(古森義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

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 世界銀行の次期総裁に米国のトランプ大統領の長女イヴァンカ氏が指名されるという情報が日本の各メディアで一斉に流された。同時に、「トランプ政権のファミリービジネス化」といった批判も報じられた。

 だが、この人事は実現しなかった。結果として「イヴァンカ世銀総裁就任」はまたもやフェイクニュース(偽ニュース)だったわけだ。このフェイクニュースの広がりの構造をみると、お馴染みのパターンが浮かび上がる。

「イヴァンカが世銀総裁に」はフェイクニュース

 ニュースの発端は、世界銀行の現総裁ジム・ヨン・キム氏が任期を残して辞任するという報道だった。韓国系米人のキム総裁はオバマ前政権に任命され、世銀総裁となった。世銀総裁はあくまで世銀自体が決めるのが建前だが、実際には最大出資国の米国政府が米国人を任命することが慣習となっていた。

 キム総裁が2期目の任期を3年半も残したまま2月1日付で辞任するという動きは1月7日に発表され、日本の各新聞でも報じられた。そして1月12日前後、日本の主要新聞各紙がキム氏の後任にイヴァンカ大統領補佐官が就任する見通しだというニュースを掲載した。

 ところが2月6日ホワイトハウスが、トランプ政権の財務次官を務めてきたデービッド・マルパス氏を世銀の次期総裁に任命すると正式に発表した。つまり、「イヴァンカが世銀総裁に」はフェイクニュースだったのである。

最初から「あり得ない」話だった

 イヴァンカ氏が世銀総裁に就任するというニュースの情報源は、イギリスの「フィナンシャルタイムズ」紙だった。同紙は1月11日に、最近までトランプ政権の女性国連大使を務めたニッキ―・ヘイリー氏の名も候補として挙げつつ、「世界銀行の次期総裁にはイヴァンカ氏が筆頭候補」と報じた。

 だが、世界銀行やトランプ政権の実態をワシントンで少しでも理解している者にとって、イヴァンカ氏が世銀の総裁になどなるはずがないことは歴然としていた。

 第1に、トランプ大統領が長女イヴァンカ氏を手放すはずがない。イヴァンカ氏はトランプ大統領が最も信頼している側近であり、対外イメージも悪くない。

 第2に、世銀総裁というポストは日本では輝ける権力の象徴に思えても、ワシントン政治の基準では、アメリカ政府の閣僚などの権力や名声には遠く及ばない。そのうえトランプ政権はこの種の国際機関を軽視し批判しているのだ。

 第3に、世銀総裁には経済開発や金融の基礎の知識や経験が不可欠だが、イヴァンカ氏にはそれがない。

 だからワシントンの実態をよく知る人間にとっては、「イヴァンカ世銀総裁説」は最初からフィナンシャルタイムズ記者の飛ばし、あるいは無知のなせる業か、無責任なトランプ一家叩きとしか思えなかった。

 実際に、この報道が流れた直後、イギリスの大手紙「ガーディアン」は「イヴァンカ世銀総裁説は "ridiculous" (ばかばかしい)」と断じる短い記事を流していた。ほぼ同時にホワイトハウスも「イヴァンカ補佐官は世銀総裁の候補にはなっていない」という言明を発表している。だが日本では、ホワイトハウスが報道を公式に否定したことはほとんど報じられなかった。

トランプ批判とセットだった「飛ばし記事」

 ここで注目すべきは、このフェイクニューストランプ批判の格好の材料として使われていたことである。日本の各紙が報じた「イヴァンカ世銀総裁」ニュースは、「トランプ大統領が公権力、公的ポスト私物化し、家族のために権力乱用している」という批判とセットになっていた。

 たとえば「週刊新潮」の記事には、そうしたトランプ批判の典型が見てとれる。同誌1月24日号は「『イヴァンカ』世銀総裁誕生なら米中摩擦への『吉凶』占い」という見出しのかなり大きな記事を掲載した。その記事のリード(前文)には「『アメリカファースト』というより『ファミリーファースト』か」と書かれていた。まさに、“公的ポストの私的乱用”に対する非難である。

 この週刊新潮の記事は、次のような識者のコメントも載せていた。

「元共同通信ワシントン支局長でジャーナリストの春名幹男氏が解説する。『中間選挙で敗北を喫して以来、トランプ政権の“ファミリービジネス化”に歯どめが利かなくなりました。(中略)トランプは家族しか信用していない。ですから、イヴァンカの世銀総裁就任も、現実味を帯びているのです』」

 だが、イヴァンカ氏の世銀総裁就任は「現実」ではなかった。結果的に、この種の記事やコメントフェイクニュースに屋上屋を重ねる虚構となってしまった。

 歯どめが利かなくなったのはトランプ政権のファミリービジネス化ではなく、トランプ叩きのフェイクニュースではないのか。そんなことを感じさせられたミニ・フェイクニュースの一幕だった。ここにもトランプ政権の日本のメディアでの正しい読み方についての貴重な教訓が含まれているといえよう。

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