新年、明けましておめでとうございます。早速ですが、今年はなにどしでしょうか?

イノシシ(亥)と答えた方、間違いではありませんが、実はそれだけだと不十分です。

正解は己亥(つちのといorきがい)」と、頭にもう一文字つくのです。

知ってた?」

年を表わすのによく使われる、亥を含む十二種類の動物は「十二支(じゅうにし)」と呼ばれます。

そして十二支の頭につける一文字は「十干(じっかん)」と言われ、陰陽五行(いんようごきょう。木、火、土、金、水という自然の五元素と、それぞれの陰と陽を表わす古代チャイナの思想)を表わしています。

この十干と十二支を組み合わせた「十干十二支(じっかんじゅうにし)」を、略して「干支(えと)」と呼ぶようになりました。

ちなみに、何で「じっかんじゅうにし」なのに略して「えと」なのかと言いますと、「え」とは「兄(え)=陽」と「弟(と)=陰」を意味し、漢字表記と直接の関係はありません。

さて、十二支についての話はよく知られているでしょうからここでは割愛して、十干について紹介していきます。

甲(こう、きのえ)/乙(おつ、きのと)

「木の兄(え。陽性)」だから甲(きのえ)、反対に「木の弟(と。陰性)」だから乙(きのと)です。

よく「甲乙(こうおつ)つけがたい」なんて言いますが、ここから来ています。

木が互いに摩擦すると、やがて「火」が生じます。

丙(へい、ひのえ)/丁(てい、ひのと)

「火の兄」が丙(ひのえで、「火の弟」が丁(ひのと)

かつて「丙午(ひのえうま)の年に生まれた女の子は気性が激しく、夫の寿命を縮める」という俗信から、その丙午に当たる昭和41年(西暦1966年)には子供の出生が少なかったことをご記憶の方も多いのではないでしょうか。

木が火で燃えると灰になり、やがて「土」に還っていきます。

戊(ぼ、つちのえ)/己(き、つちのと)

「土の兄」が戊(つちのえ)で、「土の弟」が己(つちのと)

戊辰戦争の一幕。錦絵「甲州勝沼駅近藤勇驍勇之図」明治時代

明治維新の戊辰(ぼしん)戦争は、戊辰(つちのえたつ)の年に当たる慶応4/明治元年(西暦1868年)に起こりました。

土は永い歳月をかけて、鉱石≒「金(かね)」を生み出すのです。

庚(こう、かのえ)/辛(しん、かのと)

「金(かね)の兄」が庚(かのえ)で、「金の弟」が辛(かのと)

辛亥革命によって建国した中華民国(現:台湾国)の初代臨時大総統:孫文。1896年

たまに道端で見かける庚申(こうしん)塔は庚申(かのえさる)の年に建てられたもので、チャイナ辛亥(しんがい)革命は、辛亥(かのとい)に当たる宣統3年(西暦1911年)に起こったため、そう呼ばれました。

昔の人々は、地中の鉱物が「水」を生み出すものと考えていました。

壬(じん、みずのえ)/癸(き、みずのと)

「水の兄」が壬(みずのえ)で、「水の弟」が癸(みずのと)

大和国矢田山金剛寺蔵「天武帝御影(天武天皇肖像)」伝 朱鳥元686年。壬申の乱に勝利した大海人皇子(後の天武天皇)。

歴史の授業で習った壬申(じんしん)の乱は、壬申(みずのえさる)当たる天武天皇元年(西暦672年)に起こりました。

そして、水を注がれて「木」が育ち、万物が循環していくのです。

まとめ

以上、十干について紹介してきましたが、十干の始まりである「甲」と、十二支の始まりである「子(ね)」の組み合わせ(甲子/こうし、きのえね)から始まり、十干と十二支それぞれの終わりである「癸」と「亥」の組み合わせ(癸亥/きがい、みずのとい)まで、60通りで年を表わすのが「干支」です。

月岡芳年「卒塔婆の月」年老いた小野小町。明治十九1886年。

そして「癸亥」の次は「甲子」に暦(こよみ)が戻って(還って)くるため、「暦が還る」60歳を「還暦(かんれき)」と呼ぶのは、広く知られる通りです。

人間の年齢は、単なる数値(データ)ではありません。

最近は合理性の追求によって、元号や暦さえ排して西暦表記一辺倒が主流になりつつありますが、こうしたささやかなことを知っておくだけでも、味わい深く歳を重ねていけるかも知れません。

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