■ 勝谷さんと言葉を交わした時の笑顔。テレビでの姿は実像と異なっていたのでは

在りし日の勝谷誠彦さん

昨年の11月28日、肝不全のため57歳の若さで亡くなった、勝谷誠彦さん。多くのニュースや情報番組を始め、各メディアが勝谷さんの死を悼んだ。歯に衣着せぬ毒舌で知られたが、親交の深かった人々ほど、在りし日の彼の繊細さや優しさを挙げて偲んでいた。

17年夏、私は彼と短く言葉を交わしたことがある。尼崎の出身だと知っていたので、「私も今、尼崎に住んでいるんです」と伝えると、表情を崩し笑顔で、「そうなんですか!尼崎のどちらなんですか?」と、前のめりで聞いてくださった。その顔つきはメディア出演で見せていた彼の雰囲気とは、全く異なった柔らかいものだったことを覚えている。

私の拙い番組制作経験で申せば、テレビに出演する人々のキャラクターは、「加工」されたものであることが多い。画面では豪快に振る舞っている人が、会うと人見知りだったりすることは珍しくない。等身大の勝谷さんを私は知らないが、テレビで見せていた姿は、実像とは異なっていたのではないかと、推測している。

勝谷誠彦さんの冠番組「カツヤマサヒコSHOW」が、13年10月から17年の3月までサンテレビで放送されていた。毎回ゲストを招き、お酒を飲みながらざっくばらんトークを交わす番組で、土曜日の夜という放送時間帯もあって、ゆったり楽しんで見ていた。他の番組では見せない勝谷さんの顔がそこにあった。

13日深夜、「勝谷誠彦さん追悼番組 カツヤマサヒコSHOW」が放送された。3年半に渡る秘蔵映像を流しつつ、アシスタントを務めていた榎木麻衣アナウンサーが、縁深きゲストの花房観音(小説家)、桜井博志(旭酒造会長)と共に、勝谷さん行きつけのたこ焼きバー「たこまる」(尼崎・立花)で、彼の思い出を語りあった。「ありがとう」しかないという花房らの言葉が心に残った。

【著者プロフィール】影山貴彦(かげやまたかひこ)同志社女子大学 学芸学部 メディア創造学科教授。元毎日放送プロデューサー(「MBSヤングタウン」など)。早稲田大学政経学部卒、関西学院大学大学院文学修士。「カンテレ通信」コメンテーターABCラジオ番組審議会委員長、上方漫才大賞審査員、GAORA番組審議委員、日本笑い学会理事。著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)など。(関西ウォーカー・関西ウォーカー

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