1月27日(日)、2月9日(土)&10日(日)の3日間、東京・秋葉原と茨城・つくば市で「アニメスタジオミーティング(アニスタ)」と題されたイベントが開催されます。

「弁当デー」の他にも、定期的にマッサージのサービスを受けられたり、そういった取り組みが仕事の質を上げていると語る酒井さん

このイベントにはアニメ業界を代表する複数のスタジオから、業界の第一線で活躍するプロデューサーやクリエイターが参加し、アニメ業界、そしてアニメの制作現場の現状をアニメファンたちへ向けてダイレクトに発信していく予定です。さらに業界を夢見る者たちに向けた、リクルートイベントも合わせて行われます。

毎回「アニスタ」に参加するスタジオから複数のスタッフの方にご登場いただき、自身がアニメ業界を目指したきっかけや就職活動の思い出を語ってもらってきた、このコーナーも今回で最終回。最後にご登場願うのは、アニメ制作だけではなく作品の配給やパッケージ販売・海外セールスも自社で行う、コミックス・ウェーブ・フィルムの代表取締役・川口典孝さんとプロデューサー・酒井雄一さんです。

――まずは、お二人がアニメーションに携われることになった経緯をお聞かせください。

川口:もともと商社マンだった僕が、新海誠という天才に出会ってしまったから、今、この業界にいる。ただそれだけです。新海誠がまだ28歳くらいで「ほしのこえ」を作っていた頃に一緒になって、僕がマネージャーとしていろいろなところに営業しに行ったわけです。でも、テレビ局もDVDメーカーも「よさそうだね」と反応するだけで、無名の若手クリエイターの作品を上映・放送することを確約してくれない。要するに愛がないんですよ。そこで、それなら自分でやろうとDVDメーカーを始めたんです。その後、2作目の「雲のむこう、約束の場所」はいきなり90分だったので、スタッフが必要だということでスタッフを集めたんですね。芸大生とか学生の人たちですよ。そうしたら、いい美術マンとかCG周りの人がどんどん集まってくれて、気が付いたらスタジオができていたという感じですね。でも、僕の経緯はかなり異色なんで、正直、学生さんの参考になるかどうかわかりません。

酒井:私はもともとアニメが好きで、学生時代からずっと観てはいたんですけど、大学卒業後は普通に自動車会社の営業をやっていたんですよ。でも、そこで1年くらいしたときに「やっぱり映像関係のお仕事をやってみたい」と思いまして、アルバイトを募集していた小学館プロダクションに入って、そこのテレビ企画事業部という部署で1年ほど働きました。その中で、小プロに出入りしていたスタジオ雲雀というスタジオが制作進行を募集していることを知ったんですよ。その頃は制作進行というものがどういうものか、全然知らなかったんですが、アニメの作り方をより深く知れるんじゃないかとスタジオ雲雀に入社し、そこで制作進行と制作デスクを担当しました。それから3年ほど経つと仕事にも慣れて新しいことがやりたくなってきたので、どこか違うスタジオも経験したいと思うようになったんですね。そこで今度は日本アニメーションというスタジオに移って、脚本の資料や史実を確認したりするアシスタントプロデューサーの仕事をしていました。それでまた3年ぐらい経ったとき、コミックス・ウェーブが分社化してコミックス・ウェーブ・フィルムという会社ができるという話を聞いたんです。昔、お世話になった先輩から「人が足りないから来てくれないか?」と言われたのがきっかけで、ここに入って、もう11年になりますね。

川口:もうそんなに経つんだ。それまでのスタジオは3年スパンだったのに?

酒井:そうですね。この会社は非常にいろんなことをやらせてもらえるので、ルーチンになることがないんです。「人が足りない」という連絡を受けたときも、どんなスタジオなのか聞いたんですよ。普通にアニメを作るだけのスタジオだったら行くのやめようかなと思っていたんで。そうしたら、先ほど川口が話したように、アニメを作るだけでなく自社で DVD 販売や配給もやっている会社だということだったんで、そういうことなら、これまでと全然違うことができると思ったんですね。

――ただ、3年くらいでスタジオを辞めて新しい場所に行くというのは、この業界ではわりと当たり前のことですよね?

酒井:他の業界と比べると驚くかもしれませんが、そうやって転職していくのは当たり前ですね。作りたい作品に惹かれてスタジオに入ることが多いですから。ロボットものが作りたいと思えば、「じゃあ、サンライズに行ってみよう」とか、そうしたわかりやすい情熱もすごく大切なものではあるので。

川口:まあ、「一か所で 3年間やってデスクまで務めました」といえば、もう売り手側が強くなるよね。大変でも3年間頑張れば、次からはもう転職は自由というか。結構いけちゃうよね。

酒井:そうですね。いけちゃいますね。

川口:しかも、この制作進行というポジションは、映像製作に関わりたいと思っている人たちにとっては一番敷居が低い役職でもあるんですよ。学歴も関係ないし、礼儀正しくて挨拶ができれば、あとは根性とセンスだけで成り上がっていけるんです。もし頑張ってテレビ局や映画会社に入ったとしても、大きな企業にはさまざまな部署があるわけだから、不動産部に配属されるかもしれないし、経理部に配属されるかもしれない。でも、スタジオの制作進行なら、到達するのは大変だろうけど、気が付けば映画のプロデューサーにだってなれるわけですよ。

――お二人が初めてお会いになったときの印象は覚えていらっしゃいますか?

川口:僕が最終面接をするんで、そのときだったと思いますが、10年以上前なんで、よく覚えてないんですよ(笑)。ただ、僕のところに上がってくるということは現場での試験はもう終わっているんですね。だから、「よく残ったね」とかそういう話にしかならないんです。そこで改めて、どんな作品に関わってきたのかを聞くようなこともありません。僕が新入社員と約束するのは「挨拶をする」、「時間を守る」、「掃除をする」、この3つだけなんです。面接でも見るのはそこだけ。「人間としてちゃんとしているか」だけを見ています。

酒井:私の方は今でもはっきり覚えています(笑)。今までのアニメ関係の方たちとは完全に違う空気をまとわれた方だなという印象でした。「こんなに長い間、アニメ業界を経験して苦労してきたのなら、うちならその経験をさらに生かせるぞ」というお話をいただきました。確かにこれまで苦労することも多かったので、その言葉はとても印象的でした。

川口:制作進行の人たちは時間的にも経済的にも苦労している人が多いですよね。そのためには、もっと業界全体で制作に対する待遇を改善していく努力をする必要があると思います。

――今回、「アニスタ」に参加しているスタジオの方たちは、みんな同じような問題意識を持った方たちだと思います。

川口:このイベントに参加されているスタジオさんは、制作の地位を向上しようとしてる感じがすごくしてるんで、とてもいいことだと思いますね。だから今回、うちもこのイベントに参加しようと思ったんです。WIT STUDIOの和田(丈嗣)さんとかは僕より一回り下の世代で、そうした若い世代の経営者が業界の環境を変えていこうとしているのは、とても頼もしいし、若い彼らなら変えられると思っています。例えば、うちにはマッサージャーが週2回来ていて、全員にストレッチを1人30分ずつレクチャーしてくれるんですよ。いつも、みんな机に背中を丸めて座って描いているので、前屈みになったまま肩が凝り固まっていくんです。そうしたことをケアしていくのも大事なことだと思っています。

――それは、アニメ業界が長い酒井さんからすると、いい環境だなと実感することも多いのではないですか?

酒井:そうですね。ほかにも弊社には「弁当デー」としてスタッフ全員に弁当が支給される日があったり、社員たちの待遇にとても目を向けていて、アニメ業界ではなかなかない環境だと思うことはあります。

川口:僕はスタジオ経験者ではないので、いいなと思ったことはどんどんやっていくんですよ。これがどこかのスタジオを一度でも経験していたら、そこのやり方に縛られていたかもしれません。でも、僕にはその経験がないので縛られる理由がないんです。新海誠もスタジオの経験がないので、これが普通だと思っていますね。だから彼のアニメの作り方も独特なんですよ。ほかのスタジオとは全然違うところはありますが、これでここまでやってきたので、あとはそれをどこまで突き詰めていくかをやっていくだけだと思っています。

――当日、イベントで学生さんたちと直接会うのは楽しみですか?

酒井:去年、参加させていただいたイベントで、同じように学生の方たちとかなり近い距離で説明させていただく機会があったんですが、やっぱりすごい熱量を感じました。今回もそうした熱量を持った学生さんたちに会えるのが、すごく楽しみです。

川口:僕は普段、面接のときにちょっと近い距離で話す程度なので、今回は学生さんたちをじっくり見てみたいなと思っています。ずっと自分たちのペースでやってこれたという実感はあるんですが、「君の名は。」が大ヒットしたおかげで、今、アニメ業界は劇場版がすごく多くて、原画マンの取り合いなんですよ(笑)。優秀な人材はいつでもほしいと思っています。

酒井:それに伴って最近は背景の方もなかなか厳しくなっていまして。だから「アニスタ」に参加することで、背景を募集中であることもアピールしていきたいです。新卒である必要もないですし、背景は随時募集中です(笑)。

川口:“新海マジック”の担い手となる背景スタッフを求めております! それに、アニメはすごい夢があるジャンルなんですよ。どんなに優れた実写映画でも世界中の隅々まで届くような作品を作るのは難しい。でも、アニメだとそれができるんです。しかもそれが100年後も残っていくんですね。例え著作権が切れたってエンドクレジットには、その作品に関わった人たちの名前が残り続けるわけで、孫の代、それよりも先の世代にも誇れるんですよ。それをこの日本でやれるのはアニメしかないと思うんですね。ぜひ他の業界にはない夢があるアニメ業界に、どんどんチャレンジしてみてほしいですね。

次回はこれまでに登場した4社の若手社員の方に登場していただく特別座談会をお送りします!

現在、イベントのチケットはWIT STUDIOのアプリ「WITアプリ」で発売中。

各スタジオのファンや、アニメ業界を志す皆さんは、今すぐ申し込みを!

●川口典孝(かわぐち・のりたか)/コミックス・ウェーブ・フィルム代表取締役。伊藤忠商事(株)コンテンツ事業部から、旧コミックス・ウェーブ社へ出向。その後取締役に就任。03年、伊藤忠商事より転籍。07年、旧コミックス・ウェーブ社から独立し、現在に至る。

●酒井雄一(さかい・ゆういち)/アニメーションプロデューサー。複数のスタジオを経て、コミックス・ウェーブ・フィルムに入社。これまでに「言の葉の庭」、「君の名は。」で制作プロデューサー、「この男子、魔法がお仕事です。」などの山本蒼美作品でプロデューサーを担当。(WebNewtype・【取材・文:橋本学】)

和気あいあい、楽しく語っていただいたお二方。これまで連載に登場した3社とは違った視点を提供してくださいました