2018年は、中国の海洋権益拡大とりわけ南シナ海での軍事的優確保が着実に進展した年であった

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(本コラム参照)
・「FONOPに意味なし? 南シナ海で中国の勝利が濃厚」(2018年3月29日
・「南シナ海の教訓、中国に取られたらもう取り返せない」(8月9日
・「中国海軍が新研究所の建設で『最大の弱点』克服へ」(9月6日
・「牙を剥いた中国艦、アメリカ駆逐艦に突進」(10月4日

 トランプ政権は、アメリカの国防戦略を「テロとの戦い」から「中国やロシアとの対決」に大きく変針したが、中国の拡張主義的な海洋戦略を抑え込むことはできていない。

(本コラム参照)
・「中国との対決に舵を切ったアメリカ」(2018年3月1日
・「米国が国防費を対中戦にシフト、海洋戦力強化へ」(9月20日

 南シナ海をはじめとする東アジアの海洋での軍事バランスの大変革の要因は、中国海洋戦力(海軍力・航空戦力・長射程ミサイル戦力)の持続的な増強にあることは言うまでもない。しかしながら、要因はそれだけではない。東アジア方面に展開させることができる「アメリカ海軍力の弱体化」こそが、今や東アジア軍事バランス大変動の大きな要因になっている。

数量的には米海軍を凌駕している中国海軍

 東アジア方面におけるアメリカの海軍力の低下は、しばしば中国海軍との戦力の比較によって論じられている。

 ごく単純な方法は、米中両海軍が保有している艦艇数の比較である。2018年12月現在で、アメリカ海軍自身が「戦闘部隊艦艇」としてリストアップしている軍艦保有数は「戦闘艦艇」が227隻、「補助艦艇」が60隻、合計287隻である(このほかにも海軍が運用している補助艦船は多数あるが、「戦闘部隊艦艇」に計上されている補助艦艇は60隻となっている)。

 そして、インド太平洋を重視するという米海軍の方針では、6割を太平洋側、4割を大西洋側に割り当てることを目標にしている。この目標が達成された場合には、単純には、東アジア方面に展開して中国海軍と対峙することができる戦闘艦艇は137隻、補助艦艇が36隻、合計173隻ということになる。

 一方、中国海軍は、艦艇保有数などが明確に公表されているわけではないが、上記の米海軍「戦闘部隊艦艇」に準拠して数字を割り出すと、「戦闘艦艇」が356隻、「補助艦艇」が55隻、合計411隻となる。したがって、東アジア海域(南シナ海、東シナ海、西太平洋など)での米中海軍の戦闘艦艇だけを単純に比較した場合、137対356と中国側が2.6倍ということになる

 ただし、新興海軍といえる中国海軍が近代的海軍へと成長したのは過去10年程度であり、依然として旧式艦艇を多数運用している。何をもって“旧式”そして“近代的”とみなすかに関して明確な基準はないものの、NATO海軍関係者の間での慣例に従うと、中国海軍の「戦闘艦艇」356隻のうち98隻が旧式艦艇、258隻が近代的艦艇ということになる。この数字を比較しても、中国側が1.9倍ということになるのだ。

米海軍が危惧する深刻な練度低下

 もちろん、艦艇保有数の単純比較だけで戦力を論ずることはできない。それぞれの艦艇自体の性能、搭載されている兵器類、レーダーやソナーなどのセンサー類、通信・情報システムなどの種類や性能、艦艇に乗り組む将兵の練度や士気、などをはじめとする「質」を比較しなければならない。

 しかしながら、人的資源や、訓練内容、士気の状態はもとより、兵器やセンサーに関してすら「質」の比較は主観的要素が入り込むため困難である(もっとも、2000年当時に米海軍と中国海軍、あるいは海上自衛隊と中国海軍を比較した場合、米海軍海上自衛隊の質が完全に中国海軍を上回っていたことに異論を挟む余地はない)。

 だが、米海軍の練度がかつてより低下していることは事実だ。2017年に、米海軍太平洋艦隊所属艦艇が、東アジアの海域で大きな死亡事故3件を含む数々の衝突事故を引き起こした。海軍内部で厳重に行われたその調査報告によれば、アメリカ海軍の訓練は予算削減のあおりを受けて大きくレベルダウンしており、艦長はじめ指揮官たちの資格要件も甘くなり、海軍将兵の練度が大いに低下していることが問題視されている。

 それに加えて、南シナ海や東シナ海での中国海洋戦力の急激な増強に対処するため、太平洋艦隊艦艇の出動サイクルが短縮され、作戦行動中の艦内での任務量も増加しているため、いわゆる過労状態となってしまい、艦艇乗り組み将兵たちの士気も低下してしまっている。

兵器類でも猛追する中国海洋戦力

 兵器類に関しても、米中の差が逆転するまでには至っていないものの、トータルで考えると拮抗状態に近づいている。

 過去数十年にわたって、アメリカ海軍航空母艦を主戦力として位置づけており、米海軍空母打撃群は米海軍そしてアメリカの力の象徴と考えられてきた。そのため米海軍は、航空母艦と空母艦隊を敵の航空機や潜水艦から守り抜くための防御システムの充実に心血を注いできた。その傑作がイージスシステムと呼ばれる超高性能防空戦闘兵器である。イージスシステムに組み込まれている防空ミサイル(SM-2、SM-3、SM-6など)も極めて性能が高い。

 対空防御だけでなく、恐ろしい存在である潜水艦に対しても、艦載ソナー、対潜水艦ヘリコプター対潜哨戒機をはじめ対潜攻撃兵器も充実させた。

 しかし、水上戦闘艦艇対水上戦闘艦艇という戦闘形態は過去のものとなったと判断した米海軍は、敵水上艦艇攻撃能力にはそれほど力を入れてこなかった。

 一方、中国海軍にとっての主たる任務は、西太平洋から東シナ海や南シナ海に接近してくる米海軍艦艇や海上自衛隊艦艇を攻撃して、中国沿岸海域への接近を阻止することにある。そのため、水上戦闘艦艇からも、潜水艦からも、航空機からも、そして地上からも敵艦艇を攻撃する戦力の強化に努めた。

 その結果、様々な種類の対艦ミサイルが誕生し、DF-21CやDF-26といった対艦弾道ミサイルまで手にするに至っている。さらには、弾道ミサイル以上の高速で敵艦に突っ込む極超音速兵器の開発では、ロシアとともに中国がアメリカに先んじているとも言われている。

 このように、防空力ではアメリカ海軍がリードしているかもしれないが、対艦攻撃力では中国海洋戦力(海軍、航空戦力、長射程ミサイル戦力)が、東アジア方面に展開してくるアメリカ海軍を凌駕していることは確実である。

低下する米海軍の造艦メンテナンス力

 このような状況に危機感を強くした米海軍当局そしてトランプ政権は、海軍強化策を打ち出し、「355隻艦隊の建設」すなわち上記の「戦闘部隊艦艇」の数を少なくとも355隻に増強させる方針を決定し、実行に移し始めた。

 単純に言うと、戦闘艦艇の建造を加速させて295隻にすることにより355隻艦隊を生み出そうという施策である。今後退役する艦艇も少なくないので、少なくとも80隻以上の戦闘艦艇を建造する必要があると見なされている。ただし、増強著しい中国海軍や今後再興が見込まれるロシア海軍などと対峙するには、355隻という目標では低すぎ、400隻艦隊あるいは500隻艦隊が必要であるといった分析も少なくない。

 いずれにしても、80隻ないしは100隻あるいはそれ以上の多数の軍艦を建造しなければ、アメリカ海軍が中国海軍を牽制して、東アジアでの中国の軍事的台頭を押さえ込み、同盟諸国の盟主として役割を維持することはできない。

 しかしながら、現在のアメリカ自身の軍艦建造能力ならびに軍艦メンテナンス能力では、355隻艦隊の誕生には少なくとも30年を要すると言われている。

 たとえば、米海軍の軍艦は、米国内の民間造船会社(インガルス造船所、バス鉄工所、ニューポート・ニューズ造船所、ジェネラルダイナミックス・エレクトリック・ボート、オースタルUSAなど)が建造しているが、有能な技術者や熟練工の不足傾向に苦しんでいる。現在においてすらそうした状態の造船会社が、建艦能力を飛躍的に高めることは至難の技である。

 それに、大艦隊を維持するためには軍艦のメンテナンスや修理が欠かせないが、そのメンテナンス能力も、頭打ちというよりは欠陥状態に直面しているのが現状である。

 米海軍艦艇のメンテナンスや小規模な修理は、かつては海軍工廠と呼ばれていた米海軍造船施設(ノーフォーク、ポーツマス、ピュージェット・サウンド、パールハーバー)で実施される。ところがそれらの海軍メンテナンス施設での作業実績は極めて悪い。過去5年間で作業がオンタイムに完了した率は、各施設で45%、34%、29%、14%であり、逆に70日以上遅延した率は27%、30%、25%、40%となっている。その結果、海軍の作戦が阻害された述べ日数は、2945日、2066日、4720日、4128日という惨憺たる状況に陥っている。

 これらの海軍施設の設備の老朽化は進んでおり、作業員の安全対策も遅れているため、作業員の質の低下が加速している。海軍当局や議会調査局それに会計検査院などは、メンテナンス状況はますます劣化していくものと警鐘を鳴らしている。

日本は現状を直視せよ

 以上のように、トランプ政権は「中国との対決」「大海軍の再建」といった威勢の良い目標を掲げているものの、実際に東アジア海域に展開するアメリカ海軍戦力が中国海軍を抑止できるだけ強力になりうるのか? という問いには大きな疑問符を付けざるを得ない。

 日本政府・国防当局は、上記のようにアメリカ海軍力は弱体化しているという現状を認識するとともに、その再強化には多大の困難が伴うという事実を直視する必要がある。

 そのうえで、これまで通りアメリカにベッタリ頼り切って、アメリカの軍事戦略に組み込まれ中国との対決姿勢を貫いていくという方針を維持し続けるのか、あるいは日本独自の防衛戦略を打ち立てそのための戦力を再構築するのか、2019年こそは真剣な議論が望まれる。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  中国が南シナ海に築いたミサイルの「万里の長城」

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