平常時からの自家発電設備の導入・活用が役に立つ

 2018年9月6日午前3時8分に発生した「北海道胆振東部地震」では、北海道では初めての最大震度7が観測された。一時は北海道全域が停電する、いわゆる「ブラックアウト」という状態に陥った。復電後、道内では2週間近くの間、節電が呼びかけられた。

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 停電により人々の生活や企業活動の継続に支障が生じたが、このような状況下でも、非常用発電機やコージェネレーションシステム(コージェネ:ガスなどを燃料に、熱と電気を生み出して供給するシステム)などの常用自家発電設備のある施設や事業所では、電気を使用することができ、安全・安心の確保にもつながった。電気だけでなく、熱も供給できるコージェネ設備を擁する地域冷暖房の供給会社では、空調用の熱供給も継続でき、9月の北海道とはいえまだ暑さが厳しいシーズンを乗り切った。

 今回、被災地の札幌で、停電中も事業継続の確保ができた例を取材した。今回のブラックアウト不測の事態であり、多くの道民生活に不安を与えたが、事前の備えがあれば安心・安全が守れることを示した事例を紹介する。(取材・文:柴本淑子)

休止していた常用発電機で停電時でも通常営業したホテル

 定山渓温泉は、札幌の中心部から車で1時間足らずで行くことができ、年間120万人もの宿泊客が訪れる人気の温泉地。約20年前にオープンした「定山渓万世閣ホテルミリオーネ」は、客室312室、従業員はパートを含め約150人の大規模リゾートホテルだ。

 地震で道内全域が停電し、各所で機能が滞る中、同ホテルは電力を自前で確保し、通常に近い営業を続けることができた。そこで活躍したのが、ホテル開業時から地下2階に設置してある常用発電機だった。

 使用する燃料はA重油で、その出力は750kW。一方、ホテルの通常消費電力は1日あたり約600kWで、ピーク時には約800kW。常用発電機を稼働させるだけで、営業に最低限必要なホテル全館の電力をまかなったのである。

 この常用発電機はコージェネで、10年ほど前までは電力会社の電気と併用していたが、重油の価格が上がってからは使用を止めており、その後は数年間、電力不足になる冬場だけは動かしていたという。しかし、それ以外のときでも、「非常時にきちんと稼働するよう毎月の試運転は欠かさなかった」とホテルの前村哲児(まえむら・てつじ)支配人はいう。燃料は、常時3~4日分は確保しており、同ホテルは一時的な避難場所にもなっている。

「停電が長期化することを懸念して、発電機の負荷を軽減し、燃料の重油の消費量を抑えました。たとえば照明を半分だけつけたり、6基あるエレベーターは3基だけ動かしたり、プールやバーカウンターの営業はストップさせるなどです。しかし、基本的には普通に営業を継続していました」と、前村支配人は当時を振り返る。

 大規模停電によって交通網が動かなくなり、帰れなくなった同ホテルの宿泊客だけでなく、停電中の近隣のホテルからも客がやってきて宿泊した。その際、宿泊客に大きな安心を与えたのが、ここでは「普通に過ごせる」ということだったという。明かりが灯っている、お風呂に入れる、温かい食事が出る、テレビから情報を得られる。それがどれだけ宿泊客の安心・安全につながったかは、のちに当時の宿泊客から手紙などで感謝の言葉が多数寄せられたことからも察せられた。

 食糧や飲料水については、ホテルとしてそれなりの備蓄ができていた。たまたま地震当日が食糧の配達日にあたっていて大量に届いたこともあり、また水は280t常備していた。しかしそれ以上に、大事だったのが、やはり電気だ。

「当たり前のことが非常時でもできる。これがいかに宿泊客はもちろん、従業員や近くに住む従業員の家族すべてを守り、安心と安全を与えられるかを実感しました。非常時の備えは本当に大事です」(前村支配人)

環境エネルギー施策との一体化で災害に強いまちへ

 大規模停電は行政にも大きな課題を投げかけた。次は、札幌市の対応を取り上げてみよう。

 地震の半年前の2018年3月、札幌市では「都心エネルギーマスタープラン」を策定したばかりだった。以前から環境保全に力を入れていた札幌市だが、これは、さらに低炭素で持続可能なまちづくりのビジョンとその実現に向けた戦略を示したもので、環境エネルギー施策とまちづくりを一体化させるという考え方に基づき、札幌市の特性を踏まえた上で生まれたプランである。

 策定の経緯と概要について、札幌市まちづくり政策局都心まちづくり推進室の髙森義憲(たかもり・よしのり)室長に聞いた。

「考え方のルーツは1972年の札幌冬季オリンピックにさかのぼります。当時は暖房に使っていた石炭のばい煙で、大気汚染が深刻でした。そこで、オリンピックを青空の下で開くことを目指して、暖房のために地域冷暖房プラントから配管を通じ、高温水での熱供給を開始。開会時には見事な青空が広がりました。こうした先輩たちの業績から、まちの発展には環境エネルギーへの取り組みが不可欠ということを学んでいたのです」

 同プランが掲げる基本方針は大きく3つ。「低炭素」「強靭」「快適・健康」である。さらに細かく現状や課題、取り組みの方向性が挙げられているが、主なものを見てみよう。

 まずは「低炭素」。札幌都心部の建物は、50年近く前の札幌冬季オリンピックに向けて建てられたものが多く、老朽化が進んでいる。そんな中、2030年度には北海道新幹線の札幌開業が予定され、2度目の冬季オリンピックパラリンピック招致に向けた取り組みも必要となるため、多くの建物の建て替えや改装が進むと予測されている。そこで、札幌市では、建物の更新に合わせた省エネビルへの誘導と、コージェネを核としたエネルギーの面的利用の拡大を目指そうというわけだ。さらに、低炭素の取り組みをきっかけに、同時に経済成長にもつなげていくことが示されている。

「強靭」の取り組みの方向性として、非常時に都市機能を維持する高い防災性を備え、多様なエネルギー源から融通して供給できる体制の構築が挙げられる。札幌市では現在、コージェネの導入比率は7%程度、72時間以上の電力を確保できる非常用発電機を設置している企業は9%程度と、非常に低い。そのため、非常時の避難・一時滞在場所に対する電力、熱、水の供給継続、事業が継続できる仕組みづくりを急いでいる。

 そして「快適・健康」は、環境エネルギーによる快適な屋内・屋外空間づくりの支援だ。現在は、マスタープランの実現に向けた中期的な実施計画であるアクションプランの検討を進めている。

 もともと札幌に震度4以上の地震があるのは極めてまれで、いわば「自然災害の少ないまち」だった。そういった強みを生かし、強靭なまちづくりに向けて計画が歩み始めたときに起きた地震による停電だった。今回の地震の影響を受け、市では「災害に強いまち」というコンセプトに変えていきたいという。

 地震発生後、夜が明けるにつれ、行き場を失った観光客を主体とする帰宅困難者が、市役所の1階ロビーに集まって来た。ここでは、非常用発電機により電源が確保され、市内のコージェネ活用のエネルギーセンターから空調用の冷水供給が継続されたので、市民もスマートフォンの充電にやって来た。その数はどんどん膨れ上がり、ロビーはごった返して、外にも列ができて、人々であふれかえった。こういった状況を踏まえ、早期から災害時の非常配備により出勤していた髙森室長ら都心まちづくり推進室の職員は、コージェネを導入して電気を確保しているビルやエネルギー事業者と協力し、それぞれのビルのロビーを順次開放していった。  

 そこでは、スマートフォンの充電サービスの提供や、家電量販店の協力による情報提供用のテレビの設置が行われるとともに、一部のビルでは帰宅困難者への居場所や食料などの提供が行われた。

 今回の地震は「都心エネルギーマスタープラン」が策定後されて間もなく起きてしまった。しかし、それは「災害時に必要なものが何か、よく分かるきっかけにもなった」と髙森室長は話す。「災害時の停電に対する準備は非常に大切で、地道にやっていく必要があります。行政ができること、やるべきことは何なのか。さらに考えていきたいと思います」。

分散型エネルギー拠点を展開し、都市防災機能を向上

 前述の市役所にも空調熱源を供給し、札幌市中心部などへの地域熱供給事業を行っているのが、北海道熱供給公社だ。地域熱供給とは、熱供給設備(プラント)から導管を通じて複数の建物に高温水や冷水、蒸気を供給して、冷房、暖房、給湯、ロードヒーティングなどを行うシステムである。同社は現在、札幌都心部に5つのエネルギーセンター(以下EC)を持ち、再生可能エネルギーや天然ガスを活用したコージェネシステムによりエネルギーを供給している。

 当初は、札幌市の公害対策として1971年に設立された中央ECのみからの、一極集中型の熱供給だった。その後、分散型供給拠点の設置を進め、札幌駅南口EC(2003年)、道庁南EC(2004年)、赤れんが前EC(2014年)と、相次いで操業、エネルギー供給を開始させた。2015年からは、道庁南ECと赤れんが前ECの間で冷水連携運転をスタート。さらに高い省エネ率とCO2削減効果を上げ、相互のバックアップで安定供給のための体制を向上させている。

 そして2018年4月には、複合施設「さっぽろ創世スクエア」に設置された創世ECが供給を開始。ここは、国交省から災害時業務継続地区整備緊急促進事業の認定を受け整備したプラントであり、札幌市が策定した「都心エネルギーマスタープラン」に掲げる低炭素化、強靭化、快適・健康を具現化させる分散型供給拠点となっている。

 ちなみに、「さっぽろ創世スクエア」は、劇場や図書館オフィス、店舗、放送局などが入った地上28階・地下4階建てのビルで、同ECは地下4階に設置されており、同ビルへ冷熱・温熱・電力の供給を行っているほか、札幌市役所庁舎へ西2丁目地下歩道を通じて冷温熱を供給している。

さっぽろ創世スクエア」は、地震の際に開放されたビルの1つで、電気が使えただけでなく、劇場を備えていたため、じゅうたん敷きのロビーは集まった人たちが寝る場所として提供された。

 地震発生時、創世ECではどんな過程を経てエネルギーを供給し、ビル内の業務が継続できたのだろうか。北海道熱供給公社の執行役員で、営業部の中田貞志(なかた・さだし)部長に聞いた。

「地震発生(午前3時8分)の17分後に停電しました。ここで非常用発電機が起動して『さっぽろ創世スクエア』の建物へ電源を供給するとともに、次にプラントのコージェネが起動しプラント内の保安系統や熱源設備へ電源供給を開始。その後、併設する放送局への冷水供給が始まりました。7時20分には『さっぽろ創世スクエア』の管理者と協議し、BCP対応を開始。2台のコージェネを運転し建物側の空調設備へ電源供給を行うとともに、プラントで製造した冷温水を建物内のオフィスや施設に供給したので、『さっぽろ創世スクエア』の機能面においては、その日も通常通りの業務ができました。復電したのは17時でした」

 災害時、指揮拠点や避難所になる官庁や公共の施設には自家発電設備があり、とりあえず建物は機能する。次に必要なのが空調用の冷暖房だ。北海道といえども夏は冷房が必要であり、冬は暖房がないと命に関わる。

「今回の地震による停電では、コージェネを装備していたことで、そのニーズに対応できたほか、照明やコンセントなどの電源供給として役割を果たしたECもありました。それを可能にしたのは、耐久性に優れ、地震にも強い中圧ガス管に接続していたため、ガス供給が停止しなかったことが大きい。コージェネを装備していれば、停電時でもいつもと同じエネルギーを使うことができるのだと、あらためて実感しました」(中田部長)

 この地震で、創世ECをはじめとした成功事例ができたことで、同社では、今後さらに札幌市のエネルギー施策にも沿った分散型拠点の設置推進を進めていきたいと考えている。

 今回、地震による大規模停電に直面しながらも電力を確保した事例や行政の取り組みを見てきたが、自然災害が頻発する昨今。いつどこで、長引く停電が起きてもおかしくない。いかに、エネルギーの安定的な供給や確保に向けた備えをしていくのか。行政や企業はもちろん、さらには各家庭においても、あらためて考えていく必要があるだろう。

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北海道胆振東部地震の発生後、帰宅困難者に開放された「さっぽろ創世スクエア」では、テレビによる気象情報や災害情報などの提供が行われていた