「同性婚が認められないのは憲法で保障された婚姻の自由を侵害し、法の下の平等に違反する」として、東京や名古屋などの10組の同性カップルが、東京地裁など全国で国家賠償を求める集団訴訟を起こすことが分かりました。

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 同性婚の合憲性を正面から問う訴訟は初めてで、法整備を怠った国の不作為などを問う方針です。

 くしくも自民党平沢勝栄議員が、山梨県で開かれた集会であいさつし、「少子化問題」に触れた際にこう述べました。

 「LGBT同性婚で男と男、女と女の結婚。これは批判したら変なことになるからいいんですよ。もちろんいいんですよ。でもこの人(LGBT)たちばっかりになったら国はつぶれちゃうんですよ」

 また、東京の渋谷区世田谷区同性婚について証明書を出していることに触れ、「先進区だとか自慢しているが、私にはその考え方はよく分からない」という発言もあったとされています。

 平沢氏はメディアの取材に対し、発言を認めた上で「私はLGBTを認めている。差別する意図はなかった」と反論していましたが、「だったらわざわざ言わなきゃいいのに……」というのが率直な感想です。

 そもそも少子化問題でLGBTに触れる必要性が私には全く理解できません。なぜ、子どもを持った夫婦が2人目を産まないのか? そのことを考えることこそが、政治家のお役目ではないでしょうか。

 いずれにせよ、企業や学校などでは、まだまだ十分とは言えないまでも、少しずつ、本当に少しずつ、LGBTへの理解が進んでいるだけに今回の発言が残念でなりません。

 実際、冒頭の集団訴訟の原告には、「会社側の変化」に背中を押されて立ち上がったカップルがいるのです。

●婚姻は「両性のみ」の合意か、両性の「合意のみ」か?

 2012年、原告の男性が勤務する会社では、同性カップルも異性カップルと同じように結婚祝い金を支給する制度ができ、それをきっかけに「自分たちを認めてもらう行動」を一つ一つ起こしてきました。13年に都内の式場で結婚式を挙げ、つい先日、19年1月4日には市役所に婚姻届を提出しました。

 しかしながら、市役所では婚姻届を預かったものの「同性婚については規定がないから、不受理にする予定」と説明されました。そこで「自分たちを認めてもらう行動」として、今回の集団訴訟に踏み切ったのです。

 政府は、憲法24条の「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」という規定から「同性婚の成立を認めることは想定されていない」としています。「両性の合意のみ」である以上、男である夫と女である妻しか認めないという解釈です。

 しかしながら日本語とは難しきもの。「両性のみ」の合意なのか? 両性の「合意のみ」なのか? それによって見解が変わると指摘するのが、国際弁護士の清原博さんです。

 清原さんによると、「両性のみ」の合意の場合、異性婚のみを憲法は許容、同性婚は不可。一方、両性の「合意」のみの場合、両性というのはあまり意味を持たず、異性・同性に関わらず「結婚したい2人の合意」があれば同性婚も可能になります。

 GHQの介入により日本国憲法が制定されるまで、結婚は男女の合意に加え「家=父親」の合意が必要でした。そこで「当事者の合意さえあればいい」という見解のもと、上記の条文になったというのです。

●日本は「LGBT後進国

 海外では、現在20カ国以上が同性婚を認めており、同性カップルの権利を保障する国レベルの法制度がないのは、先進7カ国で日本だけ。アジアでは台湾で、19年5月までに同性カップルも婚姻が可能となることが確定しています。

 とはいえ、そういった国々でも同性婚が社会に完全に受け入れられているかというと、必ずしもそうではありません。

 例えば、台湾では18年11月同性婚をめぐる国民投票が行われ、反対派が圧倒的多数で、賛成派を上回りました。かといって国民投票の結果が、「同性婚ができるようになる」という決定事項を変えることにはなりえませんが、民法の改正ではなく、新しい法律を作ることに限定されることとなりました。あくまで婚姻は男女間のもので、同性間の婚姻は別物として扱われる可能性が出てきてしまったのです。

 自分と違う価値観を持つ人を受け入れることは、難しいかもしれない。それでもなんとかして、全ての人が幸せになれる可能性を求め、「同性カップルの権利」を尊重しようと世界は動いている。一方、日本ではLGBTという言葉こそ市民権を得ましたが、「選択的夫婦別姓」でさえ、「家族の一体感が薄れる。バラバラになる」「子どもがかわいそう」などと反対意見が絶えません。完全なる「LGBT後進国」です。

 そういった意味でも、今回の訴訟を法の番人がいかに判断するか。今後の裁判の行方に注目したいと思います。

 それと同時に、この裁判の行方をメディアがどれくらいの関心度で、どのように伝えるか? それを“私たち”がどう受け止めるか? ということは極めて重要です。

 そこでぜひとも知っておいてほしい、伝説のスピーチの一部を紹介します。

●「なぜ反対する人がいるのか分かりません」

 スピーカーは、ニュージーランド国民党で14年まで議員を務めたモーリス・ウィリアムソン氏。13年4月にニュージーランドの首都ウェリントンの議会での「婚姻平等法案」の最終審議と採決の際に行ったものです。

この法案が採決されても、太陽は明日も昇ります。あなたの住宅ローンは増えたりしません。皮膚病にかかったり、布団の中にヒキガエルが現れたりもしません。だから、この法案で大騒ぎするのは止めましょう。この法案が通ることは、影響がある人にとっては素晴らしいものです。でも、そうでない人にとって人生は何も変わりません。

今、私たちがやろうとしていることは「愛し合う2人に結婚を認めよう」としているだけです。ただそれだけです。外国に核戦争を仕掛けているわけではありません。農業を壊滅させるウイルスをばらまこうとしているわけでもありません。

私たちの「愛し合うカップルを結婚させてあげる」という法案の何が間違っているのか分かりません。もちろん自分とは違う人を好きになれないのは分かります。それは構いません。でも、なぜ反対する人がいるのか分かりません。

 ウィリアムソン氏のスピーチは、反対票を投じた政治家や、左派的なコメンテーターからも称賛され、世界中で話題になりました。

 来年、2020年には、東京オリンピックが開幕します。18年の平昌オリンピックでは、フリースタイルスキー男子スロースタイルに出場した、米国のガス・ケンワージー選手が交際相手の男性とキスする様子がテレビ中継で放映され、「ホモフォビア(同性愛者嫌悪)をなくす、バリアを壊すなど、偏見を変えるたった1つの方法は、実際に見てもらうことだと思う。これは僕が子どもの頃には間違いなくなかったこと」と、子どもの頃に自身が苦しんだ経験を打ち明け、その喜びを表現しました。

●「自分と違う人」を尊重するのが“生きやすい”社会

 私は「こういうのっていいよね」と素直に思います。冒頭の原告団も、ウィルアムソン氏のスピーチも、ケンワージー選手のキスも、「いいんだよ、それで。自分を信じなさい」というメッセージです。

 「自分の行動や考え方を自己決定できているという感覚」は、健康社会学で「autonomy(自律性)」と呼び、自分を信じる力は何ごとにも優る生きるエネルギーを引き出します。

 今の日本社会は、私が子どもだった頃より、人生における選択肢が確実に増えました。ところが、それでもなお、社会には「これが正解!」があふれ、正解から外れると「負け組」と排除されたり、集団リンチのように批判されたり、ちょっとでも失敗すると「自己責任」が問われたりしがちです。

 LGBTの問題も、根っこは同じだと思うのです。「もちろん自分とは違う人を好きになれないのは分かります。でも、なぜ反対する人がいるのか分かりません」という名言の通り、「自分と違う人」を良いとか悪いとかではなく、ただただありのままを受け入れることが成熟した社会であり、あいまいさを許容することが成熟した大人であり、自分と違う人を尊重することが「生きやすさ」になっているのではないでしょうか。

 今年もさまざまな角度から社会問題を取り上げ、ぶつかることを恐れず発信していきますので、お付き合いいただければうれしく存じます。

 いい一年になることを祈って……。

(河合薫)

「LGBT後進国」である日本社会は変わるのか(写真提供:ゲッティイメージズ)