突然ですが問題です。

「世界中の1歳児の中で、なんらかの病気に対して予防接種を受けている子供はどのくらいいるでしょう?」
(A)20%
(B)50%
(C)80%

正解は……Cの「80%」

もっと悪い数字だと思っていた、そんなあなたにさらに良いデータがある。世界の平均寿命は「およそ70歳」、極度の貧困にある人の割合は「過去20年で半分」に、いくらかでも電気が使える人は世界に「約80%」いる。

世界はどんどん良くなっている。なのに人々は暗い未来を思い浮かべがちだ。その思い込みをデータで打ち砕くのが『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(日経BP社)である。

10個の「本能」が目を曇らせる
著者のハンス・ロスリング氏は、医師であり公衆衛生の専門家。アフリカの極度の貧困地帯で感染症の研究などを行い、後世は「事実に基づく世界の見方」を伝えるために世界中で講演をしていた人物だ。

講演で出題してきたのが冒頭の三択クイズ。全部で12問あり、さまざまな国の、さまざまな分野の人物に出題してきたが、平均正解数はわずか2問だけ。政治家や大学教授、ジャーナリスト、多国籍企業の役員など、高学歴グループも大多数が間違える。本書の表現によれば「適当にバナナを拾うチンパンジー(正解率3分の1)のほうが勝つ」とのこと。

(これらの問題はチンパンジークイズとしてWeb上で公開されている)

どうやら人間たちは、世界がどんどん悪くなると思い込んでいるらしい。著者はその原因を10の「本能」に分類し、ひとつひとつ解きほぐしていく。

第1章 分断本能
第2章 ネガティブ本能
第3章 直線本能
第4章 恐怖本能
第5章 過大視本能
第6章 パターン化本能
第7章 宿命本能
第8章 単純化本能
第9章 犯人捜し本能
第10章 焦り本能

例えば「分断本能」は、「先進国と途上国」「こちらとあちら」と、世の中を2つに分けてしまう考え方。実際は、かつて途上国と呼ばれた国々もここ数十年で目覚ましい発展を遂げている。世界で最も多くの人が住んでいるのは、高所得な国でも、低所得な国でもなく、「中所得」な国。その割合は実に75%。中所得と高所得の国を合わせると、91%にもなる。

こうなると「先進国と途上国」という分類は意味をなさない。本書はレベル1(極度の貧困)からレベル4(高所得)の4段階で考えることを提案する。

また、「直線本能」は、右肩上がりのグラフは今後もずっと右肩上がり、と考えてしまうもの。例として挙げられるのが地球の人口だ。現在の世界人口は約76億人。さっき「中所得」な国が増えてるって言ってたけど、アジアやアフリアが発展したら、どんどん人口が増えて大変なんじゃないの……と思ったあなた。専門家によるとそのスピードはすでに減速しており、最終的に100億〜120億人で落ち着くとみられている。

それはなぜか。「女性一人あたりの子供の数」が減っているのだ。レベル1(極度の貧困層)は稼ぎ手として子供の力を必要とする。病気で亡くなる子供も多い。レベル1を脱すれば、もうたくさん子供を作らなくていいのだ。女性一人あたりの子供の数は、ここ50年で5人(1965年)から2.5人(2017年)に減少している。

悪いニュースに影響されやすく(ネガティブ本能)、政治家が金持ちがメディアが悪いと考え(犯人捜し本能)、このままではとんでもないことになると怯える(恐怖本能)。心当たりのあるものばかりだ。それぞれの本能について、「ファクトフルネス」となる処方箋が用意されている。

ちなみに、先ほどのチンパンジークイズには日本版(『ファクトフルネス』風?日本の事実が学べるニホンザルクイズ)も公開されている。近ごろ統計に関するニュースが世間を騒がせているが、世界を正しく把握するために、いかにデータが大事かを思い知らされる。

データは心を穏やかにする
ちょっと固い話題が続いたが、本書は決して難しい本ではない。むしろスルスルと読みやすい。統計の専門用語は「平均」くらいしか出ず、こちらに呼びかけるような語り口は柔らかい。第10章「焦り本能」には本文中に「いつやるか?いまでしょ!」が出てきて噴き出してしまった。

(翻訳の様子は、共訳者の上杉周作さんが「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」の翻訳本ができるまでにまとめている。本職はエンジニアで本の翻訳は初めてだそう。チンパンジークイズWeb版を作ったのも上杉さんだ)

この記事の冒頭、ハンス・ロスリング氏を紹介するくだりで「世界中で講演をしていた」と過去形で書いた。実は彼は、2017年に末期のすい臓ガンで亡くなっている。この本は余命が宣告されたあと、全ての予定をキャンセルして、共著者である息子夫婦と書き上げたものだ。

人々の知識不足と闘い続け、正しい世界の見方を解いてきた著者は、本書の終盤で「最高に心がときめく、喜びに満ちた生き方だった」と振り返る。

「事実に基づいて世界を見ると、心が穏やかになる。ドラマチックに世界を見るよりも、ストレスが少ないし、気分も少しは軽くなる。ドラマチックな見方はあまりにも後ろ向きで心が冷えてしまう」

ここからは筆者の想像だが、事実に基づいて世界を見るだけでなく、事実に基づいて「自分」を見ることも、心を穏やかにする作用があるのではないだろうか。

大きな失敗をしては「自分はダメだ」と落ち込み(過大視本能)、このまま状況は悪くなり続けると悲観し(直線本能)、生まれつきこういう人だからと諦める(宿命本能)。ネガティブな思考に陥るとき、ここにも10個の本能が顔を出す。

失敗をしながら成長しているのかもしれない。
いつまでも同じ状況が続くとは限らない。
ゆっくりとした変化に気づいていないのかもしれない。

第2章「ネガティブ本能」には、「悪い」と「良くなっている」は両立するというフレーズが出てくる。世界には未だに多くの問題が残っており、もちろん無視することはできない。しかし、だからといって「良くなっている」という事実まで無視することはない。「悪い」と「良くなっている」は両立する。現在という点で判断するのではなく、過去から続く線で判断するべきだ。世界も。自分も。

世界を捉え直すやりかたで、自分も捉え直すこともできる。心が乱されるとき、『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』は新しい物差しを与えてくれる。

『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP社)
著者:ハンス・ロスリングオーラ・ロスリングアンナ・ロスリング・ロンランド
翻訳:上杉周作、関美和

(井上マサキ

『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(日経BP社)著:ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド。翻訳:上杉周作、関美和。