平成の30年間で劇的に進んだ大型再編

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平成の30年間で目まぐるしく進んだ都市銀行の大型再編

「平成」という時代も残り3カ月強となりました。30年間という1つの時代は、昭和や明治に比べると短いものの、グローバリゼーションという大きな波が押し寄せる中で、様々なことが大きく変わったと言えましょう。

大きく変わった1つが各種の産業構造(業界図)であり、多くの企業が再編・淘汰されてきました。金融業界はその代表例と考えられ、とりわけ、銀行業界の再編・淘汰は目まぐるしいものがありました。

現在の4大メガバンクと称される三菱UFJ銀行三井住友銀行みずほ銀行りそな銀行も30年前には存在しておらず、平成初期に存在していた数多くの都市銀行の再編により誕生したのです。

各メガバンクの母体行クイズ、あなたは何問正解できるか?

そこで今回は、各4行のメガバンク誕生に際して、母体となった銀行(注:平成元年に存在した都市銀行に限る)を答えてもらうクイズを用意しました。なお、筆者が独断で制定した難易度はC→B→Aの順に難しくなります。

三菱UFJ銀行(難易度「A」)

現在の最大手メガバンクである三菱UFJ銀行ですが、この母体となった銀行を全て言える人は少ないのではないでしょうか。まず、「三菱銀行」と「東京銀行」はすぐに思いつくでしょう。「東京銀行」は少し馴染みが薄いかもしれませんが、2018年3月末までは「三菱東京UFJ銀行」でしたので、まだ記憶にある方も多いと思われます。

難しいのは「UFJ」です。三菱UFJ銀行は最終的には、2006年1月に当時の「三菱東京銀行」と「UFJ銀行」の合併により誕生しました。そして、この「UFJ銀行」は、2002年1月に当時の「三和銀行」と「東海銀行」が合併して誕生しています。

当時、関西地域で「三和銀行」、東海地域で「東海銀行」はよく知られていましたが、覚えている人も徐々に減っているのかもしれません。

三井住友銀行(難易度「A」)

“難易度がA? 一番簡単じゃないのか?”と思った人が少なくないかもしれません。確かに、2001年4月の誕生から一度も行名が変わっていないため、「住友銀行」と「三井銀行」と思いがちです。

しかし、その誕生時に合併した銀行は「住友銀行」と「さくら銀行」でした。そこで問題になるのが、「さくら銀行」の母体行です。“そう言えば、「さくら銀行」ってあったなぁ”と感慨にふける人も多いはずです。

さて、その「さくら銀行」ですが、1992年4月に「太陽神戸三井銀行」から行名変更された銀行です。その元を辿ると、1990年4月に当時の「三井銀行」と「太陽神戸銀行」の合併となります。

後に振り返ると、この「三井銀行」と「太陽神戸銀行」の合併は、平成の時代に数多く繰り返された銀行の大型再編の第1弾でした。既に名称が消えた「太陽神戸銀行」を覚えている人は非常に少ないと考えられます。

みずほ銀行(難易度「B」)

難しそうに見えて、意外にすぐ母体行名が出てくるのではないでしょうか。まず、正解から先に言うと、「日本興業銀行」「第一勧業銀行」「富士銀行」の3行です。

このうち、「日本興業銀行」は普通銀行ではなく、長期信用銀行法に基づいて定められた“長期信用銀行”(債券を発行して資金収集が認められた銀行。詳細は省略)に分類されていました。

しかし1998年、この“長期信用銀行”に分類されていた日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が相次いで経営破綻し、残った日本興業銀行の経営再建の行方に大きな社会的関心が集まった時期がありました。

その時に打ち出された“ウルトラC”が、「第一勧業銀行」と「富士銀行」との3行合併により普通銀行に転換する判断だったのです。そのため、この「みずほ銀行」誕生の経緯をよく覚えている人も多いと考えられます。とはいえ、現在の若い世代にとっては、難易度は「A」に相当するかもしれません。

りそな銀行(難易度「特A」)

難問です。銀行業界に勤める方(勤めた経験含む)以外で、この正解が言える人は相当な“銀行再編通”と言えましょう。りそな銀行は、2003年3月に「大和銀行」が「あさひ銀行」と合併して誕生した銀行です。そして、この「あさひ銀行」は、「埼玉銀行」と「協和銀行」の合併で誕生した銀行でした。

現在、りそな銀行は、持株会社である「りそなホールディングス」の傘下にありますが、同じ傘下に「埼玉りそな銀行」という都市銀行もあります(注:「埼玉りそな銀行」を都市銀行とは扱わない見解もある)。

そのため、大元の「埼玉銀行」が「りそな銀行」とは関係ない印象を与えているかもしれませんが、現在の「りそな銀行」の母体の1つです。なお、「りそなホールディングス」の前身である「大和銀ホールディングス」の傘下にあった「奈良銀行」という地方銀行が2006年1月に「りそな銀行」に吸収合併されましたが、今回は設立母体銀行としては取り扱っていません。

大和銀行」「埼玉銀行」「協和銀行」はいずれも都市銀行としては規模が小さかったため、“弱者連合”などと揶揄されました。また、2003年5月には公的資金注入により実質的に国有化されるなど、経営の先行きが不安視された時期があったのも事実です。しかし、現在は注入された公的資金も返済が完了し、独自のサービスを展開するなど独特の存在感を示しています。

30年前の13行が多過ぎたのか、現在の4行が少な過ぎるのか?

なお、平成元年に存在した都市銀行のうち、「北海道拓殖銀行」だけは本格的な銀行再編の波が押し寄せる前の1997年に経営破綻となりました。

若い世代の方にとっては、今から30年前に、都市銀行が13行もあったとは少々信じ難いかもしれません。一方で、中高年世代の方にとっては、都市銀行がわずか4つになってしまった現在の姿が信じ難いことなのでしょうか。