尊い命が奪われる犯罪事件に巻き込まれた被害者遺族の心の傷は、どれだけ年月が経とうとも癒えることはない。事件の風化を恐れる一方で、メディアに晒されれば記憶が蘇り、遺族らの苦悩は続く。実在した事件が映画化されることもあるが、その背景にはやはり常に苦しむ被害者遺族の姿があることを忘れてはならないだろう。このほどイギリスで、過去に起こった壮絶な児童虐待殺人事件をもとにした映画が制作されたが、この作品の指揮を執った監督が事前に被害者遺族に連絡を取っていなかったことが判明し、世間から批判の声が相次いでいる。『Mirror』『Metro』などが伝えた。

1993年2月12日にマージーサイド州ブートルで起こった少年2人によるジェイムズ・バルジャー君(日本では「ジェームス・バルガー事件」として表記される)殺害事件は全英を震撼とさせ、事件から26年近く経った現在でも「最も凶悪な事件」のひとつとして人々の記憶から消えることはない。

当時2歳だったジェイムズ君は、母親デニース・ファーガスさんと買い物に来ていたショッピングセンターの肉屋の外で母を待っているほんの数秒の間に、学校を無断欠席していたジョン・ヴェナブレスとロバートトンプソンの2人に連れ去られた。その後、2人はジェイムズ君に激しい暴行を加えそのまま線路に放置。ジェイムズ君の遺体は、行方不明になってから2日後に身体が切断された状態で発見された。この残虐な事件の犯人2人が、まだ10歳の少年であったことに世間は大きなショックを受け、多くのメディアが少年らを「悪魔」と報じた。2人は2001年に18歳で釈放されたが、その後もジョン・ヴェナブレスは薬物所持や児童ポルノ写真所持で再逮捕を繰り返し、刑務所を出たり入ったりしている。

ジェイムズ君の両親は、メディアで事件のことが報じられるたびに胸に抱える苦悩を口にした。新しい身分が与えられ、法と社会が新たな生活を送ることを加害者2人に許しても、被害者遺族としては可愛い盛りの子供を奪った2人を許すことなどできないのだ。昨年、民放局で報道された事件についてのドキュメンタリー番組を見たデニースさんは、その内容を不快に感じ嫌悪するコメントを残していた。そしてこのほど、新たに被害者遺族を傷つける出来事が起こった。

アイルランド人の映画監督ヴィンセント・ラム氏(37歳)により、この事件がショートフィルム化された。『Detainment(勾留)』とタイトルが付けられたこの30分の作品は、マージーサイド州警察によりジョン・ヴェナブレスとロバートトンプソンが取り調べを受けているシーンを再現したもので、現在この作品は第91回アカデミー賞短編映画賞の最終選考に進むショートリスト10作品の1つに選ばれている。しかし、ラム氏は作品を撮る前に被害者遺族に連絡していなかったことを、民放局ITVの『Good Morning Britain』で認めた。

同番組に出演し、司会者らから「なぜ被害者遺族の許可を求めなかったのか」と聞かれたラム氏は、このように答えている。

「もちろん事前に連絡することを考え、とても悩みました。ですが連絡していればきっと反対されただろうし、この作品は完成しなかったと思います。被害者遺族の方々には大きな同情を寄せていて、彼らが乗り越えなければならなかった苦悩を思うと私も胸が痛む思いです。私の作品は彼らに更なる苦悩を与えるために作ったのではありません。きっと遺族にとって、この作品を見るのはとても辛いことでしょう。作品の中で、私は犯人の少年らを人間味のあるものとして描いていますが、これも被害者遺族にとっては不快でしかないと思います。同じことが私や他の誰の身に起こっても、きっとジェイムズ君の両親と同じ気持ちになるでしょうから。」

ではなおさら、なぜジェイムズ君の両親に許可を求めなかったのだろうか。ラム氏の出演にあたり、『Good Morning Britain』側はジェイムズ君の母デニースさんに連絡を取り作品について話を聞いたところ、「(映画について)一度も連絡をもらっていないし、許可も求められていない」と不快感を露わにし激怒していたという。ラム氏は「捜査官がジェイムズ君の衝撃的な死について2人の少年を追及している時、少年らが泣きながら自分たちの親を求めるシーンなど、映画は当時の警察のインタビュー記録からの引用でほぼ完全に構成されている」と語っているが、当時少年2人を逮捕し捜査にあたった元刑事局長アルバートカービー氏は「作品は忠実さに欠け、調査の描写がどれほど正確かということについては疑問だ」と言及。また、「母親や家族だけでなくこの事件に関わった全ての人々への影響を考慮せずに作成され、誠実さに欠いている」と苦言を呈している。

ラム氏はTV出演時、このように弁明ともとれる発言をしている。

「この作品では、少年2人への人間的な同情を引き出そうというのが目的ではありません。このような凶悪事件から私たちは教訓を学ぶ必要があると思ったのです。世間は犯人が10歳の男児であるという事実にショックを受け、どう対応していいかわからないところがあったと思います。社会が理解しようとして結論付けたことは、彼らが人間ではなく悪魔だということでした。でもそれは非常に単純化した答えだと思います。彼らは頭に角が生えている邪悪なモンスターではなく、恐ろしい事件を起こした10歳の少年たちなのです。多くの人が彼らに人間味を持たせるのは間違っていると思うかもしれませんが、その事実を受け入れることでなぜそのような罪を犯してしまったのかという心理を理解することができるのではと思ったのです。」

「重要なことは、犯人を単に邪悪と決めつけてしまうとこの事件からは何も学べないということです。今後このようなことが起こるのを防ぐためにも、もっと深く事件を理解すること、犯人の育ってきた環境を知ることが大切なのではないでしょうか。そうすることで事件がどのように起こったのかについて洞察することができるのではないかと思います。1つ明確なのは、きちんとケアされていない子供たちはこうした危険人物になり得るということです。」

被害者遺族に連絡していれば、作品を作ることはできなかっただろうと言うラム氏に、司会者は「バルジャー家の悲劇を利用して称賛と賞を得ようとしているに過ぎない」と非難し、Twitterでもラム氏に対して多くの批判の声が相次いだ。

「被害者遺族に断りもなしにこんな作品を作るなんて、被害者遺族の感情を全く配慮していない。よくこんなことができるわね。何様なの!?」
「幼い子供を殺した2人を人間化してどうするの。2人がやったことは事実なんだから。」
「こんな残酷な人殺しに人間の心があるも何もないだろう。母親の気持ちやモラルを考えたらどうなんだ。」
「被害者遺族の承諾なしに映画を作るなんて最低。母親には、事件を映画化してもいいかどうかを決める権利があるんだから、それを無視するなんて酷すぎる。」
「連絡したら作品を作るのを拒否されるからしなかったって…最低!」
「なぜ、2人がジェイムズ君を殺したのかなんて今更知りたくもないわ。1人の犯人なんて刑務所を行き来してるじゃないの。そういう奴らを映画化してどうすんのよ。」
「被害者遺族に対してこれほど不公平で残酷なことはないと思う。」
「リスペクトも何もあったもんじゃないな。自分のキャリアのためにこの事件を利用しただけだよ。」

ジェイムズ君の父親ラルフさん(52歳)は、母親デニースさん同様、許可なく映画を作成されたことに怒りを露わにしており、このようにメディアで語っている。

「息子が殺害されてからの26年間、これまで様々なドキュメンタリー番組やニュースを目にしてきました。ですが今回ほど、亡くなった息子を慮らず被害者遺族の感情を切り捨てられて気分を害したことはありません。この事件が常に大きな注目を浴びることは理解できますが、この作品は息子を殺した犯人2人に対して同情的に描かれていて、それが何より辛く、悲しいです。監督は息子の殺害をネタにして映画を作りキャリアを得ているにすぎません。少なくとも私たち遺族に連絡してほしかった。」

このニュースを知った人からも「犯人2人は人間じゃない。理解を超えている」「被害者遺族に許可なく作るのはやはりマズいだろう」「私たちがそんな映画を見たいと思う!?」「上映禁止にすべき」といった声があがっている。

画像は『Mirror 2019年1月4日付「James Bulger film director reveals he didn’t contact family before making drama」』のスクリーンショット
(TechinsightJapan編集部 エリス鈴子)

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