この国では35~54歳の「中年フリーター」が増えつづけている。なぜ彼らは「非正規」から抜け出せないのか。地方の病院で月給17万円の介護職・臨時職員として働く吉田健一さん(37歳)の取材から、「見えざる貧困」のリアルに迫る――。

※本稿は、小林美希『ルポ中年フリーター』(NHK出版)の一部を再編集したものです。

■故郷で就職したけれど

介護職の吉田健一さん(37歳)は、関西地方の自治体病院で臨時職員として働いている。60歳まで働くことができる。とはいえ、「なぜ非正規のままなのか」と釈然としない思いを抱える。

健一さんは田園風景が広がる農村部で生まれ育ち、農業高校を卒業してから都市部に出て一般企業に就職した。地元には「長男は実家に帰れ」という慣習があり、25歳で退職して故郷に戻った。ところが、実家の辺りでは農業以外の就職先が、市役所、病院、福祉施設くらいしかない。民間企業の求人は数少なく、あったとしても営業職がほとんどだ。友人らの状況を見ると、正社員とはいっても名ばかりで、給与が低いうえに残業ばかり。週6日勤務が当たり前という状態だ。

健一さんは、自治体が発行する広報紙で、自治体病院が介護職の臨時職員を募集する案内を見つけた。もともと中学の頃、周囲から介護職が向いていると言われていたが、天邪鬼になって、行きたいと思っていた分野と違う農業高校に進学してしまった。再就職では介護職に就いてみようと考え、自治体病院で働きながら介護福祉士の資格を取得した。

健一さんは、回復期リハビリ病棟に配属された。看護師と一緒に担当患者のオムツ交換や食事介助にあたる。入浴介助やベッドサイドの環境整備も介護職の仕事だ。医師が少ないため、点滴の針の抜き差しは全て看護師が担っている。

■介護職のジレンマ

回復期リハビリ病棟は、本来、病状が安定してリハビリに向かう患者をみる病棟のはずだった。だが、チューブを胃に通して液体で栄養をとるため、胃ろうを作った患者が多くなる。だんだんと病状の重い患者が増えてきたため、50床ある病棟のベッドの稼働数を40床に抑えたが、それでもスタッフが足りない。

日勤の体制は、看護師4人と介護士1人。患者が入院してくるとスタッフが1人つく。脳梗塞を起こして他の病院で治療し、症状が落ち着いた患者がドクターヘリで運ばれてきたことがあった。転院して、いざリハビリを開始しようとしても悪化してしまい、もといた病院にトンボ返りの患者もいる。急変も多い。胸が痛いと訴えていた患者が、夜勤で仮眠している間に亡くなっていたこともあった。転倒予防のセンサーが鳴って駆けつけても、すでにベッドから落ちてしまっているから、気が気でない。

思うように動けない患者が、自分で動作できるように見守りが必要だと分かっていても、早く業務を終わらせたいと思うと、待っていられない。手を出してしまったほうが早く、健一さんは「ある意味手抜きだ」というジレンマを抱える。

本業以外の会議も多い。今、いかに仕事を回すか。介護というよりは、何時までに何をする、という作業のタイムテーブル重視となってしまう。2人ですべき体位変換も人手不足で1人でするしかない。腰に無理が生じ、腰を痛めないような姿勢をとると、膝を痛める。慢性的に首にも疲れが出てくる。

「この先、何年も介護の仕事をやっていけるか」

そんな不安が襲う。人員増は切実な願いだ。

■年収は変わりそうにない

労働条件も、民間企業よりは良いとはいえ、決して満足いくものではない。

入職した当時は、基本給が14万~15万円で、毎年3000円のベースアップ。一時金や退職金の制度もあった。のちに賃金体系が変わると、臨時・非常勤の基本給はスタートが17万円となった代わりに昇給がなくなり、一時金も退職金もなくなった。結局、トータルの年収は変わらない。募集の際に、みかけの賃金が高く見えるようにするための変更だったに過ぎず、何年働いても労働条件は良くならない。

働き始めてから10年以上が経過しても、基本給は17万円に留まっていた。健一さんは「夜勤で稼ぐしかない。体力のあるうちはできるだけ夜勤に入りたい」と、なるべく夜勤のシフトに入る。夜勤は二交代制で、16時30分から翌朝9時まで。夜勤手当と残業代を入れても、月給は23万円程度で、手取りは17万円ほどだ。

臨時・非常勤職員は、待遇で正職員と差がつくことが多い。忌引きと産前産後休業以外は、不利な条件だ。交通費は車通勤のため自宅からの距離で計算されるが、4~6キロメートルだと正社員は5900円だが、臨時・非常勤だと4000円だった。20キロメートル以上だとそれぞれ2万1700円と1万2000円となる。共済は正職員が加入できるが、非正規は加入できない。

■60歳まで非正規

正職員であっても、介護職や看護師は続々と辞めていく。それだけ仕事がきついということだ。健一さんは、介護の仕事ならばどこでも転職できると考えていた。しかし、介護福祉士の資格をとり、看護師の女性と職場結婚し、子どもが生まれてからは意識が変わった。

「腰を据えな、あかんな。この仕事はやりがいがある。体を痛めない限りは同じ職場で続けたい」

病院側からは、「雇い止めはない」と口頭で言われており、希望すれば少なくとも60歳まで働けることになっている。実際、60歳を過ぎても働き続けている非正規の介護士や栄養士がいる。

正職員になるには、一般公募の試験を受けることになるが、学生と同じように一般教養の試験も受けなければならず、夜勤もこなして、子育てしながらの勉強は無理がある。以前は30歳までの年齢制限があったが、最近では45歳までに引き上げられた。

かといって、募集人数は若干名。4人程度の狭き門だ。たとえ合格して正職員になったとしても、臨時職員時代のキャリアは前歴に換算されず、賃金は1年目からのスタートとなる。人手不足の介護職が大事にされない理不尽さを感じている。

■法改正が後押しした「正社員との格差」

「なぜ、正職員と同じ仕事をしているのに、賃金はそれよりも低く、60歳まで非正規のままなのか」

この大きな矛盾は、実は法改正が後押ししている。

2013年4月1日から施行された改正労働契約法によれば、パートアルバイト、派遣社員、契約社員などの呼称にかかわらず、1年契約や6カ月契約などの有期労働契約について、同一の使用者との間で通算5年を超えて契約が反復更新された場合、働く側からの申し出があれば、「無期労働契約」に転換する。

この法改正には2つの側面がある。第1に、3年や5年を上限に雇い止めに遭うことが多かった有期契約の労働者が、突然職を失わなくなるという一面だ。しかしその反面、正社員に転換されず、ずっと非正規のままとなる問題が隣り合わせとなっている。2018年4月には、法律の名の下で、ずっと非正規という大量の「無期雇用」が誕生することになってしまった。

健一さんも、そうした「無期臨時職員」の1人だ。雇用が続くだけいいかもしれないが、正職員との格差がついたままで、決して報われない。

妻は正職員の看護師のため、稼ぎ頭となっているが、健一さん以上の過密労働を強いられている。夜勤明けの場合、介護職は定時で帰宅できるが、看護師は看護記録など書類作成の業務があるため、昼近くまで残業ということもザラだ。妻も夜勤に入るため、月に2~3回はどうしても夜勤が重なってしまう。子どもが7歳と2歳で小さく、親と同居して面倒を見てもらいながら、お互いの夜勤をこなしている。

■家計のため過重労働に耐える妻

妻は過重労働から「辞めたい」が口癖となっている。家計のために耐えているが、いつ離職してもおかしくない状況だ。妻もまた中年フリーターになるか、あるいは無職になるかの瀬戸際に立たされている。

女性の代表的な職業である看護師でさえ、そして雇用が安定しているといわれる自治体病院の正職員でさえも、人手不足から生じる長時間過密労働が原因となって、労働市場から退場を余儀なくされるケースは少なくない。ましてや、小さな子どもを育てている時期は、仕事との両立が困難だ。夜勤は、子育て中の女性の就業継続を妨げる大きなネックでもある。

そして看護師に限らず、妊娠すると解雇されたり、冷遇されたりする「マタニティハラスメント(マタハラ)」が横行し、4人に1人がマタハラに遭っている状況だ。女性の中年フリーターの存在は、結婚していることで問題が見えにくくなっているが、より個々の努力ではどうしようもない、長年にわたって蓄積された社会の無理解が根底にある。女性が働きたくても働けない理由として、20代後半から30代くらいの間で、マタハラによって職場を追われている事実があることは、決して無視できない。

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小林美希こばやし・みき)
労働経済ジャーナリスト
1975年茨城県生まれ。神戸大法学部卒業。株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年より現職。13年「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ保育格差』など。

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※写真はイメージです(写真=iStock.com/gildi)