経由して新生銀行に差し入れられ、通貨スワップ契約は無事に日産からゴーン元会長の資産管理会社に再移転された。これが2009年1月のことである。

 その後、ジュファリ氏の個人口座には、2009年6月から2012年3月にかけて、「中東日産会社」の口座から、3~4億円ずつ全4回にわたり合計1470万ドル(約16億円)の金が販売促進費名目で振り込まれている。東京地検特捜部は、この金を、ジュファリ氏が行った信用保証の謝礼金だと言うのである。

 一般に、銀行が信用保証状を発行するには、保証額の数%の保証料を徴収する。本件の場合、この保証料はジュファリ氏が負担していたとされているが、その保証料なるものは、仮に保証料率を3%と想定しても、年額9000万円程度のものに過ぎない。しかも、結果的に、ジュファリ氏が外資系銀行に供託した30億円は手付かずで保全されている。ゴーン氏がジュファリ氏の負担した数千万円のために約16億円もの謝礼金を払うというのは、およそ経済合理性に反する。しかも、ジュファリ氏は、事実として、日産の中東市場の販売・マーケティング業務をサポートする目的で設立された「日産ガルフ」の会長であった。ゴーン元会長は、「知人への支払は、サウジアラビア政府や王族へのロビー活動あるいは現地販売店と日産との間で生じていた深刻なトラブルの解決の協力など日産のための仕事をしてもらっていた」と抗弁するが、その抗弁は客観的事実に裏付けられている。これをもって特別背任などと主張するのはおよそ馬鹿げており、ゴーン元会長の特別背任容疑における第二の犯罪事実は成立しない。

 東京地検特捜部もよくこんなもので逮捕請求ができたものだと感心するが、ここで第一の犯罪事実及び第二の犯罪事実の証拠構造を冷静に分析すると、ゴーン元会長の特別背任容疑には、元秘書室長の提供する内部情報とその証言以外にろくな証拠などないことが分かる。この人は、司法取引に応じることにより刑事処分を免れているので、東京地検特捜部の求めるどのような供述調書にも喜んで署名する。元秘書室長は東京地検特捜部の唯一の頼みの綱ということになるが、この人の証言の証拠価値は低い。元秘書室長の証言など、ハリド・ジュファリ氏の証言が出れば、一発で撃沈するからである。

 元秘書室長との司法取引は、日産ゴーン事件における東京地検特捜部の失敗の本質でもある。なぜなら、ゴーン元会長がジュファリ氏に対する販売促進費の支払をもって特別背任とされる以上、ジュファリ氏はゴーン元会長の特別背任事件における共同正犯になってしまうからである。

 東京地検特捜部は、ゴーン元会長の有価証券報告書虚偽記載罪での逮捕長期勾留により、フランス政府、ブラジル政府、ヨルダン政府を敵に回したが、今回の特別背任罪での逮捕によりサウジアラビア政府さえも敵に回すことになった。

 この人たちのやっていることは、自らの組織の保身のために、我が国の国益に反する外交問題を引き起こしているのである。事件は、全3回に及ぶ長期勾留によりゴーン元会長が追い詰められているように見えるかも知れないが、事実は全く逆で、瀬戸際まで追い詰められているのはむしろ東京地検特捜部なのである。東京地検特捜部並びに東京地裁は、本件が世界のジャーナリズムの監視の下、グロ―バル世論の下で進行していることを忘れてはならない。

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