正直な話、この映画は面白い。しかし、個人的には「面白かった」という点が大変悔しい。『ファースト・マン』のことである。

娘を亡くした一人の父親、月へと向かう覚悟を決める
1962年、海軍を退役し民間人の立場でエドワーズ空軍基地でテストパイロットを務めるニール・アームストロングは、娘のカレンを病気で失う。アームストロングは常に沈着冷静で、感情を表に出さない男である。だから彼はたとえ娘が死んだとしても妻の前では淡々としたままだったが、それでも1人になると泣いてしまう。アームストロングは仕事に逃げこむように、自分の気持ちに蓋をするようにして新しく過酷な仕事を求める。それが、当時NASAが進めていたジェミニ計画の宇宙飛行士への応募だった。

アームストロングはNASAの選考に合格し、妻のジャネットと息子たちを連れてヒューストンへと移り住む。当時の宇宙開発ではソ連が圧勝しており、それを挽回するためNASAアメリカ政府は人類がまだ到達していない月へ飛行士を送り込むことを画策する。アームストロングは同じように民間人でありながら計画に参加していたエリオット・シーらとも仲良くなり、厳しい訓練に立ち向かう。だがソ連は人類初の有人宇宙飛行に続き、人類初の船外活動も成し遂げ、アメリカはまたしても劣勢に立たされる。

アームストロングの仲間のパイロットたちの中には、事故で命を落とすものもいた。そんな中、月からの離脱時に必要になる母船と着陸船とのドッキングを実証するための、ジェミニ8号とアジェナ標的機とのドッキング訓練でアームストロングもまた死にかける。なんとか帰還したアームストロングだが、ジャネットには心配されNASAメディアから強く批判される。ドッキング自体は成功とみなされたため月への飛行計画は続行。だが、アームストロングとアポロ計画にはさらなる苦難が待ち構えていた。

正直な話、前提知識なしでこの映画を見てもアポロ計画についてはなにもわからないと思う。「月に行く」ということ以外、計画の内容についてまとまった説明なし。「月面への到達のためにはまず司令船と着陸船が必要である」「司令船は月に着陸せず軌道上にとどまり、着陸船が司令船と月面との間を行き来する」みたいなことすらあんまりはっきりと説明してくれないので、なんであんなにアームストロングたちが必死になってドッキングの練習をしていたのか、わからない人もいたのではないだろうか。

ではこの映画は何についての映画なのかというと、人間の、というかアームストロング個人についての映画である。ニール・アームストロングを演じるのは、ライアン・ゴズリングだ。垂れ目で表情も薄らぼんやりしており、微妙に何を考えているのかわからない。実際のアームストロングも非常に冷静でパニックに陥ったりしない人物だったそうだが、ライアン・ゴズリングアームストロングは冷静を通り越して、なんだかもう常に眠そうだ。「疲れてるのかな……」と心配になる。

この常に眠そうなアームストロングが、バキッと覚醒する瞬間が『ファースト・マン』にはいくつかある。おれが見ていてわかったくらいなので、おそらくゴズリングは「この人、今は目が覚めてる状態です!」というのを意図的にメリハリをつけて演じ分けている。果たして劇中常に眠そうなアームストロングが眠くない瞬間はどこなのか……というのを、意識して見てみると楽しいかもしれない。

ヒューマンドラマ」でいいのか!? いや、いいんだけどさ……
アポロ計画は人類史上最大の冒険旅行であり、科学技術史上に残る偉大な業績であり、凄まじい予算を飲み込みつつ、数十万人単位の人々が頭脳と度胸とド根性で挑んだビッグプロジェクトである。しかし、前述のように『ファースト・マン』はそれらの要素を相当切り落としている。

代わりに浮き上がってくるのは、そんな巨大計画の最も先端の部分に配置されたのは、一体どういう男だったのかという点だ。だからこの映画ではアームストロング以外のアポロ計画に関するあれこれは本当に全然わからないが、彼がアポロ計画に参加する前に娘を失っていたことや、一人の人間が月に行くためには家族がどういう目に遭わなくてはならないかはしっかりとわかるようになっている。

アポロ計画のような巨大計画が持つ非人間的な感じ、数十万人の人間が単なる部品として動きつつ、不可能にしか見えなかったことを成し遂げるシステム的な部分に惹かれる人はけっこういると思う。少なくともおれはそういうところに興味があった。アポロ計画くらいのレベルの事業になると、やっていることはほとんど戦争と変わらない。あの当時、宇宙開発競争は国家レベルの争いだったし、今でもそうだ。そういう、戦争みたいなものの持つ非人間的なダイナミズムにシビれる人間からすると『ファースト・マン』のように人間にフォーカスした作品に対して「はあ? 人間の話とかどうでもいいんだよ!」と言いたくなっちゃうところはある。

だがしかし、困ったことに『ファースト・マン』は明確な意図に基づいた、ちゃんとした映画である。「この映画はそういう映画ではありません。月に行ったある男のことを追った映画であって、テクノロジーへの信頼とか、エンジニアのド根性とか、ローンチコンプレックスがでかくてかっこいいとか、そういう話ではありません」というメッセージが、ライアン・ゴズリングの眠そうな目元からビーッと発射されているのである。

これでつまらなかったら「な〜にが『ラ・ラ・ランド』じゃ〜い!!」と文句を言って不貞寝でもすればいいのだが、困ったことに『ファースト・マン』は面白い。こういうトーンで宇宙開発のことを捉えた作品っておれは見たことがなかったな……という驚きがある。人間性があるのかないのかわからないレベルの性格の人じゃないと、月に行って帰ってこれないのかもなという納得もあった。宇宙とかを扱った作品なのに最終的に人間の話……という点で、漫画の『プラネテス』にもちょっと似ているかもしれない。ヒューマンドラマ、案外悪くないやんけ……というふうに思わされてしまった。おれは人間があんまり好きじゃないはずなのに……。とても悔しい。

というわけで、映画の力に押し切られて、なんだか結局デイミアン・チャゼルに負けた感じになってしまった。おれはとても複雑な心境である。是非とも他の「アポロ計画"のみ"に興味があるオタク」の感想を聞いてみたい……と、今は強く思っている。
しげる

【作品データ
ファースト・マン」公式サイト
監督 デイミアン・チャゼル
出演 ライアン・ゴズリング クレア・フォイ ジェイソンクラーク カイルチャンドラー ほか
2月8日より全国ロードショー

STORY
1962年、娘を亡くしたテストパイロットニール・アームストロングは、当時始まったばかりのアポロ計画への参加を決意。家族に心配されながら着々と月面に向かう準備を進めるが、その途上には様々な困難が待ち受けていた