強気の姿勢も実は切羽詰まっていたトランプ大統領

 2018年7月以来の「米中貿易戦争」終結に向けて中国の習近平国家主席が動いた。

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 3月1日の一時休戦期限を前に先手を打ったのだ。ドナルド・トランプ大統領はこれに乗ってきた。

 米中閣僚級の貿易協議で合意すれば、2月下旬にも米中首脳会談が開かれる可能性が出てきた。

https://www.wsj.com/articles/china-trade-negotiators-proposing-trump-xi-meeting-in-china-next-month-11548940089

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO40789710R00C19A2EA1000/

 米メディアを見ていると、一見、トランプ大統領はどこまでも強気の姿勢だが、実際には切羽詰まった状況にある。

 トランプ大統領は、貿易不均衡の是正、中国による知的財産権の侵害、米企業への先端技術移転の強要、産業補助金、産業スパイ容疑などなど、次々と対中要求を突きつけている。

 だが、ホンネは、制裁関税を賦課して以来、増え続ける対中貿易赤字額をなんとか減らすことにある。

 その他の難問は一朝一夕には解決できない。要は中国に構造改革を伴う措置を実施させ、その進捗状況を米国が定期的にチェックできる仕組みをいかに導入するか、だ。これには時間がかかる。

米国にとっては裏目に出た制裁関税合戦

 「米中貿易戦争」で有利に立っているのは決してトランプ大統領ではない。むしろ有利にことを運んでいるのは習近平主席の方だ。

 主要シンクタンクの上級研究員は数字を挙げて、筆者にこう説明する。

 「トランプ大統領は議会に相談なしに大統領令で2018年9月までに中国に制裁関税を3回課した。これに対し中国が報復関税を課した」

 「2018年12月に一時休戦に合意したが、アメリカの対中貿易赤字(財のみ、調整前ベースで)は2018年10月には431億ドル(9月は402億ドル)と増えた」

 「品目別で最も輸出の減少幅が大きかったのが主力品目の大豆だ。9月には大豆の対中輸出額は25億8100万ドル(前月比28.2%減)に激減、10月以降もほぼ半減が続いている」

 「トランプ大統領にとっては大豆はダイヤモンドのように大切な品目。オーバーな言い方をすれば、トランプ氏を大統領にしてくれたのは大豆(の生産者票)だからね。(笑)

習近平主席の「誘い水」は大豆500万ドル買い

 1月31日習近平主席は、その大豆を米中首脳会談への「誘い水」に使った。

 「大豆」をちらつかせて、米中首脳会談を開き、首脳同士の差しの会談で貿易問題を片づけようという腹つもりだ。

 トランプ大統領1月31日大統領執務室に呼び入れて、会った劉鶴副首相に持たせた「親書」の中で、習近平主席は「大豆を500万ドル多く買ってもいい」と言い出したのには、そういう裏があるからだ。

 前述のシンクタンク上級研究員はこう見る。

 「これだけ入り組んだ貿易交渉をいつまでも役人や決定権のない閣僚たちに任せても埒が明かない。政治は素人だが、商売人のトランプには具体的なカネの話をするのが手っ取り早い――」

 「習近平主席はこう思ったのだろう。何しろ大豆はトランプにとってもありがたい品目だからね」

 案の定、トランプ大統領は首脳会談の開催案に乗ってきたようだ。

アイオワ州は大統領選では「トランプの金城湯池」

 大豆といえば、中西部のアイオワ州とイリノイ州が主産地だ。2016年大統領選の際には、トランプ候補はイリノイ州は落としたが、アイオワ州では圧勝した。まさにトランプ候補にとっての金城湯池だった。

 トランプ氏は、アイオワ州で80万票を獲得。これに対してヒラリー・クリントン民主党大統領候補は65万票。

 共和党大統領候補が民主党候補にこれほど差をつけて勝利したのは1980年大統領選のロナルド・レーガン候補以来のことだった。

(イリノイ州ではクリントン候補が55.83%、トランプ候補は38.76%でトランプ候補は負けている)

https://www.nytimes.com/elections/2016/results/iowa

 トランプ候補に票を入れた大票田は、アイオワ州の北部のカスース、プリマス郡などの大豆を生産する白人農業従業者たちだ。

https://www.nass.usda.gov/Statistics_by_State/Iowa/Publications/County_Estimates/2018/IA-CtyEst-Soybean-16-17.pdf

 ところがトランプ政権が仕かけた「米中貿易戦争」で一番ダメージを受けているのは、皮肉なことにあれだけトランプ候補を熱烈支援したアイオワ州の大豆生産者たちだった。

 トランプ大統領の2年間の政治を見ていると、意固地なほどに選挙の時の公約にこだわってきた。ところがお世話になったアイオワ州民に対してはどうか。

 習近平主席はアイオワの事情を最初から見抜いていたのだろう。

 減り続けるアイオワ州の対中大豆輸出。習近平主席は「鶴の一声」で「500万ドル買うぞ。だから会って話し合おうじゃないか」と提案した。

 トランプ大統領は米中首脳会談(中国側は海南島を開催地として提案しているらしい)に応ぜざるを得ない。

習近平主席とは縁のあるアイオワ州の地方紙に「官報」

 習近平主席が「大豆」を持ち出したストーリーには「前段」がある。

 習近平主席とアイオワ州との間には少なからず縁があった。

 主席は33年前に中国共産党河北省支部訪米団の副団長としてアイオワ州を訪れ、地元の人たちと友好を深めたことがあったのだ。農家にも泊めてもらい、アイオワ州の大豆事情には熟知している。

 米国内ではカネさえ出せば、メディアに「政治広告」を載せることが許されている。在米韓国人中国人の団体がニューヨークタイムズに日本の「戦争犯罪」を糾弾する全面広告を掲載できるのもそのためだ。

 中国政府も、ニューヨークタイムズウォールストリートジャーナルといった主要紙に「政治広告」を掲載してきた。

 紙面に「政治広告」を載せるだけでなく、米紙の「付録」として自ら編集制作した新聞を一緒に配布することも可能だ。

 中国政府はそのために英字新聞「チャイナウォッチ」を発行している。

 米中貿易摩擦が激しくなり始めた2018年9月、習近平主席はアイオワ州の地方紙「デモイン・レジスター」(Des Moines Register、発行部数5万9000部、日曜版10万5000部)に「チャイナウォッチ」を配布させたのだ。

 一見は百聞にしかず。

 右の写真がその「チャイナウォッチ」である。

 トップ記事は「Duel Undermines Benefit of Trade」(争いは貿易による利益を害する)。

 記事の内容は、「米中貿易摩擦で米中両国が双方の輸出輸入品に高い関税をかけ合えば、困るのはアイオワ州で大豆を生産しているアイオワ州の農民の方々です。皆さんが選んだトランプ大統領にそのことを分かってもらいましょう」といったもの。

対中輸出の大豆の60%はアイオワ産の大豆

 米国で生産され、中国に輸出されている大豆の、なんと60%はアイオワ産、年間43億ドルに上る。

 習近平主席はそのアイオワ州民に「『米中貿易戦争』が皆さんの首を絞めているんですよ」と訴えたのだ。

 この「政治広告」がニューヨークタイムズ(おそらくアイオワ州民の中には同紙を読んでいる人はほとんどいないはずだ)ではなく、州内では圧倒的影響力を誇る地元紙「デモイン・レジスター」に掲載されたことにこそ意味があった。

 この戦略がアイオワを金城湯池にしてきたトランプ大統領に堪えないはずがない。

 前述のようにトランプ大統領は公約に忠実な御仁だ。選挙で世話になった有権者には徹底的に尽くそうとするところがある。

 さて、くだんの「官報」にさらに目を通してみると――。

 右肩の記事は「Book Tells of Xi's Fun Days in Iowa」(習近平主席のアイオワでの楽しかった日々を描いた本)。

 この本には、習近平主席が1985年中国共産党河北省支部の訪米団の一員としてアイオワ州を楽しんだ話が詳しく書かれている。

 主席がアイオワ州民との交わりを通じてアイオワ州に特別の親近感を抱いているかが強調されている。

 「アイオワ州の皆さんとはこれだけ思い出のある私が皆さんを苦しめるのは忍びない。早く米中貿易戦争を終わらせたい」

 習近平主席の小憎らしいばかりのメッセージ。裏を返せば、トランプ大統領への挑戦なのだ。

 「デモイン・レジスター」の政治記者の一人は筆者の電話にこう答えている。

 「自分の国の大統領習近平に『やわらかい脇腹』(Vulnerable part)を突かれたわけで、トランプ支持のアイオワ州民にはけしからん、というものが多かった」

 「しかし大豆が売れなくなるという実害が出てくると、大統領よ、早く何とかしてくれ、と要求する声の方が強まってきた」

 そして1月31日、「トランプ習近平首脳会談近し」の報道が出ると、アイオワ州では「米中貿易戦争」の終結に向けた期待感がいやが上にも高まっている。

https://www.desmoinesregister.com/story/opinion/columnists/iowa-view/2019/01/30/trade-talks-spark-hope-but-farmers-need-systematic-change-china-soybeans-biotechnology/2728558002/

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中国の習近平国家主席が1985年に中国共産党河北省支部訪米団の一員としてアイオワ州を訪問した時の写真。後列左から3番目が習近平氏。